第128話 遠藤さんのご飯が食べたい
窓から外を眺めると、しとしとと雨が降っている。梅雨の時期はくせ毛が酷くなるのであんまり好きではない。
大学に入学してから二ヶ月経ち、だいぶ大学生活にも慣れたと思う。結局、蘭華と私は星を見る会に入って月に数回星を見ている。自分が想像していたよりも星を見るのは楽しくて、色々と宇宙や星座についても勉強している。今では、大学生活の中の楽しみになっていた。
「星空って高校生の時からよく窓の外眺めてること多いよね?」
そんなことをよく知っているなと思った。そんなに仲の良くなかった蘭華にそう思われるくらいは高校生の時から私は呆けていたのかもしれない。
「なんか気持ちが落ち着くんだよね」
ぼーっとする時間は好きだ。何も考えず嫌なことを忘れられる。今、嫌なことはないけれど、ちょっとだけ納得いかないことがある。
遠藤さんのことだ。
最近、遠藤さんは学費と生活のためにバイトを始めた。定食屋で主に夕方から夜の八時くらいまで働いている。しかも週に三日働いていた。さらに、週に一回はバスケのサークルに行くので、家にいる時間がかなり少なくなったと思う。
結局、遠藤さんのいない日の夜ご飯は自分で作るか適当に買って食べるかだ。
「遠藤さんが一緒にご飯食べようって言ったくせに……」
私のイライラは口に出てしまっていたようで、蘭華が心配そうに話しかけてきた。
「どうしたの?」
「なんでもない」
「そういえばさ、今度うちの家泊まりにおいでよ?」
「なんで?」
「大学生の憧れじゃん。友達が家泊まりに来るって。私が星空の家行くでもいいよ」
「それはちょっと……」
蘭華には遠藤さんと住んでいることをまだ話していない。なんなら付き合っていることすら話していない。いつか言わなければいけないとは思っているがなかなかそういう話を蘭華とする機会は少ないと思う。
「まあ、考えておいてよ」
「うん、わかった」
「そういえば、星空はバイト決まった?」
「うん。週一、二くらいで塾講のアルバイトすることに決まった。最初はまだ雑用だけど、複数人の前で教えられそうだからめっちゃいい経験になりそう。蘭華もバイト探してたけど、なんか決まったりしたの?」
「いや、それがさ陽菜さんと同じバ先だったんだよ」
「そうなんだ――」
蘭華のその言葉に私の心臓はポロリと取れそうになる。世の中は狭いとしみじみ感じた。
今は遠藤さんのバイトの話を聞きたくなかった。もちろん、遠藤さんは今の生活を守るためにアルバイトを頑張っているのだろうけど、私を放ったらかしにする遠藤さんは気に入らない。
「陽菜さんって大学ここなのかな? それとも近いところかな?」
「さぁ……」
とぼける必要も無いのに曖昧な回答をして話を変えることにした。その後も何となく授業を受けて蘭華といつも通り別れる。
あまり知りたくなかったことを知り、私は傘をさして、とぼとぼと家へ向かった。一歩一歩が重い。いや、わざと重くしているのだと思う。今日は早く帰りたくなかった。
今日も遠藤さんは家に居ない。
「はぁ……」
私は帰り道にあるスーパーに寄って、夜ご飯の食材を購入した。家に着いたら黙々と野菜を切って鍋に入れて煮込む。前に遠藤さんに教えてもらったコンソメスープを自分で作れるようになったので、今日は作ってみた。
これなら、夜遅い時間に帰ってきても遠藤さんが食べれそうだと思ったからだ。
遠藤さんのバイト先は忙しくない時はまかないが出て食べれるらしいが、忙しい日は食べる暇もなく働いているらしい。
今日はどっちか分からないけれど、スープなら帰ってきてから温めればすぐに食べれるし、食べなくても次の日の朝ご飯に使えると融通が利くので作っておくことにした。
ご飯を作り終えた後に洗濯を済ませて、お風呂に入り、リビングでテレビを見ながらぼーっと遠藤さんの帰りを待った。
ガチャリ
玄関の開く音が聞こえる。それだけのことに少しだけモヤモヤとした気持ちが落ち着き、胸の辺りの空気の通りが良くなった気がした。
「ただいま。今日は忙しかった」
「そう」
本当はおかえりと言わなければいけないのに、今日の私に“余裕”という文字はなかった。
「いい匂いする。滝沢、何か作ったの?」
「うん。食べたければ食べれば」
それだけ伝えて私はそのまま自分の部屋に向かおうとした。しかし、遠藤さんに腕を掴まれて阻まれる。
「滝沢は食べたの?」
「食べてない」
「私も食べてないから一緒に食べよう?」
「なんで。いやだ」
「いいから」
「いやだ」と言ったのに遠藤さんは強引に私を椅子に座らせた。遠藤さんは手際よくスープを盛り付け、私のあげた白クマのコップにホットミルクを注いでいた。私の前には自分が作ったスープと遠藤さんが温めてくれたミルクが並ぶ。
「いただきます」
遠藤さんは少し疲れた顔でスープを食べ始めた。私はホットミルクを口に運ぶ。さっきまで冷たかった体にじんとミルクが染み渡った。
「滝沢、おいしい。なんか、こんなに料理できるようになって感動だなぁ」
「お母さんみたいなこと言わないで」
「たしかに」
遠藤さんは珍しく笑顔も作れないくらい疲れているらしい。そんなに疲れるのならバイトなんてしなければいいのに……。
私は自分では処理しきれない気持ちを胸に抱えたまま自分の作ったスープを口に運んだ。
全然おいしくない。
遠藤さんに教えてもらったとおりに作ったはずなのに彼女の作るコンソメスープの方がおいしくて心が温かくなるのは何故だろう。さっき遠藤さんが温めただけのホットミルクの方がおいしかった。
遠藤さんのご飯が食べたい――。
「やっぱり食欲無いからもう寝る」
「どうしたの? 風邪?」
遠藤さんが私のおでこに手を当ててくるので、その手をはらった。私のその行動に違和感を感じたのか、遠藤さんが険しい顔をしている。
「滝沢どうしたの?」
「なにもない」
「何もなくない時でしょそれ。なんかあったの? 話なら聞くけど」
遠藤さんのせいだよ……と思いつつも私は無視して部屋にこもり、布団に潜った。
遠藤さんは何も悪くない……。
遠藤さんが悪い……。
一人には慣れている。
ずっと一人だった。
高校生の頃は一人の方が多かった。
遠藤さんのせいで独りが嫌いな頃の自分に戻っている。せっかく、一人でいることに慣れたのに、遠藤さんのせいで私は弱くなる。
胃の中がぐるぐるとかき乱されたみたいな感覚に襲われ、布団にくるまってもしばらく寝ることが出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます