第2話

1

けたたましく鳴り響くアラームを止めると、5分後のスヌーズまでゴロゴロしてやろうとひばりは反対側に寝返りを打った。

昨晩帰って来てから1人で飲み直し、お気に入りの自衛隊ものの映画を観て寝た。そんな今朝の気分は最悪だ。



「はぁ…。」



悪気があったわけではないだろうし、麻衣を恨むのはお門違いだ。頭ではそう分かっていても、どうしても不満が募ってしまうのをひばりは止められなかった。

出会いたくなかった。知り合いたくなかった。関わりたくなかった。人混みの中ですれ違って、あの人かっこいいなんて遠くから見つめるようなそんな距離感でよかったのに。

初めてその職に携わる人と向き合ってやっぱり思ってしまった。かっこいい。見た目だけではない、纏っている雰囲気がもうかっこいいのだ。


再びけたたましく鳴り響いたアラームを止めて、ひばりはやっとノソノソと起き上がって伸びをした。



「面倒臭いなぁ、くそぅ…。」



昨日の合コンを中座してしまった手前、金銭の精算くらいはきちんとしなければ。ひばりは溜め息を吐くと洗面所へと向かった。



その日の昼休み、ひばりは麻衣に会うなり謝罪を受けた。休憩室で昼食を共にするのがひばりと麻衣の入社以来の日課だ。



「ひばり、本っ当にごめん…。」



麻衣は顔の前で手を合わせるとそのまま深々と頭を下げた。ひばりはそんな麻衣に少し驚いていた。



「まさかあんなに本気で関わりたくないと思ってると思わなくて…。私の認識が甘かった…。」



やはり麻衣も悪気があったわけではないのだ。いつまでも臍を曲げているのも大人気ない。ひばりはそんな麻衣に苦笑した。



「怒ってないよ。」

「本当?」

「本当。」



さすがに昨日は怒ってたけどとは敢えて口にしなかった。そこまで言わなくとももう麻衣も懲りて同じことはしないだろう。そう思っていたのだが、麻衣は「まだ謝らないといけないことがあって…」と言葉を続けた。



「昨日のひばりの分の会費、常田さんが立て替えてくれてるの…。」

「えっ。」

「私が立て替えられればよかったんだけど、現金の持ち合わせが足りなくて…。」



そう言われてひばりは昨今のキャッシュレス化を心底恨んだ。あの場にいた残りの女性陣2人はひばりの事情を知らない。何ならひばりの後を追いかけた常田が立て替えると言えば、チャンスとばかりにその案を押したに違いない。

ひばりの負けだ。ひばりは観念して麻衣に尋ねた。



「……常田さんの連絡先、知ってる?」



きっと今の私は物凄く不細工だ。そう思いながらもひばりは表情を取り繕えなかった。そんなひばりに麻衣はいい笑顔で「うん!」と返した。その瞬間ひばりは思った。麻衣は絶対に反省していない。

そうはいっても後の祭りだ。金銭のことには特にキッチリしたいひばりにとって、常田がひばりの会費を立て替えているという言葉は麻衣が思うよりよっぽど効果があった。


ひばりはスマホに表示された『常田弘樹』の文字と丸いアイコンを見て溜め息を吐いた。

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