スタァ・ミライプロジェクト 歌姫編
綾里けいし
プロローグ
第一の部屋には、死体が倒れている。
亡くなっているのは女性だった。その細身の体は、上質な純白の生地を重ねた、色味がなくとも華やかで豪奢なドレスによって覆われている。全身は均整がとれており、四肢は細い。だが、胸部と尻だけは豊かな肉づきを誇ってもいた。彼女の造形は美しく完成されている。同時に、どこか歪さを感じさせた。人間というよりもまるで人形だ。肉と骨を持つ生き物として、女性の姿は本来成立しえないだろう不自然さを見せている。
だが、それも当然だ。
ここにいる誰もが、いや、特に若者を中心とした、世界中の多くの人間が知っていた。
彼女はヴァーチャルを中心に活動する歌い手。
配信者でもある、絶対不動の歌姫、Arielだ。
だが、そのMVの閲覧数がいかに驚異的であろうとも、配信登録者数が圧倒的であろうとも、模倣者たるフォロワーを数多く生みだしていようとも、今はなんの関係もない。正しくは輝かしき功績も、積みあげてきた偉業も、非情な現実を変える役には立たなかった。
血塗れの姿で、歌姫は壮絶に死んでいる。
粘つく紅色の海に横たわって、彼女は目を閉じていた。
そのドレスの一部は破られており、滑らかな腹が露わにされている。白い肌には、黒の糸で雑な縫い目が刻まれていた。そこから摘出されたであろう内臓が、なんらかの儀式のごとく、彼女の周りには円を描くようにして置かれている。
汚らしい内容物を零す腸や組織が柔らかく崩れた肺。内側の襞と粘膜を曝けだされた胃に小さな子宮。比較的馴染みある形の心臓などが、等間隔で配置されていた。腐敗が進行しているのか、それらは赤黒く変色している。辺りにはむせ返るような悪臭も漂っていた。
意思をもっていようとも、人間の本質とはただの醜悪な肉塊にすぎない。この光景は、そう教えようとしているかのようだ。観る者へと、残虐性と生々しさを突きつけてもいる。
それでいて、なにもかもが致命的なほどにおかしかった。
ヴァーチャルで動く、歌姫の器。視聴者の見慣れた、彼女の姿はアバターなのだ。
配信の画面上にのみ、その身体は存在する、つまりは、ただの絵にすぎなかった。
そのはずが、Arielは死んでいる。
殺され、胎を縫いあわされていた。
そうして、偶像の醜い中身を晒されている。
剥きだしのコンクリートで構成された簡素な部屋は、まるで彼女の棺桶だ。だが、そこには死骸の他に生きている人間の姿もあった。埋められた入り口前に、数名が佇んでいる。
華やかで色とりどりの服を着た、八人の可憐な少女たちだ。
食い入るような目つきで、彼女たちは惨状を見つめている。
その立ち姿からは現実味というものが欠けていた。清楚な白のワンピース姿の者や、ゴシックロリータ姿の少女はまだしも、軍服風のドレス姿の者、シスターにしか見えない黒服を着た娘までいる。それでいて奇抜な衣装を、全員が吞まれることなく着こなしていた。
一人残らず、少女たちは人間離れして愛らしく、美しい。だが、それ以外には共通点を見出し難い一群でもあった。どうにもバラバラで、とらえどころがない。
しかし、少女たち自身は理解していた。
彼女らは運命共同体だ。同時に、ライバルでもある。油断をすれば、ここにいる誰もが、部屋の中心を飾る無惨な亡骸と似た末路をたどらされる可能性があった。選択肢を間違えれば先は奈落だ。不思議の国のアリスのごとく、落ちて、落ちて、落ちて、死ぬしかない。
【時計兎】に告げられた言葉を、少女たちは思い返す。
――――皆様ようこそ、【少女サーカス】へ。
――――生き残った者こそ、次の歌姫です。
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