第6話 教会
お鼻の頭に小麦粉をつけながら、クッキーの生地を混ぜる。態とつけているのではないのだ。何故かついちゃうのだ。
混ぜた生地を細長く丸める。前世だと、クッキーの抜型とかあってハート型や星型に抜いたりするのだが、この世界にそんな物はない。
生地を丸く細長く纏めて、それを薄く切って焼くのだ。田舎の手作りクッキーといった感じだろうか。
今日はなにも入っていないプレーンなものと、木の実を入れたものの2種類だ。
俺は時々姉達が採って来てくれる、ベリーをジャムにして乗っけたものが1番好きなのだ。
「まりー、このクッキー教会にもっていく?」
「今日行きますか?」
「ん、いつでもいい」
「じゃあ、折角なので今日持って行きましょう。焼き立ての方が美味しいですから!」
「うん、しゃくしゃくがいいのら」
その日の午後から、俺とマリーはクッキーを持って教会へ行く事にしたのだ。
「お手々を繋ぎましょうね」
「うん」
マリーとお手々を繋いでトコトコと歩く。ああ、遅い。超遅い。だってまだちびっ子だから、1歩が短いのだ。
それでもマリーは俺を急かす事はなく、ニコニコして他愛もない話をしながら歩く。
教会は街の中央から少し逸れた場所にあるらしい。俺は行った事がないのだ。この街に来て、まだ1年だ。ちびっ子だから1人で遠くにも行けない。
なので、行った事のない場所が沢山あるのだ。
「あ! ロロ! マリー!」
畑で作業をしていたニコ兄が、俺達を見つけて声を掛けてくれる。
「ニコ坊ちゃま! オヤツにクッキーを焼いてありますから、帰ったら食べてください!」
「うん、ありがとう!」
大きな声でマリーが言っている横で、俺はフリフリと小さな手を振る。平和なのだ。
両親が亡くなって、家を追い出された時はまだ2歳だった。だから俺には、貴族だった頃の記憶がないのだ。
と言うか、前世を思い出した頃以前の事をあまり覚えていない。
姉達は思うところがあるだろうが、俺は今の生活を案外気に入っているのだ。
「ロロ坊ちゃま、まだ歩けますか? 抱っこしましょうか?」
「まりー、だいじょぶ」
「もう直ぐですよ」
「うん、あれ?」
俺は短い指で前に見えてきた教会の建物を指す。
「そうですよ」
街の中の道が、前世のような平らなアスファルトじゃない。石畳なのだろうか? 石でもないような気がするのだ。何かの鉱石だと思う。切り出した石とはちがって、ボコボコしていなくて白っぽい。
でも、綺麗な平らではないからまだ3歳の俺には歩きにくい。それに街中は人が多いので、マリーと手を繋がないと怖いのだ。
商店やギルドの建物があったり、屋台が並んでいたりして賑わっている街の中央を通り過ぎ、少し歩くと教会の建物は直ぐそこだ。
そう大きくない教会だ。白い壁で囲ってある。三角屋根で白い壁の教会だ。正面中央部分の上部には、何やら丸いマークの様なものが彫ってある。奥にはドーム屋根も見える。
入口のアーチの前に数段の階段があって入り口の扉は開け放たれていた。
「ロロ坊ちゃま、階段ですよ。外から直接孤児院の方に行けるのですが、今日は司祭様に挨拶しましょう」
「うん」
ヨイショと1段ずつ階段を上る。アーチを潜り、中に入ると礼拝堂だった。
1番奥には女神の様な像があり、その上部はアーチ型になっている。ステンドグラスが嵌められた窓から、陽の光が差し込んで神秘的な空間になっている。
女神像の前には、いくつも長椅子が並べてある。この女神像はあの泣き虫女神なのか? えらく印象が違うのだ。神様らしさが、女神像の方がある様な気がする。
前世から考えても、初めて教会の中に入ったのだ。
規模自体は大きくないが、1本1本の柱の上部と下部には花の様な彫刻が彫られてあったり、大きな窓のステンドグラスだったり。細かいところにまで趣向を凝らしてある。掃除も行き届いていて、大事にされている場所なのだと分かる。
その奥から、年配の司祭様らしきグレーヘアーの男性が出てきた。黒いキャソックと呼ばれる服を着ている。マリーと同年代かな?
「おや、マリー。久しぶりだな」
「あらあら、まだ生きてたの?」
「アハハハ、それはこっちのセリフだ。帰って来ているなら、顔を出してくれたら良いものを」
「バタバタしていたのよ」
「まりー?」
とても親しそうなのだ。会話を聞いていると、以前からの知り合いらしい。
「この教会の不良司祭ですよ。司祭なのに、よくお酒を呑み過ぎて寝ているのですよ。幼馴染なんです」
「ふりょー?」
「アハハハ、そりゃないぜ。これでも歴とした司祭だ」
「ししゃいしゃま?」
「そうだ。ちびっ子はマリーの孫か?」
「ちがう」
「お仕えしていたお邸の坊ちゃまよ」
「ほう、貴族か」
「色々あってね、今は一緒に暮らしているのよ」
「一緒になのか?」
「ロロ坊ちゃま、ご挨拶できますか?」
「うん。はじめまして、ロロでしゅ」
「お利口さんだな。ワシはビオチーナだ。ビオ爺でいいぞ」
「びおじい?」
「そうだ」
司祭様と呼ばなくていいのか? と、俺はマリーを見上げた。
「いいんですよ。この街の皆がビオ爺と呼んでますから」
「へー」
ちょっと変わり者なのかな? それとも、それだけ街の人達に慕われているのかな? と思ったのだ。
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