佐久間信盛

 織田信長


 その名は今や遠く離れた西国でも知らぬ者はいない


 しかし、あの戦・・・あの勝利、それがなければ歴史に名を残すことさえできなかっただろう


 それは遡ること14年、尾張今の愛知県西部一国の大名に過ぎなかった彼が大大名である今川義元いまがわよしもとを敗死させた・・・


 桶狭間の戦いのことである


 尾張に侵攻してきた三か国の大名今川義元。その25000人の大軍を僅か3000人の兵力しかない信長が打ち破ったのだ

 しかも、その時信長は雨が降りしきる夜に突如として単騎、城を出て奇襲を仕掛けたため、実際に彼の後を追って戦に参加できた兵士はさらに限られたに違いない


 その味方をも欺くような奇襲は大成功を収める

かなりの勢力差があることを鑑みれば織田家中に内通者が居ても不思議ではないし、実際に居たと思われる

 だが、反対に今川家としては内通者からの情報を頼るばかりに、偵察が疎かになっていたがため、内通者も察知できない奇襲に惨敗を喫した


 何を言いたいのかというと、信長は情報戦のスペシャリストである、ということだ


 彼は情報を利用して人を操り勝利を収める天才なのだが、欠点もある

全てにおいて手に入れた情報をもとに即決し、即行動してしまうため、思い描いた構図と異なる展開になった場合のことを考えることがない

 状況が変わった時にまた対応を即決できればよいのだが、信長は思い描いた通りにならなかった際に脳内パニックを引き起こして固まってしまうのだ


 戦の最中にパニックを起こして指示を出せなければそれこそ勝敗に関わる

そこで、いつも信長の近くにあって予想外の事態が起きた際に備えて対応策を考えているのが佐久間信盛さくまのぶもりという男だ


 信盛の佐久間家はその先代、盛重もりしげからの織田家重臣であり、信長から前述の通り緊急対応を一任されている

 対応策を考えるには予め信長と情報を共有しておく必要があるため、桶狭間の際も家臣の中で唯一、奇襲の策を知らされていた


 いわば信長が最も信頼する家臣である


 そんな信盛のもとに、武田軍が徳川領を攻めるとの情報が届く

彼はすぐに信長のもとへ行き、対応を話し合った


 「なぁ信盛、武田は長篠を攻めるようだ。家康殿からも長篠が危ないから必要に応じて援軍も考えてほしいと手紙が来ている」

 

 狭くて薄暗い密室の中で二人きり、信長が考えを述べていく


 「わしは武田を潰す好機だと考えておる。奥三河は山が険しく騎馬隊の動きを封じることができるから我々に勝機がある。よって、出陣することにした」


 信長は即決した内容を信盛に伝えるが反論は許さない、それが彼のスタイルである


 「わかりました」


 この答えは緊急対応の準備をする、ということだ


 信盛はその後、味方が出陣の準備に追われる中で一人、ずっと考え込む


 (武田が長篠を攻めると言っていたが、それは予想であって不確実。もし、騎馬隊の威力が発揮される平地に進出されたらどうするか・・・)


 信盛は武田の標的が他にある可能性を踏まえて、そうなった場合の対応を考える


 そして、信盛の考えがまとまった頃、織田軍は美濃国の居城岐阜を出発

しかし、美濃から尾張に差し掛かったところで”武田軍高天神城急襲”との一報が届く


 想定外の事態に信長は思考停止

すると軍議の場で信盛が進み出て対応策を述べた


 その内容は結論から言うと武田との交戦を諦めるというものである

しかし、ここで引き返しては家康に会わす顔がない


 そこで信盛が提案したのは・・・


 「我々は極力低速で進軍する。さすれば到着前に守りが手薄な高天神は落ちる。ここで引き返せば家康殿にも顔が立つというものでしょう」


 なんとも無理矢理な策だが、それで押し通すべきだと述べる


 信盛の対応策、これも織田家家中では絶対であるため、これ以降織田軍は宿に着く度に何かと理由を付けて数日待機するなど半月足らずで到着できる距離をおよそ2か月かけて進むことになるのであった



 ※人物紹介


 ・織田信長:誰もが知る戦国時代の革命児。商業を発展させその財力で鉄砲などの兵器を充実させた。冷徹な性格でいらないと考えたものは人でも切り捨てた

 ・今川義元:一時、駿河・遠江・三河の三国を制した大名。1560年上洛に向けた戦、桶狭間の戦いで信長に討たれた

 ・佐久間信盛:織田家重臣。後に信長に見切られてしまい追放される

 ・佐久間盛重:信盛の叔父。尾張佐久間家の前惣領。桶狭間の戦いで戦死した

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