第129話 好きが故に

 最近の滝沢は様子がおかしい。

 

「陽菜ー」

 

 昨日も夜ご飯を作って待っていたかと思えば、すぐに不機嫌になって部屋に行ってしまった。

 

「おーい」

 

 私がなにかしてしまったのだろうか……。最近、バイトばかりで家にほとんど居ないから滝沢の様子がよく分からない。滝沢に直接聞いても答えてくれなかった。


 バイトを詰めすぎている私も悪いが、私がバイトを頑張るのには理由がある。滝沢との今の生活を維持するためにお金が必要なことと滝沢に何かあげたいと思っているからだ。

 プレゼントを買うにしてもお金が必要になるのでそのためにバイトを詰めて働いているという理由がある。

  

「陽菜ってば!」

「ご、ごめん!」


 舞の声にびっくりして反応してしまう。そういえば、考え事をしている最中も薄っすらと彼女の声が聞こえていたのに反応しなかったのは良くないと思った。


「大丈夫? かなりぼーっとしてるけど? バイト詰めすぎなんじゃない?」


 確かにその通りだ。滝沢のこともあるし少し控えるべきなのかもしれない……。これ以上、滝沢との距離が離れるのは嫌だった。


「今度、気分転換に三人で遊ぼうよ?」

 

 私の腕をぎゅっと掴んでくる小動物的な女の子が気分転換しようと満面の笑み伝えてくる。私は大学で舞と新しく友達になった、三浦みうら咲彩さあやと過ごしている。


 舞は高校の時から一緒で大学の学部も一緒だった。咲彩はたまたま大学で困っているところ話しかけたら仲良くなったのだ。


「暑苦しいから離して」

 

 私は咲彩の手を優しく離した。そうすると、小さめの少女は頬を膨らましていた。ただでさえも童顔なのに余計幼くなってとても大学生には見えない少女だ。


「陽菜のけち」

 

 咲彩はブーブー文句を言って私の前を歩き始めた。


「陽菜さ、ほんと変わったよね」

「え、そう?」

「高校の頃は絶対咲彩みたいなタイプの行動を好き放題にさせてたじゃん。ちゃんと嫌なことは嫌っていうのびっくりした。素直になったねぇ」

「えー、そんなに違うの? 高校の頃の陽菜にも会ってみたい!」

「はいはい」

 

 私は話が少し面倒になり、会話を終わらせた。私が舞にも咲彩にも気を使っていないのは事実だ。たしかに、高校生の頃は無意識に人と喋る時は良い自分を演じようとしていた。それが一番、人間関係が上手くいくと思っていたからだ。しかし、それが全てではなかった。もちろん、相手に合わせることも時には大切かもしれない。しかし、私の素を受け入れてくれる人を大切にすればいいのだと滝沢が教えてくれた。

 

 舞と咲彩は数少ない気の許せる友達だ。

 

 今の二人との関係はとても楽で、高校生の頃まで友達に感じていた息の詰まるような思いはもうしなくなった。


「二人とも、今度私の家泊まりに来てよ!」

 

 咲彩がキラキラと目を輝かせている。それが待ち遠しいといった感じで小刻みに揺れて、綺麗にカールのかかった髪をフサフサと揺らしていた。


「私はいいけど、陽菜は大丈夫?」


 私は答えることを躊躇っていた。舞は私に気を使ってくれているのだろう。舞には滝沢と一緒に住んでいることは言っているが、咲彩にはまだ話せてないでいる。いつか、滝沢のことを話したいと思っているのだが、なかなか機会がなくて話せないでいた。

 

 それよりも、咲彩の問いになんて答えるかが問題だった。最近、ただでさえも滝沢と過ごす時間が少ないのに、これ以上二人の時間を減らすことは嫌だった。しかし、何を理由に断ったらいいかも分からず答えが出せずにいる。


「予定が合えば行きたい」


 結局、ありきたりな回答をしてその場の会話は終わってしまった。




 放課後はバイトに行き、バイトが終わると山本さんと上がる時間が同じで話す時間が出来た。

 世の中狭いなと思うが、山本さんは同じ高校だった上に、滝沢と同じ大学だ。今、滝沢と一緒に居るのは山本さんで、変な人が友達にならなくてよかったと安心している。


「陽菜さんさ、星空と今も連絡取ってたりする?」

 

 その言葉に心臓がトクトクと鳴り始める。

 今の言葉を聞く限り、滝沢は山本さんに私と住んでいることは話していないのだろう。私の口から話すよりも滝沢は自分で話したいだろうと思って、深い話はしないようにと心掛けた。


「うん、するよ? どうかした?」

「ちょっと気になった。今度、星空とお泊り会するんだけど陽菜さんも来る? 三年生の頃、星空と仲良さそうだったし」

「えっ……」

 

 その言葉に心臓が余計早くなる。私は滝沢から山本さんの家に泊まるなんて一言も聞いていない。結局、それ以上は何も答えないまま急いでバイト先を出ていた。出てから、山本さんに失礼なことをしたと思ったが、後で謝ればいいかと足を止めることはなかった。私の心臓のスピードは速いまま、急いで家に帰る。


 家に着くと滝沢がリビングでテレビを見ていた。


「おかえり。今日も遅いね。味噌汁なら作ってるから食べるなら食べて。私は寝る。おやすみ」


 滝沢は私がバイトの日は必ずリビングで待っていてくれる。そして、作れる料理のバリエーションは少ないのに、この時間でも食べれる汁物なんかを作って待っていてくれる。


 滝沢のそういう優しいところにいつも私の胸が熱くなり、その熱を抑えられなくなってしまうのだ。


 滝沢が部屋に行くのを邪魔して、滝沢を抱きしめた。


「遠藤さんなに。部屋に行きたいんだけど」


 私がバイトを始めてしまったせいで彼女と話す時間がなくなり、余計滝沢と離れていたと思う。抱きしめる腕に力が入る。山本さんの言葉を思い出して胸が苦しくなっていた。滝沢は隠して山本さんのところに泊まりに行くつもりだったのだろうか。もしかしたら、もう私のことを好きじゃないと思っていたりするのだろうか。


「滝沢、キスしたい」

「なんで?」

「なんでも」

「……遠藤さんどうしたの? なんかあった?」


 今の私はどんな顔をしている? あまりにもひどい顔をしていないだろうか。あまりにも余裕がなさすぎる。


「遠藤さん、キスしてもいいけどその代わりにしばらくバイト休んで」

「えっ……」


 滝沢は眉間に皺を寄せたまま優しく頬を撫でてきた。その体温があまりにも心地良くてもっと触って欲しい思ってしまう。


「顔に“限界”って書いてる。なにか困ってることあるなら話して。私だって遠藤さんの力になりたい」


 私はその言葉に頭がグラグラと揺れ冷えていく感覚に陥る。やっと頭が冷静になっていた。余裕もないくせに無理をし過ぎていたのだろう。


「心配かけてごめん――」

「大丈夫だからとりあえずお風呂入ってきな?」


 私はそう言われてお風呂に入った。急ぐ必要もないのに急いで滝沢のいるリビングに向かった。


「遠藤さん温まってないでしょ」

「ごめん。早く滝沢のところ来たくて」


 私がそう伝えると滝沢は目を丸くしていた。そのまま手を引かれて彼女の部屋に連れられる。滝沢の部屋は高校生の頃の部屋とあまり変わりなかった。そのことは何故か落ち着きを与えてくれる。


 滝沢は自分の布団をフワッとあげて私に「入れ」と目で指示してくる。私はそっと彼女のベットに腰かけ布団の中に入った。少し冷たかった布団に少し温かい滝沢が入ってくる。そのことに胸がどんどん熱くなり、私はあっという間に人間ホッカイロになりそうだった。


「遠藤さんって暖かいよね」


 ふふっと滝沢が笑いをこぼしている。それだけのことに胸が締め付けられるように苦しくなった。最近、ちゃんと彼女に向き合えていなかった。もちろん、滝沢とのこの生活のために頑張っているのだけれど、自分のことすらもわからないくらい余裕がなくなっていた。私の体は限界だったのに滝沢に言われて初めて気がついたのだ。


「滝沢の方が温かいよ」


 私は彼女をぎゅっと抱きしめる。そうすると少し小さな体にきゅっと力が入っている気がした。すぐにすっと肩を押され真面目な顔をした滝沢が目の前にいる。


「目つぶって?」

「うん……」


 滝沢のことを見ていたいけれど、大人しく目をつぶると柔らかな感触が唇に広がる。もっと欲しいけれど、滝沢はすぐに離れてしまった。


「約束守ってね」

「うん」


 私が素直に返事をすると滝沢は少し微笑んで私の頭を撫でてきた。滝沢がそんな優しいことをするから悪い。私は彼女に触れたい欲をいつまで抑えればいいのだろう。この間、「二人でゆっくり進んで行こう」と私が言ったのに、その約束を裏切るようなことをしてしまいそうなので、私は強く滝沢を抱きしめてその欲を鎮めることにした。


「遠藤さん苦しい……」

「……滝沢って」

「なに?」

「……なんでもない」


 私とキス以上のことをしたいと思ってくれているのか知りたかったけれど、滝沢の顔を見てそれ以上聞くことに怖気付いてしまった。


 そっと彼女のおでこに唇を触れさせて「おやすみ」と告げて目をつぶった。

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