第119話 始まりの場所 ⑴
実家のベットはいつから落ち着く場所になったのだろう――。
遠藤さんと出会って、自分を変えようと努力して、家族との関係も少しずつ変わった。私がこんなに前向きな人間になれたのは全て遠藤さんのおかげだ。
結局、どこにいても私は遠藤さんのことを考えてしまう。ほとんど何も食べていないのに頭はしっかりと働いていた。
ベットの上にいる時間は苦痛を感じるほど長い時間を私に突きつけてくる。しかし、行くところもやることもないので、ベットの上で恐ろしいほど長い時間が過ぎるのを待つしかなかった。
「私って遠藤さんのことが好きなんだ……」
悲しいとはまた違う感情が涙としてボロボロと外に溢れていく。
ずっと彼女に対する気持ちの違和感に気が付かなかった。いや、ずっと見て見ぬ振りをしてきたのだろう。それを認めてしまえばこの先きっとたくさん傷つき苦しい思いをすると思ったから……。
もう大切な人を失いたくない。
その気持ちでいっぱいだったのに、私はせっかく大切で好きだと思えた人を失おうとしている。
遠藤さんに好きと口走ってしまったことを後悔している。
あんな綺麗な星を見せるから悪い。
遠藤さんが隣であんな嬉しそうな顔をするから悪い。
好意を伝えたって遠藤さんを困らせてしまうだけだから、ちゃんとこの気持ちが恋愛感情だと気がついていれば、気持ちをずっと隠しておけた。後悔してもしきれない。
あんな泣きながら好きなんて言われて気持ち悪いだろう……。
「はぁ…………」
あんなに気持ち悪いことをしておいて、今は遠藤さんに会いたいという思いが溢れている。スマホにはずっと連絡が入っていたので気にならないように電源を落とした。
遠藤さんは今何を思っているのだろう。知りたいけれど、自分の中には不安という文字の方が大きくて考えないように頭の奥に押し込んだ。
二十二時を過ぎているので外は人の歩く音も聞こえない。部屋の中もなにか音がするわけもなく、私の心音ばかりが聞こえて、そのことに少し気持ち悪さを感じ始める。
これからの生活をどうしよう――。
少なくとも高校を卒業してから言うべきだった。
もう、遠藤さんと話すことも隣に居てくれることないと考えると涙が零れて枕の色が変わっていた。
もう何も考えたくない。
外の空気を吸おう。
私は何も考えず外に出ることにした。
部屋着でぷらっと出てしまったので、冷たい空気に体が包み込まれ、どんどんと体温が奪われていく。
フラフラと歩いていると、遠藤さんと出会った公園に辿り着いた。もちろん、その公園に誰かいるわけもなく、あの寒い日に遠藤さんが座っていた場所に私は腰かけた。
あの日と同様、真冬で今の気温は零度を下回るくらいの寒さだろう。
寒い……。
遠藤さんともう一緒には居れない……。
体の先端の感覚は無くなっているのに、それよりも遠藤さんが私の前から居なくなってしまうことの方が私の心を苦痛で蝕んでいた。
私の胸は何度もナイフが突き刺されているのかと思うほど痛みが伴い、呼吸が乱れていく。頑張って息を吸おうとすると、冷たい風が喉と肺を凍らせそうな勢いで入り込むので余計苦しくなって「ケホッケホッ」と咳き込んでしまった。
遠藤さんと一緒に居るために自分の感情には蓋をして生きていればよかった。どんなに後悔しても変わらない事実ばかりが浮かんで、体が動かなくなっていく。体温を感じないまでになると体に力が入らなくなっていた。
このままでは、死んでしまう――。
遠藤さんが救ってくれた命をこんな所で粗末にしてしまうなんて絶対にしてはいけない。ただ、悲しみから体も頭も動かすことが出来なくなっていた。
遠藤さんに会いたい――。
凍りそうな瞼を下に落とし、目をつぶった。
………………
「そこ私のお気に入りの場所なんですけど」
ハッとくっつきそうな瞼を開けると目の前に私が一番会いたくて、大好きな人が立っていた。その人はいつものようなにっと白い歯を見せて悪そうな顔をしている。
「遠藤さん……?」
彼女の顔を見上げると、遠藤さんと一緒に見た綺麗な星空が広がっていた。そんな綺麗な星が見劣りしてしまうくらい美しい遠藤さんがいる。
電灯に照らされた彼女の髪色は後ろの夜空の色とは全く馴染まない綺麗な栗色で、相容れないはずの背景と遠藤さんは綺麗な絵になって私の目の中に映り込んでくる。
なんで遠藤さんがここに居るのだろう?
もしかして、私はもう死んでしまって自分に都合のいい夢を見ているのだろうか?
薄着で外に出てしまったせいで体がかなり冷えている。そんな私に遠藤さんは自分のマフラーを巻いてコートを羽織らせた。大好きな匂いがふわふわとしてこれはちゃんと現実なんだと感じる。
体が温かくなるより先に目尻が熱くなった。
遠藤さんの顔がどんどんぼやけて行く。
そのまま目の雫が顔をこぼれ落ちると、通った場所が冷たくなった。冷たい道を遠藤さんの温かくて優しい手が拭うと彼女の手が通った場所の体温が戻っていく。
マフラーごと私は抱き寄せられて、唇を重ねられた。
離したくない熱が離れるとさっきまでぼやけていた遠藤さんの顔がしっかり見える。遠藤さんの目にも涙が溜まっていて、それはこぼれるかこぼれないかギリギリのところで留まっている。彼女がゆっくりやさしく微笑むとそれは一気に下に落ちていった。
「私も滝沢のことが好きだよ――」
その言葉に私の心臓はここに留まれないほど早く激しく動いていく。
きっと、自分に都合のいい夢を見ているのだろう。
私は早く夢が覚めるようにといつも遠藤さんがやるみたいに自分のほっぺをつねった。
ちゃんと痛い。
よくできた夢だと思う。
「夢みたいだけど夢じゃないよ」
遠藤さんはそのままボロボロと涙をこぼしながら私を強く優しく抱きしめてきた。彼女の熱が伝わり、先程まで冷たくて感覚のなかったはずの体は全身が脈打って熱くなっている。
「やっと言えた。ずっと言えなくて苦しかった。私がそう伝えたら滝沢どっか行っちゃうんじゃないかなって怖かった」
遠藤さんが私と同じ気持ち?
私の気持ちは全然ついて行かず、この状況についていけているのは私の心臓の速さだけだった。
「遠藤さん――。私の好きは遠藤さんが思ってるのと違うよ」
遠藤さんは私が友達として好きと勘違いしているのだと思う。だって、こんなに素敵な人が私を恋人にしたいと思うわけがない。私は遠藤さんに好いてもらえるようなところは何も無い。
遠藤さんは何が不満なのか少し頬を膨らましている。私が首を傾げながら彼女を見ていると頬からは空気が抜け、笑顔になっていた。
「私は滝沢に沢山触れたいし、沢山のことを経験してこれから先もずっと一緒にいたいって思うよ。滝沢のことを誰にも渡したくない。友達とは違うよ」
遠藤さんの目から涙が止まり、口角が優しく上がり、微笑んでいる。
その声と顔から遠藤さんの言っていることは本気だと伝わる。
夢ならば覚めないで欲しい。
夢じゃなくてこれが現実であって欲しい。
私は大きく息を吸って吐いた。
冷たい空気が体に流れ込んだが、その空気は私の体の中で一瞬にして温かい空気になって言葉と共に外に出ていく。
「遠藤さん、好きです。私と付き合ってください」
「はいっ!」
幸せそうな顔をしている彼女に私は少し背伸びをして唇を重ね、そのまま彼女を抱きしめた。腕に入る力が強くなると、それに彼女も答えるように私のことを抱きしめてくれる。
これからどんなことが待ち受けているかわからない。また大切なものを失う日が来てしまうかもしれないし、その時のことを考えると胸が張り裂けそうになる。
ただ、この感情からはどうしても逃げたくなかった。
遠藤さんのことが好きで大好きで彼女のことを離したくない。
もう二度と大切なものを失わないように私は精一杯努力し、彼女を愛して生きていくと心に誓った。
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