大学生(交際編)

第124話 新しい生活 ⑴

「星空、早くしないと次の講義に間に合わないよ」

「ごめん、今行く」

 

 私は駆け足で呼ばれた方へ急ぐ。


「大学生って高校生と全然違うんだね。星空は慣れた?」

「全然慣れない。蘭華は?」

「私も全然。毎日生きるの精一杯」

 

 そう言って、蘭華は苦笑いをしていた。山本やまもと蘭華らんかと私は大学生活を共にしている。


 入学式の日に彼女から話しかけられた。蘭華は高校三年生の時にクラスが同じで、修学旅行の時だけ仲良くなった人だ。たまたま、大学も学部も同じだったので今は一緒に色々と講義を受けている。

 

 蘭華は高校生の頃に感じた印象そのままで大人びた性格だ。舞と遠藤さんとは正反対の性格でどちらかと言えば静かなところでのどかに暮らしたい私と似たタイプの人間だと思う。

 そういうこともあって、蘭華と居るのはかなり気が楽であまり疲れずに一緒にいることが出来ている。


 

「星空はサークルなにか入るの?」

「特に入ろうとは思わない。蘭華は?」

「私は剣道の稽古あるからそれに支障出ないようなサークルだったらなにか入ろうかなって思ってた。今日、講義終わったら少しだけサークル見ない?」

「いいよ。六時くらいで帰らないといけないけど」

「なんか用事あるの?」

 

 私は悪いことをしているわけではないのに焦っている時に感じる汗の滲みを背中に感じた。


「うん」

「じゃあ、その時間まで探そう。そういえばさ……」

「……?」

「ううん。なんでもない。とりあえず星空とサークル見に行くの楽しみ」

 

 蘭華はなにか言いたそうなことを呑み込み、淡々と「楽しみ」と口にして次の授業に集中していた。



 講義終わりにキャンパス内を歩いていると色々な人達がサークル募集中という看板を掲げて獲物を狩るように一年生と思われる学生に群がっている。

 

 今日だけで何人に話しかけられたか分からないくらい色々なサークルに誘われた気がするが、やはり私にはサークル活動は向いていないと思った。今のキャンパス内は私にとっては居心地の悪い空間になっている。


「みんなすごい勢いで勧誘してくるね。気になるサークルとかあった?」

「ううん」

 

 正直、もう帰りたい。

 静かに生きていたい。


 そんな私の願いは叶わず、蘭華は校舎を歩き続けていた。校舎の掲示板の横を通り過ぎた時に一つだけ気になるポスターが目に入る。


『星を見る会、サークル員募集中! ただ、星を見てまったりします! 興味ある方は理工学部棟五階に是非お越しください!』


 目に映り込んできたそのポスターの星の写真がとても綺麗だった。遠藤さんと高校生の時に見た星が頭に蘇る。あの日の夜空は本当に綺麗だった。


 今まで下ばかり向いて生きてきたから、あんな綺麗な景色があることに気がつけず生きてきたと思う。



「星空ー? そのサークル気になるの?」

 

 蘭華の声にハッとして意識が現実に戻る。

 

「気になら……」

 

 いつもの癖で素直にならない自分が居た。しかし、たまには自分の感情に素直に従ってみるのもありなのかもしれない。


「気になる。蘭華がよければ行きたい」

「もちろんいいよー! 私も星とか宇宙の話好きだし気になる」

 

 蘭華は優しく微笑んで私に答えてくれた。私たちはすぐに、そのサークルの場所に向かうことになった。


 中に入ると、色々な星座のポスターや部員の人達が撮ったであろう写真なんかが貼られている。


「おおおお! 一年生来てるよー!」

「初めまして。星を見る会のサークル長の先崎です! よろしくね」

 

 わらわらと先輩らしい人達が集まってきた。先崎と名乗るその女性はとても物腰が柔らかく、接しやすい人だった。ほかの先輩たちもみんな優しくて、第一印象は居心地のいいサークルという感じだ。自己紹介が終わり、色々と話が盛り上がる。


「星空ちゃんはどうしてこのサークルに興味持ってくれたの?」


 遠藤さんに星の綺麗さを教えてもらえたから、なんては言えないので嘘の無い程度に答える。


「星見た時に綺麗だなって感じたので……」

「おお! その気持ちめっちゃ大切だよ! 嬉しいよ、そう思ってくれる後輩が居てくれて」

 

 先輩たちはほんとに嬉しそうで、ここは私がこの大学の中で唯一息苦しく感じない場所だと感じた。


 中学生では幽霊部員、高校では勉強しなければという使命感から部活動には入っていなかったので、こういう感覚になるのは初めてに近い。部活の先輩って後輩にこんな感じなのかな。その反応に少し胸が温まる感じがした。



「さっそく今日、学校の天文台で星見ようかなと思うんだけど二人は予定どう?」

「天文台あるんですか!?」

 

 その話に一番食いついたのは蘭華だった。


「小さいけど、この棟の屋上にあるんだよ! だから、時間が合えばぜひ!」


 自分の感情をあまり表に出さない蘭華が目を輝かせている。「行きたい行きたい」という気持ちが伝わってくる。

 

「星空どうする?」


 とても断りずらい……。

 

 断りずらいけど、今日はやっぱりだめだ。


「めっちゃ申し訳ないけど、今度でいい? 私のことは気にせず参加しても大丈夫だよ」

「星空が居ないならつまらないから今度でいいや」


 蘭華は思ったよりもすんなりと諦めて先輩たちの誘いを断っていた。私たちはサークルに入ることはとりあえず保留にして、部室を出ることにした。



「星空どうだった?」

「雰囲気めっちゃいいよね。高校とか部活入ってなかったけど、あそこなら入りたいなって思った」

「私も同意だわ。今度入る手続きお願いしよっか」



 隣で嬉しそうにしている蘭華とは学校で別れて家に向かうことにした。


 私の家は大学から公共交通機関を利用して、四駅先の駅で降りて歩いて二十分くらいのところにある。


「この道にもだいぶ慣れたなぁ……」


 大学生になって一ヶ月くらいだろうか。

 都会とまでは行かないけれど、私が住んでいた街よりは色々なお店が立ち並んでいる。たくさんの人や店を通り過ぎ、家に向かう。


 ふと横目にケーキなんかが売っているこじんまりとしたお菓子屋さんを見つけた。足を止めて中を覗いてみると、かわいいお菓子が沢山ある。特に私の目を引いたのは色とりどりのマカロンだった。


 今日は金曜日だ。大学生活にもやっと慣れ始めて、一週間頑張ったから少しくらい自分にご褒美を買ってもいいと思い、体は自然とお店の中に吸い込まれていた。


 中に入ると少し目つきの鋭い男性が接客をしている。「いらっしゃいませ」と言葉を発すると黙々とお菓子を袋に詰め始めてしまう。私は優柔不断ではないが静かなその雰囲気にあたふたしてしまう。

 

「マカロンのキャラメル、ピスタージュ、シトロン、フランボワーズください」

 

 マカロンなんてお洒落なものは食べないので何がいいかわからず、何となく人気と書かれているものを選んで頼んだ。買いすぎだろうか。いや、買いすぎではないと思うことにしよう。

 

 高校生の頃に家庭教師のバイトで貯めたお金でマカロンを買った。


「また、いらっしゃい」

 

 無愛想にお店の男性に挨拶をされて、私は家に帰ることにした。無愛想だけれどその声にはどこか優しさがこもっていて、素敵なお店だなと勝手に感じてしまった。


 マカロンが入った小袋を片手に道をとぼとぼと歩く。あっという間に私の住むアパートに着いた。オートロックを解錠し、少し急ぎ足で階段を上る。

 三〇二号室の前で鍵を刺して扉を開けた。


 

 部屋は明かりがついていて奥から一人の女性が駆け寄ってくる。


「滝沢、おかえり」


 目の前にいる人はとても嬉しそうな顔をしている。私はその横を通って洗面所に向かおうとすると、とても不服そうな顔をされた。


「ただいまのぎゅーは?」

「頭でも打ったの? 冷凍庫に氷あるから冷やしなよ」

「けち。冷たい」

「うるさい」


 私はいつも通りの言葉を投げ、彼女を無視してそのまま洗面所で手を洗った。


 ふと鏡を見ると自分でも驚いてしまう。なんてだらしない顔をしているんだ。もっと真顔を作らなければ、またからかわれてしまう。


 顔を真顔に整えて彼女の方を見る。


「遠藤さん、ただいま」

「おかえりなさい」


 遠藤さんは目尻がくしゃっとなるくらい嬉しそうに笑っていた。

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