第11話

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 私は石田さんから、秋野さんの退職願いを思いとどまってもらうために

手を貸してほしいということで、お手洗いに行く為オフィスを出たところを

呼び止められた。



 最初に『黒田さん……』と声を掛けられた時点で少し舞い上がり、

共用フロアーの隅で相談を受けている間は更に舞い上がりテンションMAX。


 

 細かな打ち合わせは私が石田さんにメールで連絡するという話で

落ち着いた。


 石田さんに直にメールする日がくるとは。


 別に好意を示されたとかっていうのではないし、単に協力するという

だけだけど、いいのよ~、二人きりで短時間といえども話をする機会に

恵まれたということ、メールのやりとりができるということ、これだけでも

私には幸せなんだもんっ。



 それに多分だけど、少しとはいえ、感謝されるかと思うと心震えるのよね。


 秋野さん、辞めるなんて言わないでほしいけど……でも辞めるって

言ってくれてありがとう、みたいな? 心境。



 百子の思い切った行動は、知らないところで黒田を幸せにしていたのだ。



          ◇ ◇ ◇ ◇




 さっそく私は秋野さんをお茶に誘うことにした。


 一つ隣に座る秋野さんは今日もイマイチ元気はないものの、勤勉さを

発揮して一心不乱で急ぎの仕事に邁進している模様。


 様子を窺い話し掛けるタイミングを計る。



「秋野さん、少しは片付いた?」


「なかなかですね。

 残業しないといけないかも。


 黒田さん……実は私、話しておかないといけないことがあるんです」



「会社では話せないようなこと?」


「……」


「ね、じゃあさ、今日か明日、仕事の後でお茶でもしない?」


「いいですね。助かります」


『いえいえ、こちらこそ助かったわ。

 何の労力もなしにあなたの方からカフェに行くチャンスを作ってくれて』



「お姉さんに任せなさいっ」


「はい」


 秋野さんが笑顔を貼り付けて返事を返してくれた。




 石田さんとのことで浮かれ過ぎていて、今更なんだけれども

秋野さん、一体何が原因で辞めることにしたんだろう。



 取り敢えず秋野さんの都合次第では今日にもカフェ行きになるやもしれず、私はすぐに視界の範中にいる石田さんにメールを送った。


 私は送る時『今日だと急なので明日のほうがいいでいすか?』と書いた。


 彼からはすぐに『今日でも構いません』と返信が届いた。


『きゃぁ~、別の島の女どもめ、私は石田さんとメールできる仲なんだぞぉ~』

……と無駄にキャイキャイしているのは内緒。


 空しいけど、空しくないのだ。

 楽しいのだぞぉ~っと。



 でもあれだよね、秋野さんを誘いお茶を注文し……たところで

石田さんが登場したら、私はお茶も飲まずに退場したほうが好印象だよね、

石田さんから見て。



 支払いはお任せしてもいいよね、飲まずに帰るなら尚更。


 お金を払いたくないっていうのじゃなくて、石田さん目線で

考えてみるとってこと。


 私はどこまでも石田さんにとってスマートでかっこいい大人の女性を

演じたいのだ。


 主役じゃなくて脇役だけど、こんな素敵な役は人生でなかなか巡って来ないことを私は知ってる。


 ……だ・か・ら。

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