第135話 遠藤さんの悩み⑵

 何回も深呼吸を繰り返す。顔の熱が体全体に広がって温度が下がっていくことを確認して、部屋を出た。


 家の中には芋煮のいい匂いが広がっている。


 真夜さんは芋煮を盛り付けていて、光莉さんはそれをテーブルに運んでいる。運んでいるだけなのにとても危なっかしいので、私はそれを手伝うことにした。滝沢はテーブルに箸やコップを並べている。


「そのコップかわいいねー」


 光莉さんは私たちのコップを見て、にやけ顔を抑えるのに必死そうだ。たぶん、おそろいにしていることに気がついて滝沢に話しかけているのだろう。


 光莉さんが少しからかっていることに気がついていないのか、滝沢はいつものように光莉さんと会話していた。


「これかわいいですよね」

「うん。二人でおそろいにしたの?」

「はい」

「星空ちゃんやるねぇー」


 光莉さんはつんつんと滝沢を肘でつついていたけれど、滝沢はポカンという表情で光莉さんを見つめていた。


 そういう鈍感なところが滝沢らしくてとても好きだったりする。


 夕飯の準備が終わり皆で食卓を囲んだ。


 そのことに胸がじんじんと熱くなっていく。



 中学生の頃から家にいれば一人だった。それが当たり前で、これからもずっとそれが続くのだと思っていた。


 しかし、今は違う――。


 滝沢が隣でご飯を食べてくれるようになった。こうやってたまに真夜さんと光莉さんともご飯を食べるようになった。


 そんな自分は少し前からは想像もつかない。


 血の繋がりもないし家族でもない人たちとこうして過ごせる日々に不思議な気持ちと特別な気持ちを感じていた。


 私の体はまだ芋煮を食べていないのに熱が上がっていき、それは目元に到着する。


 私は皆に気が付かれないように服の裾でそっと目を撫でていた。


 

「「いただきます」」


 もくっと白い煙の上がる芋煮を口に運んでいく。


 おいしい……。


 私は黙々とそのおいしい芋煮を体の中に収めた。


 

 みんなでご飯を食べて、みんなで片付けをして、たわいもない話をして。時間が過ぎるのはあっという間だった。


 

「告白はどっちからしたの?」


 毎回、滝沢がお風呂に入っている時間はこの二人からの質問が止まらなくなる。滝沢よりも私の方が色々聞きやすいのかもしれないけれど、特に光莉さんの質問は勢いがすごくて圧倒されて少し疲れてしまう。

 しかし、そんな気持ちを態度に出せるわけもなく、滝沢が帰って来るまでは、二人の質問に答えようと思った。



「滝沢からしてくれました……」

「えっ!?」


 その回答に驚いていたのは真夜さんだった。光莉さんも目を丸くしている。


 その反応をする理由もわかる。

 滝沢から好きと言われたことについては私が一番驚いているのだから――。


 まさか、彼女からそんなことを言われるとは思っていなかった。


「星空ちゃんは奥手そうに見えて実は肉食系か……やっぱり姉妹そろって似てるね」

「やめなさい」


 光莉さんの頭の上に真夜さんのチョップが優しく乗っかっていた。


 しかし、光莉さんの言う通りだ。


 滝沢はいつも私の心臓をもぎ取るような行動をする。


 彼女の変化球に対応できなくて、私はよくキャッチミスをしていると思う。これがもう少し上手に受け取れたら、私達の距離はもっと縮まるのだろうか。



「滝沢ってずるい行動ばっかりなんですよね……」


 つい本音が漏れてしまった。私の恥ずかしい本音にいつもは反応するはずの真夜さんと光莉さんは、くすくすと笑いをこらえている。


 なんだろうと思ってると、後ろからぐっと顎をあげられる。上を見上げると滝沢が眉間に皺を寄せて私を見ていた。

 

「たきさわ!?」

「私がずるいってどういうこと?」

「いや、あ、あの……」


 まさか、本人に聞かれると思っていなくて、焦っていると、お姉さんたちは「おやすみ」と言ってそそくさと退散していた。


 そんなつもりはないのだろうけれど、二人にはめられたと少しばかり恨めしい気持ちが湧く。

 

 しばらく沈黙の時間が続いたが、滝沢は眠くなったのか私の手を引いてベッドに入ろうとしていた。


 滝沢が私をベッドに引くのできっと一緒に寝ようという意味なのだろう。電気も消さず私達はぼふっと布団をかぶった。



『星空のこと襲っちゃえばいいじゃん』



 普通に滝沢の横で寝ればよかったのに、真夜さんの余計な言葉を思い出し、顔が熱くなっていく。そんな悪いことを考えていると私の体温を確かめに来たのか、滝沢が私の頬を触っていた。


「滝沢……?」

「遠藤さん悲しいことあった?」

「えっ、なんで……?」

「芋煮食べてる時泣いてたよね?」


 滝沢はなんで私のことをそんなによく見てくれているのだろう。なんで私の少しの変化にすぐ気がつくのだろう。


「滝沢がずるいのってそういうとこだよ」

「ずるい……?」


 私は体を少し起こした。彼女の顔の横に手を置いて彼女に覆い被さる。滝沢の頬に手を添えて彼女の漆黒の綺麗な瞳を見つめた。


 滝沢は真っ直ぐに私を見つめてくれている。


 そのことに無意識に呼吸を止めていた。




「キスしていい?」


 滝沢は恥ずかしいのか、こくこくと首を縦に振っていた。そのまま、彼女の少し薄い唇に私の唇を重ねた。それ以上のことを求めれば滝沢はしっかりと応えてくれる。もう片想いの時のように拒否されたり、体を離されたりはしない。


 そのことが私にとってどれだけ嬉しいことか彼女は知っているのだろうか。


 私は滝沢に嫌われたくないという欲よりも滝沢に触れたいという欲が勝り、自分の気持ちを優先して動いてしまっていた。


 滝沢の頬、耳、首筋と何回も唇を触れさせる。


 私が滝沢の体に唇で触れるたびに、彼女の体にはきゅっと力が入っていて、その行動が私のブレーキを壊していく。


 彼女の服を捲り上げ、お腹の辺りにそっと手を置いた。


 私の手が冷たいのか、彼女の体が熱すぎるのかわからないけれど、滝沢の体はいつもよりも熱く感じた。


 自分の頭に何度も呪文のように“大丈夫”と唱えて、彼女の肋骨辺りまで手を運ぶ。


 私の手が行き着く前に滝沢にぎゅっと手を掴まれた。


 そのことで私の理性が少し戻り、彼女にしようとしていたことを反省する。そして、彼女に自分の行動を拒否されてしまったと悲観的になっていた。



「ごめん……」

「違うそういうことじゃなくて……」


 何が違うのだろうと思って滝沢の顔を見ると、耳まで紅潮していて、こちらを見てくれない。


 次に発せられる言葉に少しビクビクしながら待っていると、滝沢が真剣にこちらを見つめていた。


「もうちょっと心の準備欲しい――」

「へ……?」


 私はあまりにも間の抜けた声を出していたと思う。


 てっきりそういうことは嫌だと言われるのかと思っていた。思わぬ言葉に夢か聞き間違えだったのではと思い、彼女にもう一度確かめずにはいられなかった。


「それって……」

「遠藤さん。それ以上聞かないで」


 滝沢は他に染めるところがないくらい、顔が赤く染まっている。滝沢は私から抜け出し、部屋の電気を消した。


 呆然としていた私は彼女の腕に抱きしめられたまま横になる。



 滝沢も私と同じことを思っているということだろうか。


 そうだとしたら、そのことが知れただけで私の気持ちはこの部屋の天井をかるく突き破るだろう。

  

 滝沢が私とキス以上のことをしてもいいと思っていてくれるのなら、何年だって待てる。私はぎゅっと彼女を抱きしめていた。


「遠藤さんニヤけすぎ」

「滝沢のせいだよ」

「遠藤さんの変態……」

「いいよ変態でも」


 変態でもなんでもいい。彼女に触れられるのならば、なんと罵られてもいいと思った。


「星空、待ってるね」

「ありがとう――」


 私は滝沢を優しく包みこんで目をつぶった。

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