第133話 夏だ!⑶

「花火が終わりましたが、まだ一つイベントが残っております」

 

 ふふふという感じに舞が笑っている。


「実は明るい時にあの山の上に神社を発見しました! そこに参拝に行くよ! 道中は肝試しぽくなって良くない!?」


 じゃーんと懐中電灯を出して準備は万全といった感じだ。


 そういえば、遠藤さんって怖いのダメなんじゃないっけ――。


 そう思って遠藤さんの方を見ると、予想通り体をぶるぶると震わせている。しかし、それよりも奥にいる咲彩ちゃんの方がぶるぶると身を震わせていた。


「じゃあ、くじ引きでペア決めようか!」

「ま、待って! 肝試しはやらなくてもいいんじゃない!? 花火で十分楽しかったよ!?」


 さっきまで笑顔で明るい感じだった咲彩ちゃんが、信じられないくらい震えた声で言っている。


「だって夏の醍醐味だよ。星空は全然いいよね?」

「うん」

「陽菜だって、余裕でしょ? お化け怖いなんてかっこ悪いこと言わないよね?」

 

 舞は遠藤さんがこういうのが苦手なのを知っているのにわざと聞いている気がする。だって先ほどからずっとにやにやしているのだ。


「もちろん」


 嘘つけ。今にも泣き出しそうな顔ではないか。しかし、そんな強がりな遠藤さんも見れて少しだけ良かったなと思った。



 くじ引きの結果、咲彩ちゃんと私、舞と遠藤さんになった。咲彩ちゃんには話したいことがあるからちょうどいい。


「咲彩は星空に任せた! 十分後くらいに来てね! 陽菜行くよ!」

「ええ……」

 

 遠藤さんは不安そうな顔したまま舞に手を引かれて行ってしまった。


 辺りは静かになって、怖い雰囲気が漂っている。

 隣を見ると先ほど私に強気だった少女はどこにもいなくて、身震いをしていた。


「行こう」

「星空ちゃん、腕にしがみついてもいいですか?」

「いいよ」

 

 咲彩ちゃんが私の腕を離さんと言わんばかりに思いっきりしがみついてくる。手はぶるぶると震えているから本当に怖いのだろう。

 

 遠藤さん以外の人にこういうをされても何も感じない。これが遠藤さんだったら、当たっている部分のこととか考えて変なことを考えてしまうんだろう。私は遠藤さんによく「変態」と言ってるけれど、私の方が変態なのかもしれない……。

 遠藤さんと離れていても遠藤さんのことばかりで少し自分が嫌になった。

 


「星空ちゃん、怖いからなんか喋って」

 

 私に会話の話題を提供しろというのはかなり無理がある。むしろ、そういうのは咲彩ちゃんの方が長けているのでは? と思う。しかし、隣の少女を見るとそんな余裕は無さそうだ。


 なかなか二人で話す機会はもうないだろう。

 話題提供をしろと言われたし、今しかないと思って深呼吸をして、覚悟を決めて、話を始めた。

 

「私さ遠藤さんと付き合ってる」

「ふーん」


 そっちが話題提供しろと言ったのに、興味が無さそうだ。むしろ、納得いかないというか不服そうな顔をしている。


「じゃあ、もっと陽菜のこと大切にしなよ」

「大切……?」

「最近は落ち着いたけど、少し前は学校にいる時、常に死にそうな顔してたんだよ」


 その言葉を聞いて胸がジクジクと痛んだ。その時期に遠藤さんに辛い思いをさせていた原因の一つはきっと私なのだろう。やっと最近は落ち着いてきたけれど、今も学校では辛そうな顔をしていたりするのだろうか……。


 咲彩ちゃんの言葉はいちいち私の心に傷をつけてくるが、彼女が教えてくれなければ、大学での遠藤さんを知ることはできなかった。

 

「教えてくれてありがとう」

「なんか余裕そうでムカつく」

 

 余裕?

 遠藤さんの悩みに気がつくことも出来ず、彼女が友達と仲良くしているところを見るだけで、自分の中で嫌な感情が生まれるくらいに私は小さく余裕のない人間だと思う。

 

「余裕なんてないよ」

「あるよ」

 

 私の言うことは全部否定されて、なんて返していいかわからなくて、私は黙り込んでしまった。すると、腕にどんどん痛みが広がっていく。咲彩ちゃんが信じられない力で私の腕を締め付けていたのだ。


「痛いんだけど……」

「余裕そうなので腕の一本くらい折っておこうかなと思った」

 

 すごい怖いことを全力の笑顔で言われるので、背筋が凍りそうになる。


「折ってもいいけど、私の気持ちは変わらないよ」

 

 こんな小さい子に私の腕は折られるほどやわじゃないけれど、負けたくないのでそう言ってみた。

 

「腕一本無いと、好きな人のことぎゅーって抱き締められなくなるよ?」

 

 あーなるほど……。

 それは確かに嫌だ。


「離して」

「あー、やっと余裕ない発言出た」

 

 咲彩ちゃんの意図が全く分からない。私の腕はぽいっと離され、圧迫されていた場所が痛みから解放される。


「陽菜と付き合ってるの教えてくれてありがとう」

「うん……?」

「陽菜、私のこと信頼してないのかそういうの教えてくれないから……私って全然信頼されてない友達なんだなって悲しくなってた」


 咲彩ちゃんは今日会ったばかりの私でも分かるくらい悲しい顔をしていた。

 

「学校で元気ない時の理由聞いても教えてくれないけど、今日、星空ちゃんと話してるところ見て、ぜーんぶ星空ちゃんのこと考えて悩んでるんだっ思ったんだ」

「ごめん……」

「ごめんじゃなくてさ――」


 咲彩ちゃんは顔を覗き込んで笑顔で私を見てくる。その顔はどこか澄んでいて、どこか嬉しそうだった。


「あんなに楽しい顔も悲しい顔もいじけた顔も星空ちゃんだから自然に出るんだよ。陽菜のあんな幸せそうな顔見たことないもん。だから、星空ちゃんすごいなって思った」

「そんなことないと思う」


 そんなことない。私にそんなすごい力は無い。


「そういうのいいから。友達の私から見て、陽菜をあんなに幸せそうにできるのは星空ちゃんだけなんだよ」


 私はその言葉に何も言えないでいると、小さな手に背中をバシバシと叩かれた。


 きっと、咲彩ちゃんは悪い子ではないのだと思った。遠藤さんのことを本気で大切だと思っている友達の一人なのだろう。


「咲彩ちゃん、ありがとう」

「お礼言われることしてない」


 そう言いながらも咲彩ちゃんはルンルンで歩き始めた。遠藤さんは素敵だ。だから、友達もきっと素敵な人なのだろうと思えた。


 しばらくすると茂みの方からガサガサと音がして、その瞬間、咲彩ちゃんは私にしがみついてきた。その後も怖かったのかまだ私の腕を折ろうと考えているのか分からないけれど、私の腕を離してくれなかった。


 頂上まで着くと遠藤さんと舞と合流した。


「おやおや、そんなに咲彩がしがみついちゃって、二人とも仲良くなったのかい」

「まあそんなところだね」

 

 仲良くなったとは言い難いが、咲彩ちゃんは自信満々にそう言って、私の腕を離してくれた。


 しがみつかれていた腕は痺れてしまっている。


 舞と咲彩ちゃんは楽しそうに会話して進んでいた。


 そんな二人を見ていると、さっきまで痺れていた腕がふわっと掴まれる。

 

「私も滝沢の腕欲しい――」

 

 遠藤さんが急にそんなことするから心臓がおかしな動きを始める。遠藤さんが触れている場所は心臓が付いたみたいにどくどくと音を立てる。

 

「遠藤さん離して」

「なんで咲彩はよくて、私はだめなの?」

 

 そういうことじゃない。遠藤さんは私のことを何もわかっていないと思う。

 

「さっき、咲彩ちゃんは私の腕を折ろうとしてしがみついてたんだよ?」

「へ?」

 

 遠藤さんがきょとんという顔をしていた。なんかそれがかわいかったので頭をポンポンと撫でた。


 舞たちが立ち止まっていた場所には少し立派な神社が佇んでいる。


「実はですね、ここ恋愛の神社なんですよ」

「それほんと?」

 

 私は怪しいものを見るように舞を見てしまった。


「ほんとほんと。結びの神様なんだって」


 舞の胡散臭い話は少し信用出来ないが、私は一歩前に出て神社を見上げた。かなり綺麗なので丁寧に手入れされているのだろう。少し深呼吸をして、お辞儀をして目をつぶった。


『遠藤さんの隣に胸を張っていれますように』


 みんな真剣に何かをお願いしていた。遠藤さんは特に深々とお辞儀をして背中を丸めていた。遠藤さんは何をお願いしているのだろう。同じようなことを思っていてくれたらいいな、なんて思ってしまった。


 肝試し? が無事終わり、皆でゆっくりたわいもない話をしてコテージに戻った。

 次の日、ゆっくり起きて私たちは家に帰った。



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