第11話 問題児の恋路

「——ってわけで、そこで出会ったのが今目の前にいるクライスってわけだ。」



雨の都、サートル・ベルにたどり着いた俺達の前に現れたのは、クライスという男だった。

クライスは俺を見つけるやいなや、近くにあった喫茶店に俺達を連れ込む。

四人用の席に俺の真正面に座ったクライスは、これでもかと言うくらいに満面の笑みを見せていた。

そして俺の隣に座っていたレノアは、目の前にいる謎の男に困惑している様子。

レノアが、彼とはどういった関係なのですか、と尋ねてくるものだから、俺はクライスとの出会いについて話をした。

途中、レノアがクライスの事を汚物を見るような目で見ていた事に関しては、俺も全く同意見である。

今考えてみても、あのやり方は普通にゲスいと思うし。

「……で、でも、エクターの身体を用意してくれたのはクライスさん……なんですよね?」

「一応はな。だがレノア。こいつとは絶対に関わるな。俺はお前を思って忠告しているんだ。」

そう。こいつと顔なじみだというだけでろくな目に遭わない。

レノアはきょとんとした顔で俺を見ている。

どういうことですか?と、言いたいのだろう。

ならば教えてやろう。俺とエクター、主に俺がこいつのせいでどんな目に遭ったのかを!!

「レノア。こいつは台風なんだ。俺達は何もしていないのにゴタゴタに巻き込まれる。だがこいつ自身は台風の目だから、何の面倒事も起きない。全部のしわ寄せは俺に来る。」

「あはは!酷い言われようだ!!僕と君は友達なのだよ?そこまで言わなくてもいいじゃないか!友達のよしみという事で、許してくれる寛大な心を持つべきだよニカル。」

「なあーにが寛大な心だ!!!!お前のせいで俺は……俺は……!!」


——そして俺は思い出す。クライスのせいで巻き起こった様々な悲劇を。


「おい!あいつがクライスの仲間だ!!」

「よくも俺の……大事な……ソードを傷付けたな!!てめぇら!かかれ!!」


あらぬ疑いで、チンピラに絡まれたり。


「ニカル?ああ、あのクライスの友達か。なら通行は許可できない。クライスはこの町で色々やってくれてね。おかげで町は崩壊寸前さ。」


何故か町の通行許可が降りなかったり。


「君がニカルね!クライスの分のお金、きーっちり払って貰うから!」


何故か見知らぬ居酒屋で俺の名前で立て替えられていたり。

兎にも角にも!この男のせいで俺は行く先々で酷い思いをしているのだ!!!

しかも半年に一度くらいのペースでばったりと遭遇した時には無理難題を押し付ける始末。

「ニカルー!僕にだっていい顔をしたい時はある!というわけで、手伝ってくれるだろう?」

去年あった時は、山の奥に住んでいる魔獣退治を手伝わされたり。

「ニカルー!!ちょっと僕やらかしちゃってね?君が代わりに町長の所へ謝りに行ってはくれないかい?じゃあ、僕は行くところがあるから!よろしく頼むよー!」

その前にあった時は、町で重宝されていた物を壊し、その謝罪を俺に押し付けたり。


アイツと出会ってからこの六年間で、色々な目に遭って来たのだ。

しかも、その事について俺が文句を言うと決まって、

「だって僕達友人じゃないか!友人なら、少しくらい頼み事を聞いてくれてもいいだろう?」

とか腑抜けたことをいう始末。

疫病神とはまさにこの事だ。

俺がこれまでどんな辛い目に遭ってきたのか、へらへらと笑うあの男には分からないだろう。


「以上が、これまでクライス関連で俺に起こった悲劇だ。これを聞いてもまだクライスに関わりたいと思うか?レノア。」

「いいえ!いいえ!!!!まっっっったく思いません!私、ニカルの言う通りにします!!」

顔を真っ青にしたレノアは、立ち上がって俺の後ろに隠れる。

まあ、俺のこれまでの話を聞けばこういう態度になるのも頷ける。

と。ここまででクライスがどれだけ最悪な男なのかを再認識した所で。


「——そもそもなんでここにいるんだクライス。」


問題はそこだ。

これまで俺はクライスの悪行の尻拭いをさせられてきた。つまり今回も厄介事の類いだろう。

本来ならばあれやこれやと理由をつけていち早くこの場から逃げ去りたい所だが、このサートル・ベルから逃れる為の資金が今は無い。

つまり、このクライスから逃げられないのだ。

店主が運んできたカフェオレに口をつけたクライスは、先程と打って変わって真剣な面持ちで俺を見つめる。

なんだ?かつてこんなにも悩みを持った顔で俺の前に立っていた事があっただろうか。

否。こいつは大抵の事は「まあなんとかなる」で生きている男だ。

そのクライスはこんなに真剣に真っ直ぐな瞳で、何を悩んでいる……?

「——実はな、ニカル。」

ゴクリ。と思わず固唾を飲んだ。

そして次の瞬間、クライスから発せられた言葉は俺の意表をついた、紛うことなき衝撃の発言だった。


「——見つけたんだ、運命の女を。」


その場にいた全員が、目を丸くさせる。

「…………はあ?」

「ついに見つけたんだよニカル!!僕の運命の女を!!六年間探し回って、遂に出会ったのだ!!」

沈黙。

いや、コイツが何か突拍子も無いことを言い出すのは今に始まった事では無いが……。

運命の女?何だそれ。というかコイツ、そんな理由の為に一人で旅をしていたのかよ!!

エクターもレノアも、口を大きく開けてぽかんとしている。

その気持ちは大いに理解出来る。

ここは一つ、俺が代表して皆の思っている事をきちんと言葉にしよう。

一応は旅のリーダーみたいな立ち位置にいる訳だし、その辺はきっちりしなくては。

というわけで。

ゆっくり深呼吸をして。ふぅ、と吐いて。はい。


「——何言ってんだ、お前。」


この時の最大のポイントは、【俺達と関わるな】という意を込めて軽蔑の視線を送る事。

そうすればクライスもきっと、俺達の気持ちが通じる……

「うん!だからね、プロポーズを手伝って欲しいのだよ!ニカル!!」

はずも無かった。

頭がイカれている男には、何を言っても無駄だ。

そんな事はハナから理解していたが、いざ目の前に突きつけられると逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。

「はぁ?プロポーズ?誰が、誰に?」

「僕が!運命の相手に!に、決まっているだろう!!」

あー、はいはい。成程。

今回は斜め上の面倒くさい事を持ってきたな、コイツ。

先程から運命の女、運命の女、と言っているが、もしや先程の騒ぎはそれが原因なのだろうか。

「普通に結婚して下さい!じゃダメなの??」

「おー!エクター!久方ぶりでは無いか!うむ、それでは駄目だな。こう……品に欠ける。」

お前のこれまでの行動のどこにその『品』があったのかを是非とも問いただしたい。

と言うよりも、俺としては別の所が気になるのだが。

「なあ、クライス。」

「なんだい!我が親友!」

「その呼び方は金輪際やめろ。次に言ったらお前の首を斬ってやるからな。……んで、お前のその運命の女って、どんな人なんだ?」

ふふん!と鼻高々にクライスは息を荒くさせる。まるでその質問を待っていたかのようだった。


「俺の運命の相手は——」


そう自慢げにクライスは俺達に告げる。

それは夜遅く、貴族の夜会を抜け出して街を徘徊していた時だった。

夜会でそこそこの酒を呑み、酔いが回っていたクライスは覚束無い足取りでふらふらと歩いていた。

つるりと足を滑らせて、地面に顔をぶつけそうになったその時。クライスの腕を優しく掴んでくれた者がいたらしい。

「……大丈夫ですか?」

それが、クライスと運命の女とやらの出会いらしい。

いわゆる、クライスの一目惚れだったそうだ。月光に照らされた一輪の華のような可憐な姿に、クライスは心を奪われたらしい。

とても美しい顔立ちの美女だったそうだが、問題は彼女の出生だった。というのも……。


「——娼婦だー!?!?」


思わず声を大にして立ち上がってしまった。

そんな俺にレノアは目を丸くさせている。

目の前に座る男は少し恥ずかしそうにヘラりと笑っていた。

「まあ……そういう事なんだよね〜」

「そういう事なんだよねじゃねえ!お前、自分の立場を分かってるのか!?お前は普通の一般人じゃないんだぞ!?」

貴族のお坊ちゃまと娼婦の女。

そんな二人が恋に落ちるなんて、そんなのはフィクションだから許される話だ。

しかもクライスの家は歴史の長い名家だ。そんなクライスが娼婦の女に恋をしたなんてバレたら、家門に泥を塗る事になる。

「ニカル。愛というのに身分の差は関係ないんだ!運命で繋がれた僕達を阻める者など何処にもいないっ!」

何とも情熱的な言葉だ。

その真っ直ぐな瞳からして、この男は本気らしい。

何とも馬鹿げた話だ。

一応は顔見知りとして、ここは一発ぶん殴って目を覚まさせてやるのが俺の役目かもしれない。

「……クライス。お前——」


「勿論、これが簡単な話では無いことなど知っている!だから僕は……家との縁を切る覚悟だ。」


クライスの力強い声に、思わず言いたかった事をごくんと飲み込む。

その声に、眼差しに、決して偽りは無い。本気だった。

この男は、たった一人の女の為に全てを捨てるつもりだ。

きっと俺が何を言おうとも、無駄なのだろう。

こいつの瞳は、俺が神を殺すと決めたあの日の目つきと同じだった。

なら、今の俺に言えることは何も無い。


「元々風来坊みたいなやつだったんだ。家門が無くなったとしても、お前はお前らしく生きていくんだろうよ。」


貴族という肩書きが無くなれば、この先苦労は絶えないだろう。それでもこいつは、たった一人の女に全てを捧げると決めたのだ。

だから俺は、その覚悟を信じてやるよ。

「——わあったよ。お前がそこまで言うなら……付き合ってやる。」

俺の言葉にレノアとエクターはにっこりと微笑む。

どうやらこうなる事は、二人には分かっていたらしい。

そして目の前にいるクライスはぱあっと大きく口を開けて俺の手を取った。

「恩に着るぞ、ニカル!!流石は僕の心の友だ!」

「だからそういうんじゃねえっての……。」

まあ、ここで出会ったのも何かの縁だ。それにこいつと居るとろくな目に遭わないが、だからといって俺の事をここまで見放さないでいてくれる奴などそうそういない。

だからそう。理由をつけるなら気まぐれってやつだ。


そうして俺は、破天荒なクライスの恋路を応援する事になった。

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