第132話 夏だ!⑵


 夕方になるとコテージに集まり、夕食の準備を始めた。


「陽菜って料理得意って聞いたけどほんと?」

「得意かどうかはわからないけど、作るのは好きだよ」

「じゃあ、陽菜の料理食べたい!」


 海水浴が終わってから、咲彩ちゃんは遠藤さんにずっとべったりだ。そのことにずっと胸が締め付けられている。

 

「作るのいいけど、材料ないから買いに行かないと」

 

 遠藤さんは料理の準備を始めようとしていた。遠藤さんの料理を咲彩ちゃんに食べて欲しくない……そんな言葉がずっと頭をぐるぐると巡ってしまう。


「せっかくだし、みんなで作れるのにしよう」

 

 私は心臓が口から出そうなほど緊張していたが、遠藤さんが作る料理を食べられるよりはいいと思い、口を開いた。

 

 咲彩ちゃんは不機嫌そうな顔をしていて、遠藤さんはなぜか私を驚いた表情で見ている。


「星空に賛成! 私は料理得意じゃないから食材買ってきまーす!」

「私も行く」


 遠藤さんと咲彩ちゃんを置いていくのは少し不安だが、舞を一人にするのも申し訳ないので一緒に買い物に行くことにした。

 



「星空、楽しい?」

 

 舞が少し心配そうに聞いてくる。


 楽しい。

 

 そう答えた方が今はいいのだろうけど、舞の顔を見ていると嘘をつくのが心苦しくなった。


「なんかあった?」

「ううん……」

「そっかぁ、私は久しぶりに星空に会えて楽しいよ。あのね、大学は違うけど、私たちはいつまでも親友なんだから何かあったらなんでも相談してね?」

 

 舞が優しく問いかけてくれる。

 

 舞のこの優しさに甘えてもいいのだろうか……。自分で解決しないといけないことは分かるのにどうしても我慢はできなかった。


「遠藤さんが咲彩ちゃんと仲良いの嫌だって思っちゃったんだ。私、性格悪いよね……」

「なんだ、普通のことじゃん」

「えっ……」


 舞は歯が見えるくらいニコッと笑っていた。


「私も美海が他の人と仲良いと自分の中でモヤってした感情が生まれるよ」

「そういう時どうしてたの?」

「キスしてた」


 恥ずかしいことを言っているのは舞の方なのに、その言葉に一気に顔に熱が集まった。


「恋人しかできない特別なことでしょ、それって」

「そうだけど……」

「まあ、陽菜も陽菜だよねー! 早く咲彩に星空と付き合ってること言えばいいのに」


 やっぱり言っていないんだとその事にも胸がぎゅっと苦しくなった。


「私と付き合ってるって言いたくないのかな……」

「ただ、タイミング失ってるだけだと思うけどね。でも、ちゃんと陽菜に理由聞くのが一番なんじゃない?」


 舞の言う通りだ。私と遠藤さんはあまりにもそういう話し合いをできていないと思う。お互いいい意味でも悪い意味でも言葉が少ないと思う。私が少し目を細めていると、舞はみるみる笑顔になっていった。


「いやーでも嬉しいなぁ。星空から恋人の悩み相談されるなんて!」

「笑い事じゃないよ……」

「そうだよね、ごめんごめん」


 ごめんと言っている割には私の背中をバシバシと嬉しそうに叩いていた。



 みんなで作れるものなんてカレーぐらいしかなくて、カレーの具材を買って帰ることにした。


「ただいま戻ったぞー! みんなで作ろー!」

 

 舞の掛け声でみんながキッチンに集まる。

 私は野菜が切るのが高校生の時よりも上達したので、野菜を切る担当になった。黙々と作業をしていると、いつの間にか遠藤さんが私の近くに来ていてニヤニヤと嬉しそうにしている。


「滝沢切るのほんとに上手になったよね」

「いいから仕事して」


 作業に集中したかったので、冷たい言葉を投げてしまった。遠藤さんはしょぼんとして準備を頑張っていた。


 みんなでカレーを作って、食べて何とか夕食の時間が終わった。しかし、陽気な軍団の猛攻は止まらない。



「夏の醍醐味の花火始めるよー!」


 舞ははしゃぎながら外に出ていった。

 

 私たちは暗くなった砂浜の方に向かい、買ってきた手持ち花火に火をつける。バチバチと花火は光を放ち暗闇を照らしていた。

 

 三人ともたのしそうに花火をする中、私だけがその空気についていけない気がした。やはり、まだまだ人と上手に関わるのが苦手だ。咲彩ちゃん、一人増えただけでいつものなん倍も疲れてしまうし、上手く立ち回ることができなくなる。


 勉強を教えることが好きだということだけで教育学部に入学してしまったが、人との関わり方を改善しないと教員には到底なれないと痛感した。


 遠くを見つめると私の目には一人だけずっと映り込む。


 遠藤さん楽しそうだな……。

 きらきら輝く花火を三人は楽しんでいる。


 そういえば、去年は遠藤さんと二人で花火を見たんだっけ。あの時、花火って綺麗だなって感じたし、なにより隣にいる遠藤さんが綺麗だった。

 

 遠藤さんが美人なのはもちろん理由の中にあるのだけれど、それだけじゃなかった。彼女を見ると心臓のスピードが何倍にも跳ね上がる。これは遠藤さんだけに感じるもので、他の誰にも感じることはない。


 私は自分が思っているよりも遠藤さんのことをずっと前から好きだったんだと思う。

 

 私の今の雰囲気はせっかく楽しんでいる三人の気持ちをぶち壊してしまうので、三人が見えない岩陰で過ごすことにした。


 少し離れたので、遠くに声が聞こえて、ここは波の音の方が大きく聞こえる。今の私にはこの波の音が幸福を与えてくれて、やっと落ち着ける場所を見つけた気分になる。

 

 

 このまま時間が過ぎるのを待とう。

 目をつぶって波の音に集中する。夜の海は気持ちいい風が吹いていて、夏なのに快適に過ごせていた。


 遠藤さん今も花火楽しんでるかな……。

 

 去年、花火を見てた時も幸せそうだったから好きなのだろう。


 遠藤さんって他に何が好きなんだろう。

 帰ったらたくさん聞きたい。

 聞いたら答えてくれるだろうか。



「滝沢、みーつけたっ」

 

 イタズラっぽい声でいつもより砕けた感じの遠藤さんが目の前にいて、先ほどまで穏やかだった私の心臓がざわつき始める。


「みんなで花火してたんじゃないの?」

「あっちはあっちで楽しいんだけどね……ちょっと疲れちゃった。あとね、私は滝沢と花火がしたい」


 遠藤さんが私に花火を渡して勝手に身を寄せてきた。夏だから暑くて鬱陶しいはずなのに、遠藤さんにそうされることは嬉しかった。


「こういう小さい花火初めてする」

「そうなの? じゃあ、滝沢の手持ち花火の初めては私だね」

 

 遠藤さんは優しく私を見つめてくるので、その顔を見るだけで私の顔に熱が集まっていく。夜で良かった。私の今の顔は明るい所では見られたくなかった。


 花火に火がつくと小さくぱちぱちと音が鳴り始める。

 去年、遠藤さんと打ち上げ花火を見たが、それが凝縮され小さくなった花火が目の前にあらわになる。


「去年、遠藤さんと見た花火の小さいのみたいだね」

「滝沢って意外と私とのこと覚えててくれるよね……」

「忘れるわけないでしょ」

「ふふ、嬉しい。今年は小さいけどまた二人で花火見れたね」


 遠藤さんはぐーっと身を寄せてきた。彼女の体が触れる右半身が熱い。


「来年は二人きりで来ようね」

「遠藤さんは友達といた方が楽しいんじゃないの」

「友達も楽しいけど、私が来年も一緒に花火を見たいと思うのは滝沢だけだよ」


 遠藤さんは私寄りかかるのをやめて少し照れくさそうに笑っていた。


 少しずつでいいから言葉にしないと。彼女の笑顔を見ているとそんな気持ちに突き動かされる。


「あのさ……」

「どうしたの?」

「遠藤さんは私と付き合ってるんだよね……?」

「え、今更どうしたの?」

「それをこれから周りの人に知られるのは嫌だったりする?」


 遠藤さんはただでさえもぱっちりな目をより丸くしていた。その後、くしゃっと笑って私のことを優しい表情で見つめてくる。


「むしろ、滝沢があんまり目立つこと嫌いかなと思ってたから静かにしてた。私は仲良い人みんなに自慢したい」

「自慢?」

「こんな素敵な人と付き合ってるんだー! って」


 その言葉に胸がどんどんと締め付けられる。私はそんな自慢できるような人間では無い。遠藤さんみたいに明るくもないし、人と仲良くなるのも上手じゃないし、かわいくもない。それなのに、遠藤さんはいつも私が嬉しいことを言ってくれる。


 私たちの花火はいつの間にか火が消えていて辺りは暗くなっている。


 私は体が勝手に動いていた。少し背伸びをして彼女の唇に優しくキスをする。遠藤さんは少し驚いていたけれど、ポイッと花火を下に投げ、私のことを抱き寄せてきた。


「滝沢っていつもずるいと思う」

「ずるい?」

「私がいつもどれだけ心臓取れそうな思いをしてるかわかる?」

「そんなのわかるわけないじゃん」


 私はふっと目を逸らそうとしたけれど、それは許してはもらえなかった。優しく頬に手を添えられ、唇を奪われる。彼女の唇の動きから自然に次どうしたらいいか分かるようになった。そっと口を開くと、遠藤さんの熱が私の中を優しくなぞる。


 私だけが感じれる特別な熱。


 もっと……。


 

「星空ー? 陽菜ー?」

 

 その声に体がびくっと跳ね上がり、私は遠藤さんからすぐに離れた。


「こんな所にいたー!」

「静かに花火楽しんでたー」

 

 遠藤さんが適当に誤魔化してくれる。私の心臓は今もとくとくと鳴ったままだ。私たちは四人で花火をしようと元の場所に移動することになる。


 遠藤さんは笑顔でさっき投げた花火を拾っていた。その後にそっと私に近づいて来て、耳元で声をかけてきた。

 

「二人にそのまま見せつければ良かったね」

 

 笑い声を少し漏らして、遠藤さんが私の頭を撫でて優しく微笑んでいた。

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