PLUS,α
本当に久しぶりに学校に来た未明ちゃんにはクラス担任の先生も驚いていましたが、変に注目を集めてしまっていますし、出席の点呼にも返事が出来ない未明ちゃんではメンタルが持たないので萌亜が守らないとです。
「萌亜……きょ、教科書……ない」
「奇遇ですねめいちゃん。萌亜もです」
萌亜の教科書さんは隠れんぼが好きなのでよくいなくなるのです。主にお部屋の机の上とかに隠れます。
「あはは……2人とも、私の一緒に使って? 私は隣の子に見せて貰うから」
「あ、ありがと……夕ヶ御……」
「眞友でいいよ。私も未明ちゃんって呼ぶね」
「う、うん……」
面倒見のいい眞友ちゃんに未明ちゃんは直ぐに懐きそうでした。元々眞友ちゃんに面倒を見て貰う側の萌亜が未明ちゃんの面倒を見るとか無理な話でしたね。
手の掛かる友達が1人増えた眞友ちゃんでしたが、嫌な顔もせずに確りと六時限目まで世話を焼いてくれました。お世話される未明ちゃんを見ていると日頃の萌亜がどれだけ眞友ちゃんに頼っているのか分かりますね。
「ともちゃん。いつもありがとうです」
「急にどうしたの?」
「いえ、ただ日頃の感謝を伝えたくてですね」
お礼に今日のお弁当の卵焼きを一つ献上しました。未明ちゃんがコンビニのサンドイッチをもそもそ食べながらこっちを物欲しげに見ていたので未明ちゃんにも。目をおっきく見開くくらい喜んでくれたので、きっとこういう友達っぽい行為に憧れてたんですね。
「そういえば、せんぱいってお昼はどうしてるんでしょうか?」
昼休みに会えないので謎ですね。
「会室でエレン先輩と、最近はトキも一緒に食べてるが、言ってなかったか」
「言ってませんよ!?」
ようやく逢えたといった風な未明ちゃんにコアラのように抱きつかれている先輩が萌亜の時のように鬱陶しそうにしないことにはもの申したいですが、頑張って学校に来た未明ちゃんのご褒美タイムなので邪魔も出来ません。萌亜も抱きつくだけです。
「可憐な少女を二輪も抱えているなんて、両手に花とは今のシンのことかな」
「巻き付かれているだけです」
「嬉しそうだけれど?」
「……そんなことはないです」
「アハハ。素直じゃないね、シンは」
その後ナチュラルに先輩の膝に座ろうとする未明ちゃんと一悶着あり、仕方なしに片膝ずつ分け合うことにしました。
「いや降りろ……この状況は俺のメンタルが持たない」
「えぇ~」
「いっいつもは……乗せてくれるのに」
聞き捨てならないこと言っていますがちょっと眞友ちゃんの恨めしそうな視線が強くなってきたので今は聞き捨てて降りましょう。いつも通り隣に座って妥協です。
「未明はよく我慢できたな。三時限目当たりで早退するかと思っていたが」
「がっ頑張った……それにもうすぐ、な、夏休み、だし……」
「あぁ~それ分かります♪ 長期休暇が待ってるって分かるといつもより頑張れますよね♪」
もう後一週間もせずに夏休みに突入するんです。どこに行きましょうか。お友達も増えましたし、高校最初の夏休みは遊びまくりたいですね。
「せんぱい♪ 海行きましょうよ海♪ 萌亜の水着姿見たくありませんか♪」
「見たいがそんな場合じゃないだろ」
先輩は割と欲望に素直なところがあります。見たいんですねそうですか。今から身体絞らなきゃですね。
「演奏したいんだろ。文化祭で」
「そうです♪ このバンドはそのために作ったんです♪」
眞友ちゃんが淹れてくれた紅茶が、降霊術実証部の部長だという未明ちゃんが持ってきた悪魔召喚の魔法円が刺繍されているコースターの上に置かれます。それぞれ魔法円は違っていて萌亜はゼパルで、眞友ちゃんがマルコシアス。レムレ先輩はザガンで、トキちゃんがベレト。先輩はフェネクスだそうです。全部手作りみたいで、萌亜たちに似ているのだという悪魔のコースターをプレゼントしてくれました。嬉しいですけど、反応に困るプレゼントです。
「文化祭は九月だ。もう二月(ふたつき)しかないんだぞ。人前で演奏できるレベルに萌亜の腕を上げるのと全体で音を合わせられるようになるまでを考えると、今から練習し初めても間に合うかどうか怪しい」
「そうなんですか? でも萌亜オリジナル曲やりたいです♪ せっかくせんぱいが曲作れるんですから♪」
「なら確実には間に合わないな。ギターなんて二ヶ月やそこらじゃ上手くならないんだよ」
「そうかな?」
「トキ、お前は天才なんだ」
どうしてか先輩は嫌なことを思い出したような苦い表情になりました。
「トキちゃんもレムレ先輩みたいに直ぐ弾けちゃったんですか?」
「流石にエレン会長ほど上手く弾けないよ。というか、エレン会長はちょっと常識外じゃないかな。ベースだってボクより上手く弾けちゃいそうだし」
「でも、トキちゃんはギターも持ってるのにどうしてベースを弾いてるんです?」
なんとなくベースよりギターの方が人気な楽器のイメージがある萌亜が尋ねると、トキちゃんではなく先輩が嫌な顔をしました。
「ボクも最初はギターだったんだけどね。元々シンヤに教えて貰ってたんだけど、一週間くらいでシンヤより上手くなっちゃって……シンヤが拗ねちゃったから、ベース始めたんだ」
「えぇぇ……せんぱい心ちっちゃいです」
「黙れ。教えてた奴に速攻で越えられたら誰だって拗ねる」
「メイちゃんが自分より上手いって知ったときもふてくされてたよね」
「でもせんぱいって前のバンドでもギターだったんですよね? メンバーの中で一番上手だったからとかじゃないんですか?」
「しっ神夜が……やりたそうだったから……あ、アタシはドラムでも、いいし……」
「めちゃくちゃ気を遣われています……実はせんぱいってあんまり上手くないんです?」
「こいつらが上手すぎるんだよ!」
これ以上先輩のプライドを傷つけると拗ねてしまいそうだったのでこの話は取りやめます。
「それで、結局のところどうするのかな。シン」
「リーダーは萌亜なのでその意見を尊重しますが……オリジナル曲でも夏休みをつぎ込めば出来なくはないです。主に萌亜のギターがどれだけ上手くなるかに掛かっていますが」
「それって遊びなしってことですか? なら嫌です遊びましょう!」
「でも夏休みを殆ど練習に回すとしても、場所はどうするんですか?」
「そんなのシンヤの家しかないよ。楽器も防音設備も完璧だし、ライブハウス借りるよりずっと広いから」
「夏休みもせんぱいの家に行き放題……練習は毎日しましょう! でも時々息抜きに皆で遊びにも!」
ころころと意見の変わる萌亜に全員が呆れた視線を突き刺してきます。だって夏休みも先輩に逢いたいし遊びたいんですから仕方ないじゃないですか。
「幸いお前はギターボーカルだ。コードを押さえるだけの簡単なフレーズだけ弾きながら歌えるようになればなんとかなる。6人組バンドでギターが2人いるから、リズムギターの負担を少なくしても殆ど問題はない」
「つまり遊んでいいってことですよね?」
「そうだな。だがバンド練習は週一くらいで問題ないが、萌亜は課題曲出すから一週間の間に弾けるようにサボらず練習しろよ」
「いえいえ、毎日せんぱいのお家にお邪魔するのでマンツーマン指導をお願いします♪」
「お前の場合本当に毎日来そうだから嫌なんだよ……ほどほどにしろ」
そうは言いながらも文句を言いながら許してくれるのが先輩です。
さあ夏休み初日からいざ先輩のお家へ。
「お邪魔しま~す♪ ってまたトキちゃんいる?!」
不機嫌な顔で玄関で待っていた先輩の背後からはこれまた不機嫌な表情のトキちゃんが顔を出していました。
「君とシンヤを2人にする訳ないだろ」
「むぅ……。こうなったらともちゃんもめいちゃんもレムレ先輩も呼びましょう。メンバー集合です!」
「えっと、ごめんね萌亜ちゃん。私もういるんだ」
「ともちゃん?!」
二階へ続く階段から眞友ちゃんが降りてきました。
「ほら、フル鍵盤のシンセって神夜先輩のお家にしかないでしょ? だから、練習のために、ね?」
言い訳を並べていますがようは萌亜と同じで先輩の家に来たかっただけじゃないですか。
「未明を呼ぶなら迎えに行ってくるか。エレン先輩は、呼んで直ぐ来る人なのか?」
「スマホ持ってないよね、エレン先輩」
「固定電話の番号なら知ってるが……かけてみるか」
メイドさんが出たらしく驚いていた先輩ですが、無事来てくれることになったらしくバイクで未明ちゃんを迎えに行った先輩が戻ってくる前に意外とお家は近所なのかレムレ先輩の方が先に付きました。羨ましくも先輩の後ろに乗って抱きついている未明ちゃんもやってきて、お母様に挨拶してから全員で防音室に入ります。
「練習するか」
「きょ、曲……作ろ」
「バンド名決めましょう♪」
多数決で練習になりました。萌亜と眞友ちゃんの練習が優先と言うことで、バンドとしてリズムを取れるトキちゃんが萌亜の伴奏をしながらギターを教えてくれます。眞友ちゃんは同じくピアノが弾ける先輩に教わっていました。教師のチェンジを要求したいです。
レムレ先輩は先輩がたに機械なのかと疑われるほどドラムを完璧にこなしていて、今は未明ちゃんがDJセットで他の楽器の音を全部出して、それに合わせて叩いています。
「眞友は合わせるのが上手いな。他の音をよく聞けてる」
「中学まで通ってたピアノ教室で、たまにヴァイオリンの子の伴奏をしてました。神夜先輩も弾けるんですよね?」
「少しかじった程度だが、教えてくれる母さんがプロで上手かったからな。まあそこそこ弾ける方じゃないか」
「せんぱいのお母さんってヴァイオリニストなんです?」
「今じゃ元だが、前はイングランドのオーケストラにいた」
どおりでお家に防音設備がある訳です。お父さんの趣味かと思ってました。
先輩は眞友ちゃんにシンセサイザーの使い方を教えていて、萌亜は練習しながらも眞友ちゃんと先輩の会話に聞き耳を立てていたのですが、シンセサイザーの音の作り方を説明しているみたいです。
「モエア、同じとこ弾いてる」
「あっ……間違えました」
「あと音を一々区切らないでもっと滑らかに弾いて。アルペジオとかを練習すれば慣れるよ」
「は~い……ギターは大変ですね」
なかなか上手くなれない萌亜ですが、皆よりずっと遅れているので一番頑張らないとですね。それに萌亜はボーカルなので歌も練習しないといけませんし。
「う~ん、つい歌のリズムに指がつられてしまいます」
「そればっかりは慣れるまで頑張るしかないかな」
「ですよねぇ……」
休憩時間には先輩とトキちゃんと未明ちゃんで一曲弾いてくれました。ディルアングレイというバンドの〝激しさと、この胸の中で絡み付いた灼熱の闇〟という曲名が凄すぎる歌でした。
本当に一日中練習に費やして、ヘトヘトな状態で皆で一緒に先輩に送って貰うのですが、この人達帰り道も音楽漬けの会話しかしません。レムレ先輩だけは先に車で帰りました。
「萌亜。エフェクターはどうする。いつまでもアンプに直でも詰まらないだろ。結構掛かるが、金はあるか?」
「正直心許ないです……せんぱいの貸してくださいよ。沢山持ってるじゃないですか」
「別にいいが、ギターはエフェクターに金かけて好きなバンドの音真似たり自分の音を作るのが楽しいんだがな」
「しっ、神夜は……沢山繋げすぎ……殆ど使わないのも、おっ多いし……あれじゃ、音痩せする」
「音質劣化は頭にバッファー繋げれば解決だ。歪(ひず)み直列信者の未明には分からないだろが」
萌亜はお財布の中身を思い出して自分の中の欲しいものリストと相談します。まずはエフェクターについて知らないとですね。
「歪みとかってよく言ってますけど、エフェクターって何種類くらいあるんです?」
「そうだな。大まかに分けるなら歪み系、ダイナミクス系、モジュレーション系、空間系、フィルター系、ハーモニー系あたりか。ハーモニーはフィルター区分でもいいが。だが歪み系だけでもオーバードライブ、ディストーション、ファズって感じに何種類もあるし、同じオーバードライブでもメーカーによって音は違う」
「うわぁ……めんどくさいです。絶対に必要なのってどれです?」
「そう言われてもな。人によって違うと思うぞ。マルチが好きな奴もいるし」
「取り敢えずオーバードライブ、コーラス、ディレイ当たりじゃない?」
「でぃ、ディストーションは……必須……」
「そんなこと言ったらワウもいるだろ」
「でもモエアのお財布事情考えるとそんなに沢山買えないって。ボードとかパワーサプライもって考えると凄いことになるよ。そもそも一気に揃えるものでもないしさ」
「ボードは前に俺が使ってたのが余ってる。あとJHSのPedalsってディレイ、萌亜が好きそうな色だしやるよ。絵柄もピンクの招き猫だったからピッタリだろ。……あとOld Blood Noise EndeavorsのディストーションとMoskyのリバーヴもピンクだったか」
「ならボクもBOSSのデジタル・スペースあげるよ。あれピンク色だったし」
「SHIGEMORIのオーバードライブ……あっあげる。ちゃ、ちゃんとピンクだよ……」
萌亜はどれだけピンクにこだわっていると思われているのでしょうか。髪もお洋服もギターもピンクですし実際のその通りなのですが。
「よかったね、萌亜ちゃん」
「でも貰って良いんです? エフェクターって高いんですよね?」
「気にするな。どうせ使わないからな。だったらバンドメンバーにやるさ」
「ボクはもう殆どギターは弾かないしね」
「……おっ思ってた音と、違ったし……いっいらない、から」
それぞれが理由を付けて萌亜にくれるというので、何度も断るのも悪い気がしたので萌亜はありがたく貰うことにしました。ここまでして貰えると本当に頑張って上手くならないと申し訳ありませんね。
「皆ありがとうです♪ えへへ~、萌亜愛されちゃってますね~♪」
「パワーサプライは自分で買えよ。アダプター沢山使うとボード面倒になるからな」
「は~いです♪」
翌日はいつもの楽器店に皆で買い物に行きました。
「これ可愛いです♪ えーと、 エフェクツベーカリー?」
「ああ、そのシリーズ可愛いとかで前に流行ったな」
「クリームパン・ブースターですって♪」
「キュートな名前だ。ってまたピンクなのモエア?」
沢山のエフェクターに電力を供給する為のエフェクターだというパワーサプライは、One Controlというメーカーのフェアリーピンクで可愛いものを買うことが出来ました。クリームパン・ブースターは4000円くらいでしたけどパワーサプライは一万六千くらいしたので結構お財布に痛かったですけど。
「これで萌亜のボードが完成です♪」
先輩がエフェクターが増えたので使わなくなったというエフェクターを設置するボード、エフェクターボードは先ほど買ったパワーサプライにブースター、先輩から貰ったディストーションとディレイとリバーヴ、トキちゃんから貰ったコーラス、未明ちゃんから貰ったオーバードライブの7つで構成されています。色はオールピンクです。パッチケーブルというエフェクター同士を繋ぐ短いシールドが必要なのですが、1つ2千円以上して結構お高めなのでこれも先輩の余っているものをお借りしました。
「真っピンクだな……パワーサプライから全部ピンクのボードとか初めて見た」
「でもピンクって黒いエフェクターボードに映えるね。モエアらしいボードだな」
「こんなに沢山いるんですね。普通に買ってたら大変だったね萌亜ちゃん」
「ほんとですよ。というかせんぱいの50個以上付いてますけどいくらですかそれ」
萌亜は色々な種類と形のエフェクターがぎっしりと詰められている大型エフェクターボードを指さします。一つじゃ足りないのか3つのボードを繋げていますし、パワーサプライも5つ付いてますよ。
「しっ神夜は……繋げすぎ……オーバードライブだけで7つあるし……あっアコースティックシミュレーターとか、モザイクとか……まず使わない……」
「確かにモザイクは天国への階段以外は本当に使わないが、沢山繋げたいお年頃なんだよ」
多くても15個くらいだと自分でも言ってたのに、先輩は持っているエフェクターをあるだけ繋げてしまう性分みたいですね。これでも使ってないエフェクターがたくさん有るみたいですけど。
「萌亜のボードも完成したことだし、練習するか」
「今日こそはバンド名決めましょう♪ 萌亜もう何個か考えてきたんですよ♪」
また多数決で練習になりました。名前を決めるのは割と意見が割れて大変なので日を改めるんだそうです。
萌亜はさっそくエフェクターを仲介したシールドをアンプに差し込み、ギターを鳴らしてみます。
「わぁ♪ 音が違う気がします♪」
「萌亜、スイッチ入ってないぞ」
恥ずかしいです。
気を取り直して、萌亜はしゃがむとオーバードライブのスイッチを押します。そのまま開放弦をじゃらんと鳴らすと、いつもと違って歪んだような大きな音がアンプから出てきました。
「音がぜんぜん違います♪」
色々付けてみましたが、ディストーションはオーバードライブの強い版で、ディレイは付けると山の頂上で叫んだ時みたいに音が遅れてやってきました。コーラスは音が揺れているみたいになります。ブースターは単に音が大きくなるだけじゃなくて少し歪みが強くなりました。それぞれのエフェクターにツマミが付いていて結構細かく音を弄れるみたいなんですが、萌亜はよく分からないので先輩にお任せしました。
「オーバードライブとリバーヴは付けっぱなしにしてもいいぞ。特にリバーヴやディレイは細かいミスを隠してくれる。他のは曲によってオンにしたり、ブースターは演奏中にギターの音をはっきり効かせたい時に足で押せ」
「はいです♪ でもギターソロ? とかははせんぱいがやってくれるんですよね?」
「リードだからな。あとブースターはアップテンポの曲でイントロに付けたりする。まあ、どこで使うかは練習で弾きながら考えればいい」
歌と演奏に精一杯なのに、そのうえ足でエフェクターのスイッチも踏まないといけないなんて、絶対どれか間違えますよこんなの。
「オリジナル曲ってどうなりました?」
「未明が3曲くらい作ってきた」
「早いです!? それに作曲ってめいちゃんなんです?」
「俺より未明の方が上手い。前のバンドでも7割未明が作ってたしな」
やっぱり芸術家さんの娘ですね。直ぐにパソコンで作ってきたという曲を聞かせて貰ったのですが。
「なんか、萌亜のイメージと違います……凄くロックです」
いきなりピックで弦を擦る(ピツク・スクラツチ)から始まりますし、2曲目とかめちゃくちゃスライドが多いです。でも3曲目は結構好きですね。水の落下音とか時計の秒針みたいな音とか入ってましたし、どうやってバンドで再現するのか分かりませんけど。
「最初のはリンキンっぽいね。2曲目はメタリカみたいでボク好きだな。最後のはボカロって感じ?」
「こんなの萌亜絶対弾けません!」
「2曲目以外そんなに難しくないぞ。特に1曲目はギターが暇ってくらいだ。今の萌亜でもギリ弾ける。ボカロみたいなのは中級者向けってところか」
「えっと、3曲目のこれキーボードの音どうなってるんですか? 私まだ音を弄ったりするのよく分かってなくて」
「シン。ボクのドラムにない音が混じっているのだけれど、これはなんだい?」
「キーボードは未明が設定してくれるはずだ。エレン先輩、それはチャイナシンバルだと思います。まずエフェクトシンバルにも結構種類がありまして」
それぞれが未明ちゃんの曲を評価したり理解の出来ないところを口にしますが、未明ちゃんは曲を再生してから恥ずかしがって先輩に部屋から持ってきた薄い毛布にくるまってしまっているので、昨日の夜に電話で色々と聞いていたらしい先輩が代わりに答えてくれました。
「めいちゃん凄いです♪ 全部とっても良い曲です♪」
「そ、そう……かな」
「そうですよ♪ あっ、でも萌亜はもっとポップで可愛い曲がいいです♪」
「……わっ、分かった。じゃ、じゃあ、歌詞……書いて。それに合わせて、作るから」
「萌亜がです?」
「……そっ、そう」
詩なんて受験生の時に先輩に合えない悲しみから綴ったラブレターじみたポエムくらいしか書いたことがありません。あといつも書いてる日記でしょうか。もうあれでいいですかね。
「分かりました♪ 可愛い曲を作りたくなっちゃうようなポエム、書いてきますね♪」
「萌亜ちゃんが歌詞書くの?」
「はい♪ あっ、でもどうせなら皆で書きましょう♪」
「えっ……そ、それって、あ、アタシも……?」
「もちろん、めいちゃんもレムレ先輩もです」
「詩を書いてくれば良いのかい?」
「作詞かァ。なんか懐かしいね。シンヤ」
「……そうだな」
「締め切りは明日です♪ 皆の前で発表ですよ♪」
眞友ちゃんは書けるか心配みたいで、トキちゃんとレムレ先輩以外は乗り気じゃないみたいでしたが、せんぱいと未明ちゃんも不承不承に承諾すると練習に戻りました。
その日の夜に先輩へ向けたポエムを直したり書き足したりして完成させた萌亜は、明日の歌詞発表会が楽しみでよく眠れませんでした。
光明に墜ちたSatanを啓蒙する 疫病の黒羊
月に犯された明けぬ太陽は慟哭した 太虚の色彩は未だ暗濁
姦悪なる朝にShout その嘲笑は誰に向けられる
天(ソラ)に還しはしない 劈ぐ蹄の音にFear, run away
止め処ない愛執と 赤黒く染まったBroken Mind
癒やしたのは貴方だろう 彷徨し続けた性霊は恋着を見出した
未練の楔が堕天使の翼を縫い止める この心地良い深淵の手前で交わおう
白昼に囚われず 時すら捨てて魔に降りて
Will you keep my heart forever? I can't live without you.
「って待ってくださいっ! なんですこれ?! ぜんぜん可愛くないです!」
先輩の部屋で行われている歌詞朗読会のスタートから、萌亜は先輩の部屋のテーブルを叩いて立ち上がると作詞者に抗議しました。
「だ、駄目……だった……?」
どうしてか未明ちゃんは先輩の方をちらちらと伺いながら赤面しています。
「いや歌詞がヴィジュアル系すぎません?! 萌亜たちってこっち路線なんです?! 可愛い曲のための歌詞なんだから恋愛とかテーマにしてくだいさいよ!」
「……そっそれ、恋……て、テーマ……」
「これで?! すいませんがぜんぜんそうは読めません! ですよねせんぱい!」
「あぁー……えっと。随分と想い強めな歌詞だな……」
「うん。メイちゃんがこんなにはっきり言葉にするなんて……」
「なんで分かるんです2人とも?!」
萌亜が分かってないだけなんですかこれ。いえ眞友ちゃんもレムレ先輩と微妙な顔してますあの2人が普通じゃないんです。
「こ、この曲……ホイッスルスクイリームで、はっ始めたい……」
「音楽性の違いで解散とかの将来が見えます……」
「大丈夫だよ萌亜ちゃん。ほら、他の人の詩も見よ?」
「そうですねともちゃん。次は誰が読むんです?」
最初に引いたあみだくじを見直すと。
「俺かよ……」
「わぁ♪ せんぱいのポエムです♪」
黒い紙に銀の文字で書いてあった未明ちゃんの歌詞はインパクト強すぎましたが、一番楽しみにしてた先輩の歌詞です。どんなのでしょう。
萌亜はいまかいまかとスマートフォンに打ってきたらしい歌詞を先輩が読むのを待ちます。
「I shared my thoughts just before my death」
「はいアウトです!」
「なんでだよ……」
「いまチラッと見えましたが全部英語じゃないですか! 歌うの萌亜ですよ? 最低でも日本語8割でお願いします!」
「えェー、ボクも全部Englishなんだけど……」
「僕もそうだね。日本語は得意ではないから。フランス語で書いてきてしまったよ」
外国語組は除外になり、繰り上がって眞友ちゃんの番になりました。
「なんか恥ずかしいね。詩の朗読って」
羞恥心に頬を染めた女子力の見本みたいな眞友ちゃんは、黒い紙とかスマホとかに打ってきた文字ではなくお手紙用のオレンジの便箋を開きました。
起きたくないよ 日脚が伸びてく夕月に 君の声を願った
目覚まし時計は付けなかった 夜が迎えに来てくれるまで眠るの
悲運に俯くばっか Yellは応援から嗚咽に変わる 背中なんて押したくなかった 周りの想いが強すぎて 私もの言葉が詰まる だから君を諦めた
でも何度好きにさせるの 無言の失恋が続くんだよ幾度も
放課後の空が頬の色を誤魔化した 驟雨が涙を隠して、虹が悲しみを覆ったよ
こんなことしてていいの もう限界なんだよ想いは どうにもなんないてなんて思わせないで小さくない恋
微睡みの中で私は迫る夕闇を拒んで逃げていく 放課後の空が暗くならないから 白道を導に東の夜を駆けていく
「これですよ♪ 萌亜が求めてたのはこういう詩です♪ やっと女の子らしい詩が出てきました♪」
流石は眞友ちゃんです。なんか失恋ソングっぽいですけど。
「おい……お前ら歌詞に月とか夜とかいれすぎじゃないか……」
「ぐっ偶然……だ、だよ」
「たったまたまです神夜先輩!」
先輩は気まずそうな表情で「俺が自意識過剰なのか……?」などと呟いています。
「最後は萌亜ですね♪ 昨日は徹夜で普段から綴っているせんぱいへの想いを歌詞っぽくしてきたんです♪ タイトルは、『萌えモ』です♪」
全員が興味深そうに萌亜に視線を集める中、胸を張った萌亜は先輩の方を向いてちょっと顔を赤くしながらも詩を読み上げます。
「歌い出しはこうです♪」
萌え♪ 萌え♪ 萌え♪ 萌え♪ えもーしょん!
あなたの為なら何処までも。お好みになりますずっともっと。可愛いって思われたいし、好きになって欲しいから!
もっと貴方へエモーション。きっと心はドギマギで飛び出しそう。でもね可愛いところアピールしたいし、赤い顔は誤魔化しながらハグしちゃう。
ぶりっ子でもいいよね可愛いし。今日もあざとく決めるよ。ブレザーは脱いでカーディガン、もちろん萌え袖にしちゃうんです。困った時は小首傾げて、能天気なフリしちゃいます!
ずっと貴方をエモーショナル。なんだか気持ち大暴走しちゃってる。焦っちゃうのは良くないんだけど、好きすぎて大変。抑えたくないよ、目が合ったらウインク。
「萌っえ萌っえにしてあげます♪」
あなたの為なら何処までも。お好みになりますずっともっと。可愛いって思われたいし、大好きになって欲しいから!
もっと私にエモーション。こっちが心臓持たないよ。もっと可愛くなるから、一目惚れくらいしちゃってよ。いつか投げキッスで貴方の心撃ち抜きます!
AhAh、ずっと貴方にエモーション。きっと心はドギマギで飛び出しそう。でもね可愛いところアピールしたいし、赤い顔を誤魔化すように、不意打ちでキスしちゃえ。
もっと萌えさせてあげるよ。
せんぱい、大好きです♪
「この歌詞に曲が付いたとして。お前これを文化祭で歌うのか……俺が悶え死ぬぞ。あと途中で入ってる台詞はなんだ」
「たまに曲中に喋る歌あるじゃないですか♪ あれです♪」
「俺もやったことあるな……歌詞書いたら誰もが通るのかその道?」
「シンは本当に慕われているね。特に朝日奈君は好意が素直だから、見ていて愉快だよ」
「モエア凄い……ド直球すぎる」
「さっ、最後とか……たっただの、告白……」
「私も頑張ったのに……萌亜ちゃんって羞恥心ないのかな」
皆色んな感想を零していましたが、全員歌詞が可愛くて良いと褒めてくれたので萌亜はにまにまです。
「しかしこの歌詞、本当にキャラソンって感じがするな」
「そうです♪ これは萌亜の歌なんです♪」
詩を読んでいるときはなんとか澄まし顔をしようとしましたけど、頬は風邪でも引いてしまったのかと勘違いしてしまうくらい熱かったです。でも聴いている時の先輩の顔も真っ赤で、今は萌亜の想いを恥ずかしながらも受け取ってくれているんだって感じられました。もっともっと、萌亜の言葉で先輩を照れさせてしまいたいです。
作曲が未明ちゃんと先輩で、作詞が萌亜といった感じにオリジナル曲も幾つか出来て、毎日の練習の成果で萌亜のギターの腕もミスしながらもリンキンパークのコピーが出来るくらいにまで成長しました。夏休みを半分も使ってしまったんですけどね。
「ふひぃ~……せんぱいのお家はクーラーがんがんで涼しいですね~」
「萌亜ちゃん。けっこう髪伸びたね。切らなくて良いの?」
「萌亜いま伸ばしてるんです♪」
眞友ちゃんと一緒に猛暑に肌を焼かれないようにと日傘を差して先輩の家にたどり着いた萌亜は、先輩のお母さんから貰ったアイスキャンディを口に咥えながらケースからギターを取り出します。
ギターって背負ってると傘さすのにすっごく邪魔です。でも日焼けしたくないですし。
「もっ萌亜のギター、って……ぎっギブソン・カスタム、だよ、ね……」
「そうですよ?」
羨ましいことに毎日先輩にバイクで送り迎えして貰っている未明ちゃんが、萌亜のギターのヘッドを見ながらに「ぴ、ピンクのレスポールとか……み、見たことない……」と首を傾げていました。
「これせんぱいに貰ったんです♪ リフィニッシュしたのでピンクなんですよ♪」
「えっ……そ、それって、かっカスタム……」
「めいちゃんよく分かりますね♪」
「た、タキシードに、似合うってコンセプト、なのに……かっ可哀想……」
ピンク色に染められてしまった萌亜のギターを哀れみの籠もった目で見てくる未明ちゃんは、その後直ぐに高価なギターを後輩にあげてしまった先輩に抗議に行きました。萌亜が羨ましいんですかね。
「それにしてもほんとにずっと練習ばっかりです。たまには遊びたいですね」
「萌亜ちゃん。昨日とか練習殆どしないで皆で映画見たばっかりだよ?」
先輩のお家には地下室が二部屋もあるのですが、その中の1室がホームシアターになっているのです。トイレをお借りしたときに偶然見つけたので大画面で映画を見てみたくなってしまって、先輩のお父さんが自作のホームシアターを自慢したかったのもあってなのか全部セッティングしてくれたので昨日は皆で楽しく映画鑑賞会でした。
「そうですけど~、萌亜はもっと高校生らしいアクティブな遊びがしたいんです♪」
「God knowsが弾けるようになったらどこにでも連れてってやるよ」
「あれ超難しいじゃないですか!」
「ならさっさとプリング出来るようになるんだな。萌えモに入ってるから必須技巧だ」
日に日に求められるギターテクニックの難易度が増していきます。先輩は自分が出来るからって萌亜に難しいの求めすぎですよ。まだ2ヶ月なんですからね萌亜。
「でもどんどん上達してるねモエア。毎日何時間も練習してるからっていうのもあるけど、モエアは上達早いほうだと思うよ」
「トキちゃん♪ ほらせんぱいもトキちゃんみたいに頑張った後輩を褒めてください♪」
「上手くなったな眞友。もう合わせるのは俺より上手いんじゃないか」
「ありがとうございます、神夜先輩」
「いやともちゃんも後輩ですけど萌亜も褒めてくださいよ!?」
固くなって指の皮に複雑な心境になりながらも萌亜頑張ってるのに。最近は柔らかいもちもち肌を維持したくて角質とかに塗るクリームを買いました。
萌亜は分かりやすく拗ねてボリュームを小さくしてギターをちゃかちゃか弾きます。先輩、早く慰めに来てださい。
「相変わらず右手の動きが下手だな。リズムの取り方がおかしい。音痴なのかお前」
「萌亜ほんとにしょげますよ!」
「頑張ってるのは知ってるさ。実際俺なんて父さんに習ってたのに買ってから半年くらいはろくに練習しなかった。それに比べれば萌亜はよくやってる。だが別に俺に褒められたくて練習してる訳じゃないだろ」
「褒められたくて頑張ってるんです♪」
「そうなのか……じゃあ、上手くなったな」
長くなってきた付き合いなので、先輩は萌亜が喜ぶと分かって頭をちょっと強めに撫でてくれました。
「そのギターもあげたかいがあった。ただ俺の部屋に飾られてるよりも、萌亜に弾かれてる方がずっといい」
「えへへ♪」
「リズムの取り方はトキに習え。あと、萌亜はもっとプロの演奏を聞いた方がいいな。聞き流す感じで良いから、練習中に流しておくか」
そう言うと先輩はお父さんが趣味で集めているというレコードを取りに行きます。
防音室の左側の壁は全て棚になっているのですが、そこにはぎっしりとバンド別にレコードが飾られているのです。部屋の端にはレコードプレイヤーがあるのですが、そういえば聴いたことはありませんでした。
「どれにするか……エアロスミス、キングクリムゾン、レッドホットチリペッパーズ」
「なんですそれ? ジョジョのスタンド名です?」
萌亜は奇妙だけどカッコいいポーズを取りながら先輩に尋ねます。
「あっちがパクってるんだよ。てかよく知ってるなジョジョ」
「ママがファンなんです」
そんな訳で霊波紋の名前みたいなバンド名のレコードを先輩が流し始めました。どれもとってもロックです。絶対に萌亜じゃ弾けない自信があります。
「ぁっ……おっ思い、ついた」
急にノートパソコンを開いてなにやら打ち出したのは未明ちゃんで、こんな感じによくメロディーを思いつくとパソコンを使って音を打ち込んでいるんです。基本的に練習しなくても上手くDJ機器を扱える未明ちゃんは皆が練習しているときは同じく練習がいらないくらい上手いレムレ先輩と音で遊んでいるのですが、萌亜DJっていまいちなにするのか知らないんですよね。
ふと興味が湧いたのでDJ機器を覗いてみますが、タッチパネルとか紫に光ってるボタンとか付いていてなにがなにやらです。なんかノートパソコンに繋がってますし。
「これなんです?」
「さっサンプラー……」
「これは?」
「……ターン、テーブル」
「ほうほう……具体的にめいちゃんって演奏中なにしてるんです?」
「本当は、ぱっパーカションみたいなの、したい、けど……萌えモみたいな曲じゃ、ほっほとんど使わないから……さっサンプラーとか、タブレットで……が、楽器にない効果音、出すだけ……」
「へぇ~。DJって忙しいんです?」
「そ、そういう曲作らない限り……暇……」
なんか可哀想なので未明ちゃんが活躍できる曲も作って貰いましょう。きっと先輩もレムレ先輩がドラム出来たのは予想外で、本当は未明ちゃんにやらせたかったんでしょうね。
今日も腱鞘炎になるんじゃないかと言うくらい練習を頑張って、10時間練習という皆で楽しくお喋りしながらやっていなければ地獄のような一日が終わります。いつも通り家まで先輩に送って貰うのですが、やっぱり夏休みなんですし、萌亜はもっと遊びたいです。
「はぁ……萌亜海行きたいです」
「この時期は何処も混んでるだろ」
「せんぱい別荘とか持ってないんです? プライベートビーチ付きの」
「母型の祖父ちゃんが持ってるから借りられなくはないが、ケント州にあるからな。萌亜はパスポート持ってるのか?」
「持ってないですよ。っていうか本当にあるんですね」
「ボクの家も別荘はあるけど海の近くにはないかな。それにヨークシャーだし」
「……パパのアトリエの1つ、うっ海付きだけど……イタリア」
どいつもこいつもボンボンなので萌亜イライラしてきました。なんですか。先輩が組んでた前のバンドってお金持ちだけを集めたボンボンバンドですか。
「あれ? そういえば、トキちゃん家っておっきなプールありましたよね?」
「あるけど、それがどうしたの?」
「それでいいじゃないですか♪ 人が多くてしょっぱい水しかない海より自宅のプールの方がいいですよ♪」
「萌亜、最近頑張ってるからな。たまには家以外で遊ぶか。トキは良いか?」
「うちはぜんぜんWelcomeだよ。でも今日の夜から両親いないし、プール使うなら掃除しないとだね」
「帰ったらやるか。2人でも一時間あれば終わるだろ」
「神夜先輩とトキさんだけでやるんですか? それはちょっと悪い気が……」
「いいんだよ。そこまで大変でもないし、俺も久しぶりに入りたいからな」
「ありがとですせんぱい♪ 萌亜、いつせんぱいから海に誘われてもいいように水着はとっても可愛いの持ってるんです♪ 楽しみにしててくださいね♪」
明日は皆でプール。今から気分は修学旅行の前日です。
「海~、じゃなくてプールです! しかもお家の!」
長くなってきた髪を二本で結わいて肩に垂らしている萌亜は、リビングのテラス窓からフリッフリなパレオスカート付きのピンクのホルターネックビキニを着て早速飛び込もうと飛び出したのですが、水色のワンピースタイプの水着を着ている眞友ちゃんが腕を掴んできて止められました。
「準備運動しなきゃダメだよ萌亜ちゃん。あと日焼け止めも塗り忘れてるよ」
「そうです♪ 萌亜としたことが大事なイベントを忘れていました♪」
眞友ちゃんから日焼け止めクリームを貰った萌亜はさっさと着替えてプールサイドのデッキチェアに座っている先輩のところに駆けていきました。
「せんぱ~い♪ 萌亜に日焼け止めクリーム塗ってくださ、ってなにトキちゃんと塗り合ってるんですか!?」
「互いに肌が弱いからな」
「はぁ……❤ シンヤの肌ってほんときめ細かいよね……ずっと触ってられるな」
先輩は黙々とトキちゃんの肩などにクリームを塗りたくっていますが、トキちゃんの手つきは明らかに先輩の肌に触れることを楽しんでいます。
「ハレンチですよ2人とも!?」
「モエアだって塗って貰おうとしてたくせに。それにほら、ボクたち男同士だから」
「こういうときだけ同性アピールはずるいですよ!」
毎度毎度のキスの挨拶といいトキちゃんは先輩とのスキンシップが過多です。都合の良いときだけ男の子主張しますし。
「せんぱい萌亜にも塗ってください! どこ触られても文句言いませんよ!」
「正直塗ってやりたいがお前に塗ると他の女子にも塗るはめになりそうだから断る。途中で俺の理性が持たない」
先輩は銀色の竜のマークがプリントされているサーフタイプの水着です。寝る前に筋トレを欠かさないという先輩の身体は以外と筋肉が付いていて、特に二の腕とふくらはぎの筋肉が素敵です。イギリス人の血が少し入っていることもあってその真っ白な肌は太陽に反射していて、隣にいる完全に白人であるトキちゃんと比べても遜色がありません。
しかしトキちゃんはオフショルビキニを着ているのですが……本当に男の子ですかあれ。普通に胸膨らんでるんですけど。あと金髪美人はプールサイドが似合いますね。
「トキちゃんそれどうなってるんです? 萌亜より大きくないですか……? あと肌も白くて綺麗ですね。羨ましいです」
「女性ホルモン剤飲んでるから。永久脱毛もしたし、スキンケアには気を遣ってるかな」
「ほへぇ~……ほんとに頑張ってるんですね」
「シンヤに興奮して欲しいからね」
「また欲望が直球です。でもその気持ち分かります♪ 大変でも、好きな人の好みに変わりたいですよね♪」
そんな話を隣で聴いていた先輩は顔を赤くするとプールに飛び込んで潜ってしまいました。
「シャイなところありますよねせんぱいって」
「シンヤってば好意を伝えられるのが苦手だから。嬉しがってはいるんだけど、それを表に出して喜ぶのが上手く出来ないから、ああやって逃げちゃうんだよね」
そうやってなかなか浮いてこない先輩の話をしていたら、準備運動を終えた眞友ちゃんが先ほどの話を聞いていたのかプールサイドにやってきました。
「2人とも意識高いね。私は体型維持で精一杯かな。でもトキさんは羨ましいな。美容液とか何使ってるんですか?」
乙女3人で使っている化粧品ブランドの話で盛り上がりそうになったのですが、萌亜はまだ日焼け止めを塗っていなかったので日陰に避難して自分で肌にぬりぬりしていると、ようやく着替えを終えた未明ちゃんとレムレ先輩がテラスに出てきました。
「しっ神夜……どこに、いるの」
「せんぱいなら潜ってます。あっ、ほら出てきました♪」
しかし未明ちゃんの水着、白と黒のゴスロリなバンドゥビキニです。左の二の腕と右の太股にレザーのベルトが巻き付いていて星型に透明感のある青白い肌を縛っていますし、未明ちゃんって性格に反してお洋服派手ですよね。でも相変わらず栄養失調気味に痩せてるのが水着だと丸わかりです。ちょっと心配になっちゃいます。
「未明、まだそれ着てるのか。中二から成長してないな。あと痩せすぎだ」
「ちょ、ちょっとだけ……伸びた。あっ、あと……これでも、ちょっちょっとだけ、太ったから……だ、大丈夫……」
未明ちゃんを心配してから濡れた長めの前髪を掻き上げる先輩の仕草はとってもセクシーで、まさに水が滴る良い男です。日焼け対策なのか黒いラッシュガードを羽織ってしまいましたけど、前は開けていますし腕捲りもしているので焼けるのを気にしているのは肩だけなんですね。
「萌亜。お前の水着、それどうなってるんだ。引っ張りたくなるスカートだな」
「もう♪ せんぱいのえっち♪ これパレオなので引っ張ったら取れちゃいますよ♪」
「余計に引っ張りたくなった」
しかし先輩はレムレ先輩の目を気にして萌亜のパレオスカートを引っ張ってはくれませんでした。やはり先輩は人前だと理性が強いのです。
「シン。僕に塗ってくれないかな、日焼け止め。今日はやってくれるメイドはいないんだ」
などとクリームを手に持ったレムレ先輩が先輩に頼んでいますが、それはもう萌亜がやって失敗しました。仕方ないですね。レムレ先輩には萌亜が塗ってあげましょう。
「謹んで引き受けさせていただきます」
「せんぱい!?」
いたって冷静な表情で承諾した先輩の目には、しかし隠しきれない女の子の肌に触れたいという願望が見え隠れしていました。なんです、萌亜の肌は我慢できてレムレ先輩の肌へのタッチは我慢できなかったんですか。
ビスツェビキニに白いフード付きのラッシュガードを羽織っているレムレ先輩は、その為に着たのかと勘ぐってしまうくらい色っぽくラッシュガードを半脱ぎして背中を露出させました。
先輩はレムレ先輩の肩からクリームを塗っていって、しかしプールサイドにいる2人が帰ってくるのを感じ取り、未明ちゃんと萌亜の視線が気まずかったのかレムレ先輩の肌を堪能する余裕もなくさっさと塗ってしまっていました。
「ははっ。シン、くすぐったいよ」
「あぁ~! それ萌亜が言いたかったのに!」
「しっ神夜……スケベ……」
「悪かったな。だが俺は男子高校生なんだ。このくらい許せ」
未明ちゃんに半眼で睨まれたので言い訳する先輩は、眞友ちゃんとトキちゃんが帰ってくる前にレムレ先輩の背中を塗り終えて、「手足は自分でやってください」とレムレ先輩に日焼け止めクリームを返します。
「すまいないね、朝日奈君。けれど僕はシンをからかっただけだから、そう怖い顔をしないでくれないかな」
言われて初めて自分がレムレ先輩を睨んでいたことに気付いて、萌亜は顔に両手を当てて可愛い表情に戻るようにと頬を引っ張ったりしました。ヤキモチくらいの表情なら可愛げがありますけど、嫉妬丸出しの顔なんて先輩の前ではしたくないですからね。
でも最近気付いたんですけど、レムレ先輩の表示から意中が消えています。単純に先輩の好きな相手が変わったってことなんでしょうけど、他の【サブヒロイン】達には意中の表示はありません。もしかして先輩、迷ってるんでしょうか。
「萌亜。二階行くぞ」
「なんでです?」
「この家、二階のベランダからプールに飛び込めるんだ。少し危ないが楽しい」
「いきます♪」
先輩からのお誘いは二つ返事の萌亜はホイホイと付いていったのですが。
「い、意外と高いですね……」
「苦手なのか、高所」
「そうでもないんですけど、これから落ちるんだと思うと怖いです」
水面を見下ろしてビビっている萌亜に、先輩は思案するようによく晴れている空に微かに浮かんでいる雲を数えるみたいに上を向くと、なにを思ったのか唐突に萌亜を抱きかかえました。お姫様抱っこで。
「ひゃうっ! なっなにするんですせんぱい?!」
咄嗟に体重を預けた萌亜は意外と思考は冷静でこれが好機とばかりに先輩の首に手を回しておきます。この体勢、割と夢に見てました。
「怖いんだろ。一緒に飛び込んでやるよ」
「確かに怖いですけどそこまででは……」
「なら降りるか?」
「いえあと一時間はこのままでお願いします♪」
「それは腕が死ぬ」
萌亜としては出来るだけお姫様気分を味わっていたかったのですが、先輩は快活な笑みを浮かべると宣言もなしに二階から飛び降りてしまいました。
突然の浮遊感に萌亜は声を出す間もなくプールに沈んでいて、先輩が持ち上げてくれて浮上すると思いっきり咳き込みました。
「げほっ、けほっ……! おっ、思いっきり水飲みました……」
「悪いな……少し悪戯心が」
「でも、楽しかったです♪ もう一回お願いします♪」
水の中でお姫様抱っこされている萌亜は想像していた夏休みが現実になっていることに気付いて、輝く太陽に負けないくらいの笑顔を先輩に向かって咲かせました。
「ああ。飽きるまで付き合ってやる」
でもこの夏休みは萌亜と先輩2人だけのものではなくて。案の定他のサブヒロインたちが便乗してくるのです。
「モエアずるい! シンヤァ! ボクもそれやってェ!」
「あ、アタシも……」
「えっと、じゃあ、私もいいですよね」
「それなら僕もやってもらおうかな」
先輩のお姫様抱っこ飛び込みは順番待ちの大人気となり、おんぶ版と合わせて全員が三回ずつくらいやって貰ったところで先輩に体力の限界がきて強制終了になりました。
「し、死ぬ……」
「お疲れ様です。神夜先輩」
「最後せんぱいだけ浮かんでこなかった時は焦りました」
「限界なら言ってくれれば良いのに。クール気取って無理するからだよ」
トキちゃんからオレンジジュースの入ったガラスのコップを貰った先輩は、最後に水を飲んでしまったのか一口だけ飲むとコップを直ぐに返してしまいました。
「……そろそろ日も暮れるな。この後どうする」
「バーベキューしましょう♪」
「食材あるのか?」
「家にはないから、今から買いに行くしかないかな」
「面倒だな……。だがバーベキューセットなら串とかも含めてキャンプ道具の箱にあるし、家に戻れば直ぐ用意できるか」
「ならプールの上で食べる?」
トキちゃんの提案に眞友ちゃんが怪訝な顔になりました。
「プールの上ですか?」
「……とっ桃花鳥(とき)の家のプール……ガラス張れるから、た、立てる」
「へぇ。それは面白い仕組みだね」
満場一致で決まると、全員バルコニーに移動してトキちゃんがプールサイドにあるパネルを操作します。するとプールサイドが動いて透明な板みたいなものが出てくると水面を覆ってしまいました。
「凄いです♪ 水の上に立ってます♪」
くるぶしより少し下のところにまで水が張っていて、ガラス板の上に立った萌亜は面白いことを閃きました。
「これ、この上で演奏したら楽しそうです♪」
「はあ? ギター落としたら壊れるぞ。それに楽器はともかくとしてアンプは重量的に運べないだろ」
「小さいので良いじゃないですか♪ トキちゃん、いいですか?」
「うん。なんかボクも弾きたくなったし、やろっか」
「私も、シンセ持ってきてるよ」
「あ、アタシも……ある」
「昏君。ドラムはあるかい?」
「うちにはないから、シンヤの家まで取りに行かないと」
「なら、運ぶのを手伝ってくれないかな」
「はぁ……ドラムとかは水に浸かるから、後で拭くの手伝えよな」
疲れ果てていたのに直ぐに全員で準備を始めて、感電が怖いのでシールドではなくワイヤレスでアンプに繋ぐと、日が暮れる頃にはセッティングが完了していました。
「なに弾くんだ、萌亜」
水着で楽器を持つという初めての感覚に、ギターのボディが直接肌に触れて冷たいなと思った萌亜は、先輩に笑顔を返します。
「せんぱい、綺麗な夕日ですよ♪ この時間帯に合った曲、作ったじゃないですか♪」
「ああ、あの失恋ソングか」
「違いますよ♪ あれは、諦めなければ恋は叶うって歌です♪」
「じゃあ、始めようか。one two three four」
「『黄昏れないよ浪漫s』♪」
好きです。でも振られた……No!
どうしてだろう。完璧な告白だったのに。2人っきりの、夕日の見える海辺。奇跡みたいなシチュエーション。一緒につけてよペアリング。あれこれってプローポーズ?
黄昏ないよロマンチスト。これくらいで諦めてたら、恋なんて始まらない。
当たって砕けた。でも固まるよ貴方への想いかき集めて。
何度も繰り返して、諦めず、いつか貴方とロマンス。
なんでなんだろう。2度目の告白。ラブレターを下駄箱に入れて、屋上で待ってたのに。来たのはメールでの先に帰る。この待ち惚けが答えだよ。でもまだ好きが止まらない。
黄昏ないよアイラビュー。この言葉を受け入れてもらうまで、告白は終わらない。
こっ酷く振られた。でも強くなるよ貴方への想いは抑えきれない。
何度だって繰り返す、挫けずに、きっと貴方とロマンス。
本当に運命。こんな偶然ってあるのかな。旅行先で逢っちゃった。奇跡みたいなシチュエーション。そろそろ受け入れて好きです。ああまた振られたよ。
黄昏ないよノーダーリン。でもちょっと待っていてよ。直ぐに立ち上がるから、憐れみで私を受け入れないで。
なんでそんなに私が好きじゃないの。いつも一緒にいてくれるくせに。
別に泣いてないよこれは汗だよ。頬を伝うこの熱は、嬉し涙にとっとくの。
ロマンスが遠すぎる。
運命じゃないのかな。諦めてしまいそうだよ。でもこれが最後とかじゃなくて、まだまだ告白は終わらない。どうせ無理なんだろうけど、それでもやっぱり伝えるね。好きです、ああまあ振られるんだろうな。
黄昏ないよロマンチスト。これくらいで諦めてたら、恋なんて始まらない。
当たって砕けた。でも固まるよ貴方への想いかき集めて。
何度も繰り返して、諦めず、いつか貴方とロマンス。
もう繰り返す必要なんてない。君に好きって返すから。
頬に伝わる熱はどこか心地よくて。汗かって聞いてくるから。ロマンチックが台無しだよ。
でもね、これは涙だよ。
「やりました♪ 萌亜、初めて間違えないで弾けました♪」
「その代わり歌は音外してたけどな」
そこはご愛嬌です。
暗くなってしまったので騒音の問題もあり〝黄昏れないよ浪漫s〟の1曲だけで終わりにした萌亜たちは楽器を片づけて夕飯の準備に取りかかりました。皆でBBQです。
食材はドラムを取りに行ったときに先輩のお母さんが買ってきてくれることになっていて、ご厚意に甘えた萌亜たちはバーベキューの道具だけプールの上に用意します。
「せんぱい♪ ちょっとですけど、星が見えますよ♪」
二階のベランダに置かれているキャンプ用品がしまわれている箱から着火剤を探している先輩に付いてきていた萌亜は、プールの上で歓談しながら準備している皆を見下ろしていた視線を空を上げると、微かですけどいくつかの星が空に瞬いているのを見つけました。
もう完全に陽は落ちて、家の光だけがプールに反射して一階のバルコニーに波の影を映しているのがとっても綺麗です。
「ねえ、せんぱい♪ 今日は楽しかったで――」
星への返事が遅いから言いながらに振り返ろうとしたら、急に、背中から抱きしめられた。
「――はぇ……? せ、せんぱい?」
あまりに唐突なハグに上手く頭が回らなくなってしまった萌亜は、振り返れないくらい強く抱きしめられてしまっていて、身動きも取れなかったので、そっと首だけ動かして、視界の端に先輩を捉えました。
「どうし、たんですか……?」
「未明の時の、ご褒美とかいうやつだ」
「ぁっ……」
そういえば、ご褒美にバックハグを要求していたんでした。本当にしてくれるなんて思ってなかったので、忘れちゃってましたよ。
でも先輩、律儀ですね。あんな何気ないお願いを覚えててくれて、こうして叶えてもくれるんですから。萌亜、ようやく振り向いてくれたのかと勘違いしちゃいましたよ。
「こんなので良いのか分からないが……ありがとな、萌亜」
少しだけ腕の力が弱くなって、でも萌亜が身体を預けるようにもたれかかったから、密着は強くなった。お互いに水着のままだから、先輩の熱がそのまま背中に伝わった。
「感謝してる。萌亜がいなかったら、トキも未明もあのままだった。……だから、俺に出来ることがあったら言え。未明の悪魔じゃないが、俺に叶えられるなら、叶えてやる」
ああ、それは、萌亜にとっては蜜みたいな言葉だった。本当にどんな願いでも叶えてくれる魔法の言葉を、ただ一言だけ使える機会を得たのと同じことだった。
だって萌亜の願いはあの日からなにも変わっていなくて、一つしかないから。そしてそれを叶えられるのは、先輩だけだから。ここで一言、言えばいい。付き合ってくださいって、恋人になって欲しいって言えば、きっと先輩は叶えてくれる。
それはまた先輩の大好きな人たちを、トキちゃんや未明ちゃんを傷つける行為だと分かっていても、今言えば先輩は受け入れざるをえない。
ずっと想い続けてきた、その為に努力してきたのが今、報われようとしている。これから発するたった一言で、先輩は萌亜の……。
「……いいですよ。これで充分です。せんぱいに抱きしめて貰えて、萌亜すっごく幸せですから。ご褒美は、これでいいんです」
バカみたいだ。こんなのは恋の告白じゃなくて、ただの束縛だなんて思ってしまったから。二度とないかも知れないチャンスをそんな潔癖症みたいな感情でふいにしてしまって、死んでしまいたくなるくらいの後悔が押し寄せてきて、自責の念に心が潰れてしまいそうだった。
「なんで、泣いてるんだよ」
「……汗ですよ」
分かってくれると期待して、さっき歌ったばかりの歌詞を口にした。
「……そうか」
ちゃんと理解してくれた先輩は、一度だけ一際強く抱きしめてくれました。だから萌亜は我が儘になってしまって、もう下に戻ろうと腕を解こうとした先輩の手を掴んで、無理矢理に抱きしめさせました。まだ離れたくなくて、もう少し泣いていたかったんです。
「足りませんよ……ご褒美。……もう少し、抱きしめててください」
時間が止まったみたいになにも言葉を返さずにそのままでいてくれる先輩は、下の皆が二階の様子に気付いてやってくるまで、抱擁を辞めないでくれたんです。
絶対に、また恋を告白します……。受け入れられる告白を、受け入れて貰えるまで、何度だって続けるんです。
広い先輩のお家もとっくに探検し尽くしている萌亜ですが、ホームシアターの方ではない地下室はまだあまり入ったことがありません。一度テレビ電話で先輩がいたところですが、なんでか入ろうとすると先輩に怒られるのです。
「も、萌亜……辞めよう、よ……神夜に、叱られる……」
「おぉ! これが先輩が入れてくれない地下室ですか。なんか普通ですね?」
二つ目の防音室みたいなものなのか、バンド演奏に必要な楽器が一通りありました。あとゲームセンターに置いてあるような筐体が3つも置かれていて、その上には百円玉が積まれいます。左端にはバーカウンターのようなものがあって、そういえばもう一つの地下はバーにしようとしたが息子に占領されたのだと先輩のお父さんが嘆いていました。
「このドラムセットカッコいいですね♪」
萌亜は異なるグラデーションの紫のドラムが組み合わさったサンプリングパットなんかも付いている、黒色のシンバルが13個もあるドラムセットを見つけてその椅子に座ります。
「そっそれ……アタシの……」
「めいちゃんのです? なんでせんぱいのお家に……」
尋ねながらに、萌亜は察してしまいました。黒いローランドのシンセサイザーが3つも重なって置かれているスタンドといい、トキちゃんが使っているピックと同じものがカウンターに放置されているのも見つけたからです。
きっとここは、先輩が以前に組んでいたバンドの練習場所だったんです。
ならあのシンセサイザーは、たまに話に上がるキーボードの人のもの、なのでしょうか。
萌亜は考えても嫌な思いをするだけだと頭を振って思考を切り替えて、先輩に見つかってしまう前に地下室を出ることにしました。
休憩時間も終わって、レムレ先輩の練習を眺めていたら未明ちゃんのドラムセットにもバスドラムが2つ付いていたことに気付きました。
「普通のドラムセットってバスドラム1つですよね? レムレ先輩のも2つ付いてますけど、こういうのなんて言うんです?」
「ダブル・ベース・ドラムだね。ツー・バスとも言うらしいけれど、僕は詳しくないからね。気になるならシンに聴くといいよ」
「ダブルですか。ダブル……」
バスドラムが2つ付いたダブル・ベース・ドラム。バンドにはあまりいないターンテーブル。二台のシンセサイザーを使うキーボード。それに弦が1つ多い、5弦ベースと7弦ギター。
なんだか、普通のバンドよりも色々と足されている要素が多いです。
「あっ! 思いつきました♪」
「なんだ。またキャピキャピした歌詞を思いついたとか言うならもう4曲でお腹いっぱいだから心の中に留めておいてくれ」
「違いますよ♪ バンド名です♪ いつまでも無名じゃいられませんから♪」
萌亜は人差し指で順番にバンドメンバーの使用楽器を指して行きます。
「めいちゃんのターンテーブル。レムレ先輩のダブル・ベース・ドラム。ともちゃんの二台使用のシンセサイザー。トキちゃんの5弦ベースと、せんぱいの7弦ギター♪ こんな色々と多いバンドを表す、萌亜たちにピッタリなバンドの名前は♪」
全員の注目が萌亜に集まったところで、萌亜は満面の笑みを作って。
「PLUS,α(プラス・アルファ)です♪」
萌亜たちのバンド名を発表したのです。
「確か、何かを付加するって意味だったか」
「和製英語だし、日本のバンドらしくてボクは良いと思うな」
「私も素敵な名前だと思うよ。萌亜ちゃん」
「僕も異論はないよ」
「あ、アタシも……」
皆も気に入ってくれて、萌亜はバンドメンバーだけのグループLINEの名前を変更しました。
「決まりです♪ 萌亜たちは今日から、PLUS,α(プラス・アルファ)です♪」
あれ? でもこれ、萌亜だけプラスアルファ要素なくないです?
えっと、先輩とダブルボーカルでもすればいいですよね。
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