第64話 17歳 ⑸
「遠藤さんから今日色々貰いすぎだよ」
さすがに遠藤さんから時間と物をもらいすぎで、申し訳ない気持ちになる。
彼女はたぶん尽くしすぎるタイプなのだと思う。なんでもない私の誕生日をこんなに祝ってくれるのだ。
これが好きな相手になったら遠藤さん過労死するくらい尽くしてしまうのではないかと心配になる。
遠藤さんが私の隣に座って、ベットに背を預ける。
「私がいつも滝沢からもらいすぎてるくらいだよ」
そう言って、遠藤さんが私の肩に頭を乗せてきた。普段ならやめてと追い払うのだが、遠藤さんの声がいつもよりも暗かった気がしたので、言うに言えなくなってしまう。
「なにもあげてない」
「もらってる」
こういう時の遠藤さんは頑固だ。
そういう時は私がいくら否定しても譲らないので、私が否定するのを諦めなければいけない。
「滝沢は覚えてないかもしれないけど、公園でハンカチくれた日、お父さんとお母さんに会いに行こうとしてた」
「え?」
あまりにびっくりし過ぎて、何も言えなくなってしまった。遠藤さんのそういう暗い話は初めて聞いた気がする。
「死にたくてあの場所にいた訳じゃないけどね。でもさ、やっぱり一人で生きるのってたくさん辛いことがあって、あの日はその辛さが一人では抱えきれないくらい大きくなっちゃったんだ」
遠藤さんの顔は見れないが、とても辛い顔をして話しているのが声から伝わる。
私は黙って頷きもせず、遠藤さんの話を聞いていることしかできなかった。
遠藤さんの声が震えている。
だからって訳じゃないけど、遠藤さんの手を握る。私がこんなことをしたところで何も状況は変わらないのかもしれないけど、少しでも気持ちが落ち着けばいいと思った。
「あの日すごく寒くて、あのまま体温下がって、あそこで眠りにつけば、お父さんとお母さんに会えるかなって思った」
握っている手にぎゅっと力が入って、遠藤さんは深呼吸をしている。
「でも、滝沢が声掛けてくれたんだよ。ボロボロに壊れた私に優しく声をかけてくれた。あの時から不器用だったけど、ハンカチを渡してくれて慰めてくれた。滝沢を見上げた時にね、滝沢の後ろにある空にはすごい綺麗な星がたくさんだった。滝沢が声掛けてくれなかったら、あんなに綺麗な星空に出会えなかったと思う。そして、その綺麗な星空をお父さんとお母さんと一緒にみたいと思った。どれも生きていないと感じない感情で、お父さんとお母さんの分も幸せになるって約束したこと思い出したんだ」
遠藤さんが寄りかかっていた頭を起こして私を真っ直ぐに見る。
「だからね、ありがとう」
そういって遠藤さんは優しくほほ笑んでいた。
その顔を見ると胸がぎゅっと苦しくなった。
「あの日、たまたま公園に居ただけだし助けようとかそんなことも思ってない。だから、感謝されることなんてしてない」
事実だ。
私はそんなにいい人間じゃない。
ほんとにたまたま遠藤さんが公園に居て声をかけただけだ。しかも、邪魔だ的な最低な発言をしたような気がする。褒められるようなことは何もしていないのだ。
私のドロドロとした感情を無視して遠藤さんは話を続ける。
「滝沢のそういうところ好きだよ。無意識に人に優しかったり、誰かのために行動するところ。すごく素敵だと思う」
遠藤さんが先程よりも優しいけど、強い力で手を握り返してくる。そのせいで、私は何も言えなくなってしまうのだ。
「だから、高校で滝沢見つけた時すごい嬉しかった。何とか理由つけて、仲良くなりたくて、やっと今の勉強をする関係になれた。滝沢といると心がぽかぽか温まるんだ。自分って素直な自分でいてもいいんだって思えた。あの時、助けてくれただけじゃなくて、今もたくさんのものを貰ってるよ」
私が……?
遠藤さんの役に立ててるなんて思ったこともなかった。
逆に酷いことばかりして嫌われているとすら思っていた。
「滝沢、今日ここに居てよ。帰らないで」
心臓の音が聞こえ始める。
これは私の心音だ。
遠藤さんに聞こえてしまいそうなくらい鳴り響いている。
「パジャマとかない」
「私の着ればいいじゃん」
また、頑固遠藤さんを発動している。
今は何も聞いてくれなさそうなので諦めて泊まることにした。
シャワーが気持ちいい。
遠藤さんは学校で一人でも平気だって顔でいた。自信に満ち溢れて、何も怖いものは無いんだと思っていた。
けど、彼女も一人の人間なんだと感じた。
完璧な人は世の中に沢山いるし、一人でも強い人も沢山いる。しかし、生まれてから死ぬまで一人で生きていくと言うことは無理だ。
多くの人と関わり、自分という存在が作り上げられていく。
私はどうやら遠藤さんのその一人になれたらしい。少しでも彼女の支えになれたと感じると嬉しい気持ちが込み上げてくる。
「お風呂ありがとう」
遠藤さんのいい匂いのするパジャマを着ているせいなのか、お風呂に入ったせいなのか分からないけど頭がぽわぽわしている。
私が上がると遠藤さんはお風呂に入りに行ってしまった。
遠藤さんは色々抱えて生きている。
それでもあんな真っ直ぐ綺麗に生きている。
きっとそれは短い時間だったかもしれないけれど、両親が沢山のものをくれたからだろう。
そう思って遠藤さんのお母さんとお父さんの居る仏壇の方へ向かった。何がしたいとかわからないけど手を合わせて二人を
どのくらいそこに居たかわからないけど、遠藤さんの慌ただしく歩く音が聞こえる。お風呂から上がったのだろう。
「滝沢こんな所にいたの? 部屋に居ないから帰ったのかと思って焦った」
お風呂に入ったからか頬が火照った遠藤さんが私を見る。遠藤さんを無視して、私は立ち上がり遠藤さんの部屋に戻った。
「何してたの?」
私はその問いに答えなかった。
「滝沢、家来るといつも挨拶してくれるよね。ありがとう」
「普通のことしてるだけだから」
遠藤さんはそれ以上何も言ってこなかった。
お礼を言われるようなことは何もしていないのに、遠藤さんはいつも感謝してくる。わけが分からない。
部屋に入ると遠藤さんが私の袖を掴んできた。
「なに?」
聞いても遠藤さんはしばらく黙ったままだ。
……
「一緒に寝て欲しい……」
「嫌だって言ったら?」
「無理にとは言わない。けど、今日は滝沢の近くに居たい」
顔を赤くしてそんなこと言う遠藤さんの心情がわからない。しかし、今日は沢山のことをしてもらったので遠藤さんのお願い一つくらい聞いてもいいと思った。
布団に入る。
温かい。
いや、熱いが正しい。
さっきから心臓が私に話しかけるのをやめない。うるさいと言っても止まる気配はない。
今日は良くない日だ。
たくさんの思い出ができて、誕生日を祝ってもらって、遠藤さんが自分のことをさらけ出してくれた。
嫌という程温かい感情が湧き上がる。
「私さ——」
口を開く。
今日の私はどこもおかしい。
口まで言うことを聞いてくれない。
でも、心のどこかで遠藤さんならいいのかななんて思っているのかもしれない。
遠藤さんが私を見る。
心臓がうるさくて、頭が痛くなりそうだ。
それを誤魔化すように口を動かした。
「私さ、親に見限られてるんだ——。たぶんこれからこの関係が良くなることは無いと思う。姉みたいに優秀じゃないから親がそう思う理由も十分わかってた。ただ、どこか諦められなくて……。でも、諦めないように頑張るとどうしようもないくらい苦しくなって。何もかもから逃げ出そうとした」
喉が震え、呼吸が浅くなる。
遠藤さんが私の顔を心配そうに見つめるので恥ずかしくなって、それを隠すようにぎゅっと抱きしめて遠藤さんの耳元で話を続けた。
「遠藤さんに学校の屋上で会った日、死のうと思ってた……」
これ以上の言葉につまってしまう。
遠藤さんは今どんな顔で聞いているのだろう。
幻滅しただろうか、呆れただろうか、もう私とは一緒に居てくれなくなるだろうか。
顔が見れないのでそんなことも分からない。
自分の中の不安が膨れ上がり割れそうになる。それを抑えることで必死だった。
沈黙がしばらく流れ空気が重くなってしまう。
しかし、私が始めた話だ。最後まで話す責任がある。重い空気の中もう一度頑張って口を開くことにした。
「それまで何回か試みて、やめてたけどあの日はそれが簡単に出来る気がした……けど、遠藤さんに止められた。その時、なんで止めるのって遠藤さんに怒りのようなものを感じたけど、今は違う」
くっついていた体を離して遠藤さんを真っ直ぐに見る。
「今は少し楽しい。自分のしたいこともわかってきた気がする。あの時、間違えた選択を止めてくれた遠藤さんに感謝してる」
大きく深呼吸をして、一番伝えたいことを伝える。
「——ありがとう」
そう伝えて、恥ずかしくなったので遠藤から目を逸らしてしまう。
初めて誰かに自分のことを話せた。
初めて自分のしたいことがわかった。
数年ぶりに誕生日が嬉しい日になった。
今日は色々な感情が入り乱れている。
でも、今、確実に言えることがひとつある。
「あの時、遠藤さんが居てくれてよかった。生きててよかった」
自分の抱えているものを全て話すと、なにか私を止めていたストッパーが外れたみたいに目から涙がこぼれ落ちる。
自分ではもうどうにも止めることはできなくなってしまった。
こんな姿までは遠藤さんに見られたくないと思いベットから出ようとするが、遠藤さんがそれを許してくれない。
遠藤さんがシャボン玉が割れないように優しく触る時みたいに、私の頬を触って涙を拭いてくれる。
そして、優しく遠藤さんに抱きしめられる。
遠藤さんの肩のあたりは私の涙のせいでびしょ濡れだ。それでも私は今まで溜まっていたものが溢れ出るのを抑えることは出来なかった。
どのくらいの時間が過ぎたのだろう。かなりの時間が経って少し落ち着くと遠藤さんが声をかけてくれた。
「話してくれてありがとう」
そう言って私が話す前に口が塞がれる。
いつもの事だ。遠藤さんはいつも勝手にこういうことをする。いつもの事なのに唇からいつもよりも熱い熱が伝わり、体全体がじんわりと温かくなる。
温かくなるのと同時に呼吸も苦しくなる。
どうやって呼吸していたか分からなくなるほど遠藤さんと私の熱が混じりあっている。
気がつけば天井を見ていた。
「遠藤さん……?」
「なに?」
「寝たのかと思って声掛けただけ」
「寝てないよ」
「——三年生になっても私と仲良くしてよ」
「えっ?」
「嫌ならいい」
「いや、違くて、当たり前にそうしようと思ってたから」
「ならいい。勉強教えてもお礼とかいらないから」
「え、なんで?」
「友達だから……友達に勉強教えるのになにか対価をもらうとかいらないから」
今までは勉強を教える人と教えられる人の関係だった。遠藤さんが優しくするから私は自分のことをさらけ出してしまった。
まさか、学年で一番かわいくて人気者な遠藤さんとこんな関係になるなんて誰が予想できただろう。
今更、友達じゃないなんて言えない。
しかし、遠藤さんはすごく難しい顔をしてしばらく黙っていた。
やっぱり私と友達は嫌なのだろうか。
もっと明るくて元気な子が友達の方がいいのだろうか……。
自分の中で萎んでいた不安がまた大きくなる。
そんな不安をかき消すような言葉が投げかけられる。
「じゃあ、またこうやってご飯食べに来たり、お泊まりしたりしなよ。あと、さっきしてたみたいなことしてもいいなら勉強教えてもらったお礼するとか言わない」
「さっきって?」
「こういうこと」
先ほどよりも優しく唇を重ねられる。
遠藤さんはキスが好きなのだろうか。
キス魔遠藤さん。
遠藤さんとのそういうことは心地いいと思う。それが何故なのかよくわからない。
この心地良さに身を任せてもいいのだけれど、どうしても知りたいことがある。
「でも、友達とそんなことしない。遠藤さんは他の友達ともそういうことするの?」
「しないよ。滝沢だけ。ご飯作るのも家に泊めるのも滝沢だけ。いいじゃん。滝沢と私はそういう友達でも」
意味のわからないことを遠藤さんが言っている。ただ、ほかの仲のいい友達とそういうことをしていないと聞いて安堵する自分がいる。
「わかった。遅いからもう寝る」
そう言って遠藤さんに背を向けて寝る体勢に入る。いいと言っていないのに遠藤さんが私の背中に体を寄せてくる。
「暑い」
「私は寒い」
そう言われると何も言えなくなる。
暑いって言うのは離れて欲しい言い訳で、この体温が心地いいと思う自分もいる。
誕生日なんて無ければいい日だと思っていたし、大切な思い出もプレゼントもいらないと思っていた。
ただ、今日は全部あって良かったと思えた。
十七歳になった最初の日は、今までの誕生日の中で一番幸せな日になった。
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