三章
指針、私心
上がり
「裏切り者って……?」
「アァ? テメェ、騙し討ちみたいに
「あっ、それ!? いや仕方ないじゃん? 緊急事態だし……?」
血管がビキリ、と浮き上がった彼の様子に「何があったのよ」と
泉に倒れていた村人に見た目がそっくりな少年で、口調と態度が大層悪い。
衣服は椋伍が風呂上がりに纏っていた浴衣を身につけており、所作の荒らさからか着崩れている。
菖蒲を目にして驚いたように目を丸めた彼は、すぐに「何見てんだコラ」と睨みつけ始めたため、椋伍は手短に答えた。
「幼なじみです。一緒に井戸壊して神様怒らせたことあります」
「最低じゃないの」
「えっいや」
「チャラついた頭もしているし、横柄だし、何が良くてつるんでいるの?」
「完全に誤解ですやめてください」
添える逸話を誤ったことに気づいても遅い。少年改め
空気の悪さに右往左往していた首を直弥に定め、椋伍は無理やり話を変えた。
「直弥はなんでここに居んの? まさか他のみんなもいたりする?」
「ア? いやいねーけど。つーか今、お前含めた他の連中も状態がかなりヤベェんだよ」
「は? どういうこと? みんな無事に帰れたんじゃねーの?」
「アァー、なんつーか、ちょっとここで聞かせるのも長くなるから……」
「応接間へ参りましょう」
急な歯切れの悪さに、椋伍の表情がどんどん曇り始めると、
「どなた様もお疲れでしょう。人払いもしてございますし、寛げる部屋はいくらでもご用意できます」
ひとまずはどうぞ、中へ。
その勧めは
それを合図に
僅かに騒々しくなった夜更けの玄関で、椋伍は僅かばかりにぼんやりとしながら、自らも靴を脱いだのだった。
「
バリッと大きな音を立てて開けられた大袋のポテトチップスが、パーティ開けされてテーブルの中央に置かれる。
応接間。
夢月と菖蒲の兄妹喧嘩をさせようとした場所に落ち着いた一行は、家教が用意した菓子類を並べ、飲み物も順に置いてもらっていた。
因みにこの時の並びは、一枚板のテーブルの奥に椋伍と直弥、手前に菖蒲と夢月がおり、テーブルの端――椋伍と菖蒲の傍で家教は飲み食いの支度をしている。
椋伍はずっと落ち着かない面持ちだった。
家教が開けた菓子の袋をさらに広げようとし、やんわりと正面から菖蒲に役目を奪われて途方に暮れ。直弥と目が合ったことで、そのまま先の話が始まった。
「河童の間に挟まれて歩けって言われたやつね」
「おう。あの後割とすぐ村に帰れたんだけどよ、戻った先が真昼間の天龍神社で、参拝客と行方不明捜索隊? が入り交じった感じで大分騒ぎになったんだわ」
「え、オレ達行方不明だったの?」
「病室ごと異世界みたいなとこに行っちまったからな。あっちからしたら、見張ってたハズの五人が忽然といなくなっちまってる上、巡回中だった看護師もひとり消えちまってるし……それもあって最初は、看護師が村を裏切って俺らを逃がしたって思われてたんだとよ。ただ、村のあちこちでも人が消えたからただ事じゃねェってなって、捜索隊が組まれたっつーわけ」
「あー、そういうこと。わけも分からず色んなものに襲われたから、村の事情とか全っ然頭になかった」
「俺もそれは同じ」
ゼリー菓子の包みを開けるのに苦戦しつつ、直弥は椋伍にも同じものを投げてよこした。
「捜索隊以外のとにかく知らねー奴らにも囲まれて、見つかって良かったの大合唱の中、みんなぐんぐん連れていかれてよォ……神社の出入口の鳥居あるだろ? あそこくぐった途端に別方向に俺だけ引っ張られて」
「え?」
「見たらあのクソアマで」
「その呼び名マジで良くない」
「……天龍センパイで」
「はァ? お前姉様のことを――ッ」
「菖蒲、静かに」
「椋伍の体にダイゴが入っちまったから逃げろって言われて、連れられるまま
「そ、の……」
息を詰め、吐いてから椋伍は頭を横に振った。
「その後は?」
「俺が居ないのがダイゴにバレちまって追っ手が来た。他のみんなは、後で遠目で見たら押さえつけられてたし、天龍センパイの見立てが正しいなら、多分そのままどっかに監禁されてる」
「そんな……!! なんで……!?」
「お前のお母さんも俺の親父も、村の連中がオメーに祭りさせたがってるっつってただろ? なんか正規の祭りじゃねェみたいだぜ。天龍センパイがクソ外法っつってた。それに俺ら五人が必要だし、中でも椋伍はブッチギリで必要らしい」
「オレただの村人なのに?」
「あー……お前のお父さん婿養子だろ? センパイはその実家が関係してるっつってた」
「……
「知らねェ。それ以上は教わる余裕なかったからな」
ハァー、と大きく椋伍は息を吐いた。
考えがまとまらないのか、直弥から受け取ったゼリー菓子の個装を開けずに弄び、視線はどこか遠くを向いている。
すぐに、すっきりとは言い難い顔のまま意識と視線が直弥に戻り「それで」とぼそりと尋ねた。
「直弥が来るにしても、どんな状態でここに居んの? 結構危ないコトやってない?」
「そこはお前と俺に共通してるヤツがあんだろ?」
言いつつ直弥は浴衣の合わせから紙の束を取り出し、テーブルに置き、
「コヨリちゃんが言うトコのパック納豆現象と、ダイゴがやった魂の分割――使わせてもらったぜ」
――おねえちゃん、魂ってバレンタインの本命チョコみたいな形してる?
直弥に言われ、思い返すのは幼い頃。
在りし日の姉・コヨリに椋伍が尋ねたことがあった。
きっかけなど覚えていない。何となく気になったのかもしれない。
それでも彼女は驚いた様子もなく、目線を合わせて答えてやった。
――してないよ。納豆みたいにいっぱいあるの。お母さんがパックに入ったの、買ってくるでしょう? あんな感じでひとつの入れ物にたくさん入ってるのよ。
――おかあさん、ぐちゃぐちゃにするね。
――そうね。入れ物から出しておネギと一緒にするね。
――魂って戻せるの?
――戻せないよ。一度出たら、元のまとまった形には戻れないの。だからみんな気をつけて道路を渡るの。
そっかあ、と幼い自分が返して話が終わったのを椋伍は覚えている。
「その表現、直弥まで使うとは思わなかった」
「独特すぎて頭から抜けねェんだよ」
笑う顔が切ないのは、姉の死のきっかけに僅かばかり噛んでいるからだろうか。
直弥のその表情に椋伍は「そっかあ」といつかの自分のような返事をし、
「魂の分割って、井戸神様がオレらにしたことじゃん? なんでダイゴが出てくんの?」
「ダイゴがお前を何度も埋めたって天龍センパイから聞いた。割れた魂を何かに込めて、捨てたせいで中学生のお前は
菖蒲が向かいから、そっと紙を開くのを椋伍は視界の端で捉え――ぎくりと硬直した。
「こっくりさんの、紙」
「見たくねーだろうけどよ、センパイが絶対必要だから持ってけって。悪ィ」
「……。いいよ」
菖蒲の手が気遣わしげに紙から離れる。
夢月は興味が無いのだろう。先程からゼリー菓子を包むオブラートを剥がす作業をしている。
椋伍はそんな二人に構わずそっと紙束に触れ、
「ダイゴが手放したオレの罪だし。オレが持っとかないとダメでしょ」
そう穏やかに呟き、折り目がついた紙をゆっくりと開いた。
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