不成の泉、是山の枯れ沼
所変わって応接間。
会議室の色が強く、畳張りの部屋に長い座卓と座布団、そして大きなホワイトボードがどんと据えられている。
その前に陣取ったのは司会進行役の
殴り合いにならないように、両端に二人の座布団を移動し「さあ! 言葉で殴りあってください!! 侮辱しない程度に!!」と促したのが数秒前のことである。
「……阿呆らしい」
「えっ」
「干し芋を持ってきたんだけど、一緒に食べたい人手あげて」
「はい」
「……う、はい?」
それがこうだ。すぐに二人は座布団をそれぞれ持ち寄って、隣り合わせに並べた。
「なんか仲良くないですか?」
「良くはないけれど、あれくらいの言い合いは死ぬ前までやっていたわよ」
「マジか。なんでそれさっき言ってくれなかったんですか?」
「お前の挙動が面白いからなんですって」
「は?」
「芋でも食べながら見物しようと思って」
「クソ野郎も伊達じゃないじゃないですか!! なんだよすごく心配して損した芋ください!!」
ぎゃんぎゃん吠えながら
「もぉー、十一時なんですけど。寝たいっすわ」
「とか言って寝ないサマじゃないの。寂しいの?」
「んー、ははっ。なんすか急に」
「寂しいんでしょう?」
「やめてくださいよ。オレそんなんじゃないし」
本当かしら、と含み笑いをしながら芋を食べ始めた
「じゃあ、そんな寂しがり屋な
「……茶化してンならマジで寝ますからね?」
「いや、君もきっと気に入るはずだ。なんせこれは俺から君への暴露になるんだから」
「暴露?」
「もうひとりの
「なっ――痛ァ!?」
ガン!
動揺して体を跳ねさせた椋伍の足が長座卓にぶつかり、悶絶する。
「……大丈夫?」
「だいじょうぶ、です。それより、アイツ。ダイゴが何狙う気なのか、教えてください」
ほの暗さをたたえた口角と目尻の、なんと恐ろしいことか。夢月はその笑みのまま宣言する。
「いいよ。じゃあやろうか、暴露大会」
「あ、ちょっと待って。オレ絶対混乱するんで、メモしていいですか?」
すぐに流れを切ってしまうのは、椋伍の悪いところでいい所なのかもしれない。
やる気満々でホワイトボードのペンを手に取った彼に、夢月もぱちり、と目を瞬かせた。
「ホワイトボードに?」
「紙の方がいいんじゃないの? ソレだと見返せないでしょう?」
「いやあ、オレ、ユリカさんに神隠市ノート増やすなって言われてるし。もしオレがノートに書いて人が死んだりしたら嫌じゃないですか」
「さっき見たけど、そういうマンガが
「――
「静かに!! これ以上騒いだら塩かけますからね!!」
「おお、怖い怖い」
思い思いに話してまとまりを失いかけた三人は、椋伍が睨みながらマーカーのキャップを外したところで落ち着いた。
「それで、アイツ何しようとしてるんです? この前は井戸神様を狂わせて、
「んー、神に近いものを選ぶ手法をとっていることは気づいているんだね?」
「……ユリカさんとも一緒に居たんで、まあ」
そう、と満足気に頷くと、
「南北それぞれの方位にある伝説は、使えるとは思わないか?」
そう椋伍へ問いかけた。ぱちり、と瞬きを繰り返して彼は「あー、えぇえー?」と腕を組んで首を傾げる。
「なんか、ありましたっけ? 南には
「……。
「え?」
ふいに、菖蒲がそう口にした。苦虫を噛み潰したような顔に椋伍が動揺していると、
「もしくは、
「……たぶん?」
「姉君は話してないわ」
菖蒲は重く息を吐いて言う。
「本当に、私もそれ嫌いだもの。もしも姉様が私の妹なら、聞かせたくない話だし」
「そんなに?」
「でも俺は話すよ。なんといっても、これは暴露大会だから」
にこやかに告げた夢月の語るところ、こうだ。
南の方角にある山「
あるとき、食べるものに困り果てた村人達がその土地を「実りある場所」にできはしないかと散策していると、乾いた砂ばかりの地面に突如として人間の女の顔をしたアメフラシが現れた。
気味悪がった村人のひとりが、拳ほどの大きさの石で押し潰したところ、アメフラシから血のように真っ赤な水が噴き出し、それがみるみる溢れて村人のくるぶしを浸すほどにまでになった。
慌てて村人たちがアメフラシから遠く離れると、水が増えに増えて、たちどころに泉へと姿を変えてしまった。
「それ以降、
「うわぁ……可哀想。まずアメフラシがわかんないから、最初に可哀想しか出てこない」
「大きくて華やかなナメクジだと思っておけばいいわ」
「ナメクジ」
「正確には違うし、そもそもが海の生き物よ」
「なんで海の生き物が陸地の乾いた砂の上なんかにいたんですか? 誰かポッケに入れてたんですか?」
「知らないわよ」
「へー……。なんかこのまま行くと、北の方も可哀想な話っぽくてヤだなー……」
ぼやきつつ、ホワイトボードへきゅきゅ、とメモをしていく椋伍。イラストも添えられているが、花を三つ頭から飛ばしているナメクジが「いじめないでね」と喋っている。
それをうっとうしそうに一瞥してから、菖蒲は「そうね」と返した。
「北の方は、私が一番嫌いな言い伝えよ」
ある日、天龍神社の宮司が厄除けへ赴いたところ、途端に沼が枯れ、草木芽吹く野原となった。
天龍家の人間はそれ以来、多く赤い目がみられるようになったという。
「ね? どうでもよくて、馬鹿馬鹿しい話でしょう? これを村の連中は信じるんだからやってられないわ」
「……ていうか、勝手に泉が出来た場所の反対で水が無くなるのって、なんか繋がってそうで怖いんですけど」
「んー」
「うわ、でた。碌でもないこと言う前のソレ」
「沼が枯れたの、俺のせいだ」
「ほら」
「あそこにいた神、付きまとい方がうっとうしかったから虐めたんだ。ごめんごめん」
「ほら!」
「それ絶対謝った方がいいですって!! オレも見かけたら言っとくんで、ちゃんと和解してくださいよ」
「ラーメン屋の店主くらい寛容じゃないと、許してもらえないでしょ。無理よ」
「そうそう、それ、マジでそっちの方も反省して欲しいんですけど? あの大将さんとは喧嘩したくないんで、マジで次はちゃんと注文して欲しいです」
「喧嘩したくない、か。それは何故? ずっと気になっていたんだ。聞かせてくれないか」
「え?」
だって、と椋伍はマーカーにキャップをはめてくるくると指先で弄び始める。
「ユリカさんの行きつけだし。悪いことされてないし。それなのに塩かけるとか失礼すぎるじゃん? とか思ったり」
「ああ、こうなのよね」
わかったでしょ、と何故か得意げに菖蒲が椋伍を指さして笑う。
夢月もおかしそうに笑った。
「村のとは違うな」
「そうでしょう?」
「え、何が?」
「父親が
「ふーん」
「それちょいちょい言われてるけどなんですか? ねえ?」
「
二人の会話がピタリと止まる。
なに、この間。
椋伍が胡散臭さ半分、怯え半分で二人を交互に見ていると、やがて夢月が干し芋を揺らしながら、
「いたらいけない曰くと、そうでない曰くの区別がつくのが、大変よろしいって話だよ」
そう、にたりと笑って言うのだった。
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