第134話 遠藤さんの悩み⑴

「星空ちゃん、陽菜ちゃん久しぶりー!」


 光莉さんは勢いよく私たちに抱き着いてきた。相変わらずとても元気な人だと思う。


 今日は真夜さんと光莉さんが私と滝沢の家に遊びに来る予定になっていた。二人とも隣県の大学に通っていて、夏休みということもあって遊びに来てくれたのだ。


 真夜さんは医学部の五年生、光莉さんは大学三年生、私たちは大学一年生だ。こんなにも年齢がバラバラの人が集まると少し面白さを感じてしまう。


「陽菜ちゃん、星空、今日はよろしくねー」


 随分と大人びた色気のある女性が入ってきた。真夜さんはいつ会っても、大人らしいというか、余裕があるというか、何かとてもむかついた。



 最近、滝沢が真夜さんに私と付き合っていることを話したら、私たちの家に来たいと二人とも騒ぎ出したらしい。


 二人には高校生の頃に悩みを聞いてもらっていたので、時間があればお礼を言いたいと思っている。


 今日は私たちの家で芋煮をすることになった。


「陽菜ちゃん、一緒に芋煮作るの手伝ってもらえる?」

「はい。もちろんです」

 

「光莉と星空は飲み物とかお菓子買ってきてー?」

「わかりましたー!」


 光莉さんと滝沢はバタバタと外に行ってしまった。光莉さんがずっと誰かと話している状態だったので、その人物がいなくなり、私たちの家には静けさが漂う。


 真夜さんは少しニコニコしながら野菜を切っていた。私も急いで野菜を切り始める。


「陽菜ちゃん、星空と付き合うことになったんだね」

「はい」

「良かったね。星空とはどう?」


 どうと言われるとなんて答えるのが正しいのかよく分からない。


「とても幸せです。高校生の時は色々相談乗っていただいてありがとうございました」

「そっかぁ。それなら良かった」


 私よりも幸せそうな顔をした真夜さんは、野菜を優しそうに見つめていた。そんな彼女に少し甘えてもいいだろうか……。

 私は誰にも相談できないことを真夜さんに打ち明けることにした。


「でも、時々どう接したらいいかわからなくなる時があります」

「それはどういうこと?」


 真夜さんは手を止めずに話を聞いてくれる。なにをしていても器用な人だなと思いつつ、私は話を続けた。


「滝沢と付き合ってるんですけど、付き合う前と状況は変わらないというか……」


 むしろ、高校生の頃の方が彼女と物理的な距離は近かったような気がする。


 そのことにこんなに悩むなんて付き合うというのも大変だなと思ってしまった。


 真夜さんは「あはは!」と声を上げて笑っている。人が真剣に悩んでいるのに少し酷い人だと思う。


 私は大根とにんじんをいちょう切りにしたものをボールの中に入れた。野菜は綺麗に切れる。料理もまあまあ上手にできる。スポーツだって勉強だってそれなりにできてきた。


 しかし、恋愛はどうしてもいつも行き詰まり、悩み、幸せな時もあるけれど、苦しくなる時もある。


 どうしたら上手くいくのだろうか。


「二人共、高校生の頃から距離感バグってたもんね」

「……すみません」

「それが悪いとは言ってないよ。陽菜ちゃんが星空のこと襲っちゃえばいいじゃん」


 手に持っていた里芋がつるんと抜け出し、シンクの中に転がった。


 私はそれを急いで拾い、水で洗い流す。里芋が滑っているから上手く切れなくなった。また、つるりと私の手を抜け出す。今日の里芋はいつもより悪い子だと思う。


「陽菜ちゃん動揺しすぎだよ」


 また、部屋には真夜さんの笑い声が響いた。この人に相談したのは間違えたかもしれない。いや、彼女の言っていることは間違えていないと思う。

 

 このままじゃ一生、平行線な気がする。私は滝沢に触れたいし、今以上のことをしたいと思っている。


 しかし、滝沢はどう思っているのだろう?


 彼女が嫌だというのなら、嫌なことはしたくない。でも、触れたい。しかし、付き合うのが初めてでどうしたらいいのかもわからない。


「滝沢が嫌かなって思うとそういうことできないです」

「んー、星空は嫌なことは嫌って言うと思うよ。特に陽菜ちゃんに対してはね。だから試してみるしかないと思うよ」


 真夜さんは嬉しそうに大きい鍋に野菜を転がしていた。私の綺麗に切りそろえた野菜たちはどんどん鍋に吸い込まれていく。



「真夜さんは光莉さんにそういうことして「嫌だ」って言われたら傷つきません?」

「めっちゃ傷つく。でも、ちゃんと嫌な理由を聞くかな」

「それはどうしてですか?」

「話し合わないとわからないこともあるよ。お互い話し合って、納得する答えを見つけ出す。それが付き合ってるってことだと私は思うよ」


 真夜さんは私の頭を優しく撫でてきた。その手は滝沢の手と似ていて、とても温かく、頼もしい手だった。


「あーなんか二人で仲良くしてるー!」


 いつの間にか光莉さんと滝沢が戻ってきていて、二人の両手には買い物袋がぶら下がっている。


 芋煮は真夜さんが味付けしてくれると言うので、私は真夜さんと光莉さんが寝る部屋の準備をしようと自分の部屋に移動すると、滝沢が後ろに居て驚いてしまった。


「遠藤さんなにしてるの?」

「今日、二人には私の部屋のベッドで寝てもらおうかなと思って準備しようとしてた」

「二人には私の部屋で寝てもらう」

「へ? 滝沢の部屋?」

「うん。部屋片付けるから手伝って?」

「う、うん?」


 腕を引かれる私は滝沢の部屋に連れ込まれた。


 ぱたんと滝沢が扉を閉めると、すぐに距離を詰めてきてジト目で見てくる。


 その後、私の頭を撫で下ろし、髪の間に指を滑らせていた。何をしているんだろうと思うと髪をぎっと引っ張られる。少し痛くて、彼女の方に顔を寄せた。


「滝沢……?」

「なんで真夜姉に頭撫でられてたの」

「へ……?」


 私が情けない相談をしていたから、妹のように思われて可愛がられただけだろうと思う。ただ、滝沢のことを相談していたなんて言える訳もなく、彼女のその唐突な行動に私の気持ちはどこかに置いてけぼりだ。



「遠藤さんは私の彼女なんだよね?」

「うん――」

「じゃあ、遠藤さんの髪も私のだよね?」

「う、うん……?」

「あんまり他の人に触らせないで――」



 滝沢は真顔でそう言った後に私の髪を離して、部屋を出ていってしまった。


 私は心臓がぽろりと取れそうになった。

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