第三幕 淘汰(5)

「…………えっ?」

「貴重で得難い金の卵も、割れてしまえばただの芥ですので。芥は贄にしかなりません」


 淡々と、【時計兎】が語る。その間も、七音は頭上の人影を眺め続けた。

 少女二人の細い首は、明らかに曲がってはならない角度で折れていた。その頭部は、丸くて重い果実のごとく、ゆらゆらと揺れている。二本の足の間から、糞尿がポタポタと垂れた。ギイイッという縄の軋みにあわせて、少女達の身体は無抵抗に半回転したり、もどったりをくりかえしている。まるで吊り下げられた分銅か、冷凍倉庫の肉塊だ。

 生きている者の動きではない。

 その更に高みでは月が泣き、太陽が嗤いながら、犠牲者を見下ろしていた。


 どこからか、万雷の拍手が鳴り響く。

 ブラボーブラボー、ブラビッシモ!


「……なに、うそ……なんで……ころされ……えっ? うっ、あっ」

「泣く余裕などございませんよ? お教えしておきましょう。あなた様の獲得点数は、不合格ラインと一点差でした。つまり、『アレ』が三体となる可能性も充分にあったのです」


 暗がりの中、【時計兎】は七音の耳元でささやいた。ヒッと、七音は息を呑む。頭上の絞殺体に、たやすく自身の姿が重なった。慰めるように肩を叩いて、【時計兎】は告げる。


「しかし、あなた様は勝ち残られた。駒を進められた。お見事! それがすべてですとも。我々は割れていない卵を壊すような、愚者ではございませんので……しかし、あなた様の合格は期待値こみだ……くれぐれもその事実を忘れることなく、次回に挑まれますことを」


 さもなければ、結果は明らかでしょうから。


 預言者のごとく、【時計兎】は断言した。七音から離れて、『彼』は舞台前方へと向かう。首吊り死体を照らしていたスポットライトは、忽然と消された。何事もなかったかのように、光は【時計兎】だけへ降り注ぐ。胸ポケットから『彼』は懐中時計を取りだした。鼻をヒクヒクさせて【時計兎】は時間を確かめる。一つ頷き、『彼』は朗々と声を響かせた。


「時間でございます! お帰りください、シンデレラにして不思議の国のアリスの皆様方」


 ――――美しくも悲壮な覚悟を胸に、引き続きお待ちください。

 ――――最終審査会場、【少女サーカス】でお会いしましょう。


 ボーン、ボーン、と0時の鐘が鳴る。

 魔法は解けはじめた。湿った砂糖菓子のごとく、会場は崩壊していく。頭上から分厚い布が波打ちながら落下した。七音の視界は覆い隠される。なにもかもが、見えなくなった。緋色はやがて白く濁り、牛乳の海のように彼女を飲みこんだ。底の底へ深く重く沈んだあと、七音は急に吐きだされた。目の前には罅一つ入っていない、低スペックのパソコンの画面がある。その中央では、デフォルメされた【時計兎】のイラストがウィンクしていた。


「…………………あ、れ? 私の部屋、だよね?」


 どうやら、七音は現実へと帰還を果たしたのだ。

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