第3話

1

月曜日、昼休みにひばりの顔を見た瞬間麻衣はひばりの肩を掴んだ。



「どうしたのその顔!」



声を顰めてはいるものの周りには聞こえてしまっているだろう。そんなことを考えながらひばりは目を逸らした。

顔は浮腫んでパンパン、目は腫れて真っ赤だ。何とかしようと試みたがどうにもならなかった。それでも会社には向かわなければならなかった。社会人の嫌なところだ。商談があるような部署じゃなくてよかったと心底ホッとした。



「聞いてない?」



目を合わせないままそう問うと麻衣の指がピクリと動いた。そして肩から手を離すと向かいの椅子に腰掛けた。



「ごめん…、常田さんだね…。」



ひばりは1つ頷くとそのままテーブルに伏せた。散々泣いたのにまだ涙は枯れてくれない。気を抜いたらまた泣いてしまいそうだ。そのくらい、この短期間でひばりは常田に惚れ込んでしまっていたらしい。



「本当にごめん…。私が余計なことしなきゃよかったね…。」



ひばりは無言のまま首を横に振った。ゆっくり顔を上げるとやっと麻衣の方を見た。麻衣も泣き出しそうな顔をしている。ずるいなぁ。そんな顔されたら私が気を遣うじゃん。でも今はその方がありがたいかもしれない。そう思いながら表情を取り繕った。



「もう、終わったから。」

「ひばり…。」



もう彼と関わることはない。そして私は同じ轍を踏まないよう、今後も公務員と関わるまいと細心の注意を払いながら生きていくのだ。


その時だった。



「地震だ。」



休憩室で誰かがポツリと言った。ひばりもすぐに気付いた。その場にいる全員が体感する程の揺れだった。



「ちょっと大きいね。」



不安そうな麻衣の言葉に頷いて周囲を見回した。特に落下物はない。一旦様子見でいいか。オフィスはビルの上層階にあるためどうしても地震では揺れやすい。

突き上げる感じもないし大丈夫だろう。そんなことを考えていたひばりに麻衣は言った。



「まだ揺れてる…。船に乗ってるみたい…。」



確かに揺れが長い。これは大きい地震かもしれない。そう思いながらスマホを見て、やっぱりと思った。まだ情報がきちんと届いてはいないが、震源地では震度6の表示が出ていた。

休憩室にはテレビがない。最新の情報はスマホでしか追えないが、幸いその地域にひばりの知り合いはいなかった。



「麻衣、この辺知り合いいる?」



スマホの画面を見せながら問うと麻衣は首を横に振った。伸ばした腕を戻しながら少し安心した頃、ようやく揺れが収まった。

その後すぐに役職者が社内を駆け回り、社内の安全確認と震源地に知り合いがいないか、いる場合は安否確認は取れたかと確認して回っていた。社内の安全確認後、ひばりはすぐに通常業務に戻った。


震源地は数百キロ先だった。テレビもスマホも使えない業務中は何も追加の情報がなく、何もなかったように1日が過ぎていった。


ひばりが地震を実感したのは帰宅時だった。新幹線のダイヤが乱れていたからだ。線路の点検がまだ終わっていないらしい。高速道路も点検のため通行止めになっているだろうし、まだ平日でよかったのかもしれない。

帰宅途中にスマホで情報収集をしたが、今回の地震は最大震度6弱、津波も30センチ程きていたらしい。建物の倒壊や火事、地盤の液状化、ライフラインの停止、避難。地震の後は大変なことばかりだ。地震大国に住む以上、今回被災していないのはラッキーとしか言いようがない。ひばりは防災バッグの確認をしなければと思いながら家路を急いだ。

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