第10話 罰ゲームその③、その④

 絶望した陸はふと思い直した。そうだ、美咲がもう「お兄ちゃん!」の「お」の字も言わなければいいんだ。そうだ、それしか、今を乗り切る方法はない!

「美咲、もう絶対『お兄ちゃん』って言うなよ! 気合いを入れていくぞ!」

と陸は拳を握りしめて美咲に見せながら、自らも鼓舞した。

「うん、わかったよ。気合いを入れていくよ、陸お兄……、いや陸」

 ピンコーン。無情にも陸のスマホにLINEの通知音が鳴り響く。馬鹿? 馬鹿なの、美咲? 

「はぁ~」陸は思わず大きなため息をついた。

 仕方がないので、陸は罰ゲーム③の紙片を開いた。


「その場で、『魅惑のダンサー、ダンシング・たか』の一発芸をやるように」


 何だこりゃ? 陸は聞き覚えのない芸人の名前を美咲に聞いた。

「この『ダンシング・たか』って知っているか?」

 美咲は

「うん、そこそこ名前のしれた芸人だよ。まあ『痛い』のが芸風なんだけどね……もしかして、ダンシング・たかの一発芸をやれ、とか言わないよね?」と嫌そうな顔で聞き返してきた。

 陸の表情が曇った。

「その、もしかしてなんだよ……」

「えー、さっきの比じゃないよ、ダンシング・たかの一発芸は!」

 陸は「マジか……」と声を漏らし、顔を手で覆った。さっきよりも恥ずかしいのか。どうするよ、本当。

「言っとくけど、もう隠れるのは無しだからね。はっきり言って、これをやったら私の社会的信用も死ぬけど、陸の社会的信用も……」

 陸は口を引きつらせ、静かに頷いた。

「もういい、みなまで言うな……」

 そして、陸は覚悟を決めた。

「よし、やるからには照れなしだ。気合いを入れろ、美咲。俺も覚悟を決めた!」

「うん、わかったよ、陸お兄ちゃん!……あっ!」

 ピンコーン。再びLINEの通知音が鳴った。スマホの画面を見ると「続けて罰ゲーム④をやってね♡」の文字が……。ええい、こうなってしまっては仕方がない! とりあえずは罰ゲーム③だ。

「よし、やれ、美咲。お前の骨は俺が拾ってやる!」

「だから、陸お、……陸も死ぬんだってば……。いい? やるよ!」


 美咲は、力士のように構えて相撲の立ち会いの所作をすると、

「はぁ~きょうい、のこった、のこった」と叫びながら街ゆく人達に突進した。

そして――

「はぁ、どすこい! どすこい!」と叫びながら、両手の掌を、顔の横で拍子ひょうしを取るように叩きながら意味不明な謎のステップを踏む。


 美咲に突っ込まれた人達は、暴漢に襲われそうになったのかと勘違いし、思わず引いた。体も心も……。これはもう、完全に心理的テロだよな。うぅーいい加減勘弁してくれ! もはや照れもなくパフォーマンスをしている美咲よりも、連れの俺の方が恥ずかしい……。俺は空を見上げて心の中で叫んだ。

「いい加減にしろよ、陽菜ぁぁぁ!」


 一方陽菜たちは尾行しながら、一部始終を録画していた。陽菜は嬉しそうに

「いい絵づらだわ。エモい動画が撮れている。……でもスマホのバッテリーが残り少なくなってきた――モバイルバッテリーはと――あれ、どこにいったかな?」と録画しながらバッグの中を探し始めた。

 悠斗は「もう、いいんじゃないの? 身内の恥を見せられて、僕の心も削られていく……」と勇気を出して本音を言った――が、陽菜は構わず録画し続けた。


 心理的ダメージの大きかった陸だが、やりきった感のある美咲は

「終わったよ。次は何をするの?」と汗もかず、すがすがしい顔で言ってきた。その目の輝きは、なんだか“ここで爪痕を残すぞ!”という芸人の目だ。強い! 女性は強い! 何て強い子に育ったんだろう。たくましく育ったと、君のご両親も喜んでいるよ……きっと。

 陸は観念して罰ゲーム④の紙片を開いた。


 「大勢の前で、美咲の実年齢を叫べ」


 これは俺の心のダメージは少なさそうだな……。しかし、これは美咲が猛烈に抵抗してきた。

「私が実年齢のこと、気にしていること知っているくせに! 元彼に年齢のことがばれて振られたの、トラウマなんだよ!」

 いや、だからこそですよ。陽菜なんですよ!――こういうこと思いついて送ってくるのは、と俺は心の中でツッコんだ。

「嫌だ、嫌だ、絶対に嫌だ!」と美咲は駄々をこねる。陸はどうしたものだろうと思案に暮れていると、ピンコーンとLINEの通知音が鳴る。一体今度は何だよ。


「『後でキスをする』でも『何でも言うことを聞く』でもいいから、美咲をモノで釣って、ちゃちゃっと叫ばせといて、陸お兄ちゃん♡」


 陽菜ぁ、お前まで「お兄ちゃん」呼ばわりするか! ……でもよくよく考えたら本物の妹だから、そう言う権利はあるのか。とにかく陸は美咲を説得することにした。

「陸、私は嫌だからね! だって実年齢を叫んだら周りに引かれるでしょ――それに陸だって……」

 陸は

「美咲、実年齢を叫んでくれるのなら『美咲への愛を証明する』か『美咲の言うことを何でも一つ聞く』ことを約束する。だから勇気を持って、一歩前に踏み出してくれないか?」と男前ふうに言った。

美咲は

「『美咲への愛を証明する』って何よ?」と不満そうに聞いて来た。

 陸はいつになく真剣な顔をして

「美咲、よく聞いてくれ……。俺が美咲を“今ここで選ぶ”ってことが証拠だろ? 年齢がどうとか関係ない。もし俺の母さんが『相手の年齢を見てから考えなさい』って言ったって、俺は『この人がいい』ってはっきり言うよ。今ここで約束する……」と言うと美咲を抱き寄せた。

 美咲は目をキラキラさせて「陸……」とつぶやくと、目を閉じ、陸にキスを迫った……。

 しかし、陸はキスに答えないどころか抱くのも止めて「じゃあ、俺がオンラインゲームをやるため……ではなく美咲の悪い癖を直すために、ちゃちゃと叫ぶの終わらせちゃってよ」と言った。

 美咲は「本音がダダ漏れだよ! 私の感動を返せ!」と叫び、「やっぱり『美咲の言うことを何でも一つ聞く』がいい!」と言うと、敬礼をしながら


「私、加藤美咲は幼い容姿をしていますが、実は31才であります!」


と直立不動で叫んだ。

「よくやった、美咲! トラウマを克服したぞ、マジで! 言ってみ?  何でも買ってやる! ウマいもんでも、ディズニーランドのチケットでも何でもだ!」と陸は興奮気味に言った。

 しかし、美咲は冷めた表情で

「陸にも罰ゲームをやってもらうから」と冷徹に言った。

「へっ?」

 予想もしなかった返答に陸はとまどった。


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