第50話 懊悩
「
決死の消火活動が功を奏したのか、夜が更ける頃には省庁の炎はすっかり勢いを衰えさせた。煤けた省庁の残骸を呆然と見つめていた際、はぐれていた
欧陽冉が目を丸くして尋ねる。
「うわあ、ぼろぼろですね! 何があったんですか?」
「
《えいめい》長公主の身柄を確保しようと動いているらしい」
「で、捕まったのかね?」
「いいや。ほとんど逃げられたようだ」
「ふむ。それは難儀なことだね……」
李青龍はにわかに俯いて考え始めた。
いやに真剣な顔だったので不信感を覚える。
「どうした? 何か思うところでもあるのか?」
「世を憂えているのだ。黄皇党の連中にも呆れたものだな――やるならもっと賢い手段を用いればよいものを。これでは民衆の支持もろくに集められまい」
「まるでもっと有効な手段を知っているかのような口振りだな」
「さてね。私は世の中がよくなる方法を常に考えているだけさ」
李青龍はくつくつと笑った。
この男の目的もよく分からない。雪蓮のように憎悪や復讐心によって動いているようには見えないが、腹に一物抱えていそうな雰囲気は感じ取れる。
欧陽冉が雪蓮の服の裾をつまんで言った。
「雪蓮さん、郷試は大丈夫でしょうか」
「ん?」
「黄皇党が狙っているのは長公主様なんですよね? だったら試験会場に押し寄せてくる危険性もあるんじゃないでしょうか」
確かにそうだ。
が、それは挙子の身分で考えても仕方がない。
「総督や正考官たちも理解しているはずだ。何か手を打ってあるに違いない」
「そうだといいですが……」
雪蓮は溜息を吐いた。
郷試だけでも大事なのに、並行して考えなければならぬことが多すぎるのだ。
ちらと梨玉を見やれば、筆舌にしがたい懊悩に苦しめられている様子が見て取れた。
「……梨玉、あまり気に病むな」
「分かってる。分かってるけど気にしないわけにはいかないよ。はやく官吏になって何とかしなくちゃいけないのに、今の私は郷試なんかで足踏みしている。このままじゃいけないよね……」
院試における欧陽冉の件で分かったように、梨玉は他者を鼓舞することに長けている。しかし彼女自身が沈んだ場合、どのように再起させればよいのか分からない。雪蓮は人を変えるための言葉を持たないのだ。
「帰ろう」
雪蓮は踵を返してその場を去る。
梨玉は何とかしなければならなかった。
今後の会試、殿試でも働いてもらう必要があるため、この場で脱落されるのは困る。
(何とかして立ち直らせたいところだが……)
妙案はついぞ思いつかなかった。
しかし翌日、梨玉のメンタルは予期せぬ形で回復することになる。
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