第76話 体育祭 ⑶
みんないつもヘラヘラ遠藤さんに話しかけるくせに、こういう時はだんまりだ。
訳が分からないと思う。自分に都合のいいことは進んで実行し、都合の悪いことからは目を背ける。
私もきっと無意識にそうなのだろう。
ただ、目の前の遠藤さんを見て体が動かずにはいられなかった。
遠藤さんと二人三脚に出ると言ったはいいものの、練習時間もないし、自分のとった行動に少し後悔する。
ただ、隣の遠藤さんを見ているとそうもいかなかった。あんなに不安そうで苦しそうな遠藤さんは私だけが知っていればいい。
クラスのみんなが知る必要は無い。
私たちは短い時間でできる限りのことをやった。
銃声とともに遠藤さんと息を合わせる。
誰が想像できた?
こんな暗い世界を生きているような私と学年で一番美人で人気者な遠藤さんが二人三脚するなんて。
その事におかしくなってしまい、この状況が楽しくなってしまう。しかし、体力はその日の奇跡で多くなるものでは無い。
たったの五十メートルがとても長く感じる。
息は上がり、足に重りがどんどん追加されていくような感覚になる。
遠藤さんが私の異変に気がついたのか、スピードを緩めようとする。そんな事しなくたって私は遠藤さんについて行くのに……。
たくさんのものを抱えて生きていて、それを誰にも見せず平気そうに生きる遠藤さんを尊敬している。
私にはできない。
そんな彼女に少しでも近づきたい。
私はもつれそうな足に力を込めて地面を蹴り続けた。ゴールすると倒れ込んでしまい、遠藤さんが目の前にいる。
目の前の遠藤さんは、ここ最近で見た中で1番楽しそうな笑顔だった。
体育祭までずっと不安そうな顔をしていた。
今日もずっと不安そうだった。
長い人生のうちのたった一日の為に、そんな不安に生きる必要はないと思う。
ましてや、学校の行事だ。
クラスの人の期待に応えたいとかそんなことのために悩むなんて馬鹿な遠藤さんらしいと思う。
そんな彼女の不安が少しでも取り除けたのなら、私がやった事は間違いではなかったのかなと少し安堵した。
『遠藤陽菜』
私は家への帰り道、その名前が書かれた鉢巻を片手に握っていた。
遠藤さんはなんであんなにも鉢巻を交換したかったんだろう。
ただ、鉢巻を渡しただけであんなにも楽しそうに変わる遠藤さんはやっぱり馬鹿だしあほだと思う。
「遠藤さんのばーか」
誰もいない道で誰に話しかけるわけでもなくそんなことを口にして、私は笑みがこぼれた。
空を飛ぶ鳥よりも自由に地面駆けていた遠藤さんは誰よりも楽しそうに1着でゴールしていた。
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