第131話 夏だ!⑴

 大学生の夏休みは驚くほど長い。


 八月の中旬は猛暑日が続き、水着は着たくないが今日はとても海日和の日だ。


 隣の遠藤さんは今までにないくらい楽しそうだった。


 舞と遠藤さんの友達の三浦みうら咲彩さあやさんとは現地で集合になっている。遠藤さんと私はバスに乗って揺られていた。


「海楽しみだね。晴れてよかった!」

 

 遠藤さんは嬉しそうだが私は全然嬉しくない。


 今回は海に行くだけではなく、海の近くのコテージを借りて、二日目はバーベキューなんかをする予定になっているらしい。私はただ連れてこられたペットのようなものだ。


 舞と遠藤さんについては心配していないのだが、三浦咲彩さんについては心配で仕方なかった。私は人付き合いが上手ではない。舞と遠藤さんが異常なまでに人との関わり方が上手なだけだ。

 

 二人のぐいぐいな距離の詰め方に押されて仲良くなった。本来なら関わることもなかったであろう二人だが、たまたま高校で関わる機会があり、仲良くなっただけだ。きっかけがなければきっと一生関わることの無い人間だっただろう。


「滝沢やっぱり嫌だった?」

「大丈夫」

 

 遠藤さんが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。今回の件は遠藤さんに強引に誘われた話だが、最終的に行くと決めたの私だ。今回行くことの決め手になったのは、遠藤さんがコテージに泊まると知ったからだった。

 

 単純に一人で家に残るのが寂しいというのもあったけれど、遠藤さんが私の知らないところで、何かしているのは胸に針が引っかかたのかと思うほど苦しさを感じて、今回の遊びに参加せずにはいられなかった。


 水着を着たくないから参加はしたくなかったが、自分から参加すると言った以上、こんな上の空な状態の自分の態度を反省し、遠藤さんと普通に接するようにと心がける。


 私たちが借りたコテージにはすでに舞と三浦さんが着いていた。


「わぁ、初めまして! 三浦咲彩って言います! 咲彩って呼んでね。よろしくね!」

 

 そう言って咲彩さんは私の手を握ってきた。ぶんぶんと手を振られて困っていると、眉間に皺を寄せた遠藤さんにすぐに離されて、私も自己紹介をした。


「滝沢星空って言います。よろしくお願いします」

「舞と陽菜から話は聞いてるよ! 会えて嬉しいよ! よろしくね」

 

 とても笑顔の可愛らしい女の子だ。

 同い年とは思えないくらい幼い顔をしていて、人柄の良さそうな子だ。第一印象はそんな感じの子だった。


「そらぁー! 久しぶり」

 

 舞が私に飛び込みで抱きついてきてよろけてしまう。舞のこの感じはとても久しぶりだ。

 

「久しぶり、元気だった?」

「そりゃもう元気だったよぉ」

 

 舞は私にぎゅーっと抱きついてきた。遠藤さんがまたしても不機嫌そうな顔で舞を無理やり剥がしていた。このやり取りも高校生ぶりで懐かしさが込み上げる。


 私たちは荷物を置いたあとに皆で海に向かうことになった。知らない間に三浦さんが距離を詰めてニコニコと嬉しそうにこちらを見ていた。


「星空ちゃんは、泳げるの?」

「人並みには? 三浦さんは?」

「咲彩でいいよ。私は得意だよー!」

「じゃあ、咲彩ちゃんで。泳げるのすごいね」

「そんなことないよ! 舞も得意だもんね。陽菜は泳ぐの苦手らしいよ」

 

 咲彩ちゃんはケラケラと笑っている。

 

 遠藤さんって泳ぐの苦手なんだ……。

 

 心臓がぐんと動いて鼻から息が漏れる。

 

 私は知らなかった。

 友達とはそういうくだらない話もするのだろうか。


 私は意外と遠藤さんのこと何も知らないんだ……。

 遠藤さんの好きなもの嫌いなもの、できることできないこと、苦手なこと得意なこと。


 もちろん答えられることもあるけれど、そんなに多くないと思う。

 

 これは私が悪い。遠藤さんはなんでも出来ると勝手に思い込んで聞いてこなかったのだ。


「咲彩やめてよ。恥ずかしいこと言うの」

「ごめんごめん」

 

 そう言って咲彩ちゃんは遠藤さんの腕に抱きついていた。


 その光景に心臓が速く動き始める。


 遠藤さんは学校ではああいうふうに他の人とくっついたり、仲が良かったりするのだろうか。

 何より気がかりなのは遠藤さんが咲彩ちゃんに全く気を使っていない点だ。私と居る時よりもはっきりと物事を話している。


 いやだ……。


 遠藤さんはみんなにヘラヘラしてればいい。


 怒るのも苦しいも楽しいも嬉しいも出していいのは私の前だけにして欲しい。

 誰も近寄らないで欲しい。


「咲彩ちゃん、話したいことある」

 

 私は咲彩ちゃんに用はないけれど、これ以上遠藤さんと咲彩ちゃんが関わるところを見たくなかったので、無理やり咲彩ちゃんの腕を引いた。遠藤さんと舞を置いて私たちは二人きりになる。


「ちょうど良かった。私も星空ちゃんと二人で話がしたかったんだ〜」

 

 咲彩ちゃんは笑っているが先程の穏やかな雰囲気は消えて少し不気味な雰囲気になっている。

 彼女のその顔を見て背中に寒気を感じた。


「星空ちゃんは陽菜のこと好きなの?」

 

 急な質問にぴっと体が固まる。相変わらず咲彩ちゃんの不気味な笑顔は崩れない。私はその事に少し怯えて声が震えていた。


「私は………」

 

 私は遠藤さんと付き合っている。そう言いたかった。でも、咲彩ちゃんが知らないということは、遠藤さんはなにか秘密にしたい理由があるのではないかと頭をよぎる。


 私が黙ったままだと、咲彩ちゃんが不快だと言わんばかりに酷い顔をして、怒りっぽく淡々と言葉を続けていた。


「星空ちゃんが陽菜のなんでもないなら、近くに居ないで欲しい」

 

 その言葉に心臓が握り締められた気分になる。


 彼女からは先程のおどけた感じの雰囲気は全く感じられなく、かなり本気の顔をしている。

 しかし、なぜ彼女にそんなことを言われなければいけないのかわからなかった。私がいつまでも何も言えないでいると、いつの間にか紗彩ちゃんはいなくなっていて、残された私の心臓がどくどくと私に訴えかけてくる。


「たきさわー? 大丈夫?」

 

 遠藤さんが急に私の顔を覗き込んできて心臓が飛び跳ねそうになる。


「めっちゃぼーっとしてたけど、大丈夫? 海入らないの?」


 舞と咲彩ちゃんは遠くの海でバシャバシャ遊んでいるようだ。


 今は考えるのをやめよう。遠藤さんに心配をかけてしまっている。


「遠藤さんは入らないの」

「んー足浸かるくらいにしようかな」

「泳げないんでしょ」

「お、泳げる。ちょっと苦手なだけだから」

「浮き輪付けてったら」

「嫌だよそんな子供みたいの。滝沢泳げるの?」

「人並みには」

「じゃあ教えて?」

「いいよ」

 

 変なことを考えていたせいで遠藤さんの目を見て話ができない。遠藤さんは水着の上に羽織っている服を脱いで黄色ベースの花がらの入ったフリルビキニが姿を見せる。スタイルが良くて羨ましいと見つめていた。


「滝沢のえっち」

「な、にもしてない!」


 私は焦って変な喋り方になると笑顔の遠藤さんに羽織っている服を脱がされる。青色のフリルビキニを着た私が外に出る。恥ずかしくて今にも消えたかった。遠藤さんみたいにスタイルが良ければいいのだけれど、私は彼女に比べて随分貧相な体つきだと思う。

 

 そんな私の気持ちはお構い無しに遠藤さんは私の腕を引いて海に入っている。足がギリギリつかないところまで来ると私の腕を掴む手にかなり力が入っていた。


「遠藤さん、手放さないからバタ足してみてよ」

「こうですか滝沢先生」


 遠藤さんとの泳ぎの練習が始まってしばらく時間が経ったが、不必要なまでにバタ足の練習をしていたと思う。

 しばらく慣れてきた頃に大きい波が来て頭から水を被る。

 

 波の勢いに私と遠藤さんの手は離れてしまった。私が海から顔を出すと遠藤さんが急に抱きついてくる。


「まだひとりじゃ怖い」

 

 珍しく、遠藤さんが本気で怖がっていることはわかる。雷に怯えていた時の彼女と同じ震え方をしていた。

 

 ただ、この状況は良くない。露出の多い水着のせいで、彼女の肌と私の肌は直に密着していた。

 

 遠藤さんの体が柔らかい。


 私の奥に閉まっておいた良くない考えが浮かんでくる。こんな時にこんなことを考えるなんて私は最低だ。


「遠藤さん、わかったから離れて」

 

 私はかなり強い口調でそのまま遠藤さんを引き離した。遠藤さんは怖いのか私が離してもしがみつこうとしてくる。


 そんな彼女と揉み合っていると目が合った。


 濡れた髪が彼女の色気を倍増させ、私の心臓をおかしくするのだ。


「滝沢? 顔赤いけどもしかして熱とかある?」

「ないから」


 これ以上、彼女と距離が近いと考えなくていい事まで考えてしまう。私は急いで舞のところに遠藤さんごと連れていき預けることにした。


「陽菜くん、泳げるようになったかね」

「そんな早く泳げるようになったら苦労しないよ」


 ばしゃばしゃと咲彩ちゃんも含めた三人で騒ぎ始めた。それを見届けた私は砂浜のテントで休むことにした。


 先程、遠藤さんと触れていた肌が未だに熱を帯びている。


 早く消えて欲しい。

 じゃないと考えなくていい事まで考えてしまう。


 結局、海に来たのに全然海水浴を楽しめずに終わってしまった。

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