3

____

________



よく晴れた。常田は青々とした空を見上げて目を細めた。梅雨に片足を突っ込んでいるというのに、こんなに天気が良いのは運が良い。


今日は基地の一般公開日だ。災害地支援もあるというのにまったく忙しい。そんなことを考えながら腕時計を見ようとして、固定して首から吊られた腕には腕時計がついていないことを思い出した。

本来であれば常田はまだ災害地にいる予定だったが、先日の2度目の大きい地震の際に左腕をやってしまった。おかげで一般公開の対応に回されたのだが、これは落下物から人を守った際の怪我なので名誉の勲章だ。



「常田、次あっちの対応回ってくれ。」

「はい。」



上官の指示に返事をする。それは今回の目玉展示だった。先日の被災地支援の展示だ。自衛隊の活動報告として写真を展示し経験談を語るのだ。といっても目玉と捉えているのは自衛隊側で、来客の大半は銃火器の実演が目当てだろう。それでも別に構わなかった。

被災地から関心が離れることが1番恐ろしい。この展示が少しでも募金や支援に繋がればそれで十分なのだ。



「お兄さん若いのに大変だなぁ。」

「これも名誉の勲章なので。」

「頑張ってなぁ。嫁さんに面倒見てもらえよ。」



そんな風に来場者に声をかけられて常田は乾いた笑いを漏らした。世間的にはまだまだ若いはずなのに、職業柄どうしても結婚をせっつかれる。上官からも面倒を見ようかと声をかけられたばかりだ。心底余計なお世話である。こちらはただいま傷心の真っ只中なのだ。


あの告白の後、常田はどうやって宿舎に帰って来たのか分からなかった。魂が抜けたところを芹沢に発見され遠慮なく笑われたところで我に返った。事情を話すと芹沢は同情しつつ、あまりの常田の魂の抜け具合に謝りながら笑い続けた。



「いやでも、お前そんな恋愛できてよかったな。」



そう笑われて確かにと思った。今まで縁がなさ過ぎて、自分は恋愛事に向いていないのだと思っていた。自分でも実は男色なのではと少し思ったくらいだ。もちろん日常でそんなことを感じたことはなかったが…。



「ひばりさんより好きになれる人いない気がするわ。」

「そんなもんだって。」



そんなもんなのか。人のために命を張るより、誰かを好きになることの方が難しいように常田には思えた。

そうして未だひばりへの未練を募らせているわけだが、この一般公開で出会いなんてあったりするんだろうか。そんなことを考えながら来場者を見渡して、常田は固まった。



「ひばりさん…?」



そこにはパンツスタイルではあるものの、デートよろしく気合いが入ったひばりがいた。未練を募らせすぎて幻覚でも見ているんだろうか。いやでも昨日はしっかり寝たし、水分もきちんと摂っている。そんなことをごちゃごちゃ考えるうち、ひばりがこちらを振り返って目が合った。

そしてひばりがこちらに近付いてきた。しかし途中で一瞬険しい表情をした。視線からして、常田の腕に気が付いたらしい。もう会えないだろうと思っていたひばりがそこにいる。そしてやがてひばりは目の前に来た。



「……お久しぶりです。」

「えっと、はい。」

「……。」

「……。」



沈黙が気まずい。伏せた目を縁取るまつ毛が微かに震えているのが見えた。ああ、くそ。可愛い。やっぱり俺はどうしようもなくこの子に惚れてしまっているのだ。



「常田!」

「はい。」



先程指示を寄越した上官に呼ばれて振り返ると、上官はニヤリと笑った。



「休憩行ってきていいぞ、5分な。」



短いな。しかも休憩にはまだ早い。ということはあの上官は気を利かせたつもりなのだろう。どうせ余計なことを吹き込んだのは芹沢だ。人の失恋情報まで流しやがって。そんな風に悪態をつきながらも芹沢に今度何か奢ろうと同時に感謝もした。



「ありがとうございます。」



上官に礼を告げ、常田はひばりを促してその場から移動した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る