第3話 当たり屋ってレベルじゃないわよ?!

 ~数十秒前~ 神奈川ダンジョン下層――第23階層


『グゥォォオオオオオオッ!!!』

「あぁもうっ!!しつこいわね!ちょっと卵を拝借しただけでそこまでするかしら?!」

 私――霊四砂たましさイブ齢17歳。

 現在進行形で全長約30mの大蜥蜴おおとかげから卵を盗んで逃走中。


 高速で動く脚が踏みしめるのは、水分を全く感じない乾いた大地。

 一面茶色の寂れた此処は、こんな状況じゃなければそこらの岩に腰かけて、クールに葉巻をくゆらせながら、ウィスキーをキュッと一杯流し込みたいベストなスポットね。

 揺れる視界の端では回転草タンブルウィードが軽やかに転がっていて、何ものにも縛られないその様は、今の私には酷く眩しく映る。


 ……私と交代しないかしら?偶にはスリル満点の追いかけっこも悪くないと思うわよ。なにせかれこれ数時間は付き合ってくれてるもの、この大蜥蜴。中々鬼の素質が高いわよこいつは。小学校でモテたのではないかしら?

 …まぁ、回転草は卵を抱えられないから無理ね!ふふふふふっ。


『ガァアアアアアアアアアアアアアッ!!!』

「ほぁぁあああああっ?!」

 竜の吐息ドラゴンブレス

 背後からの一撃は体を捉えることこそしなかったものの、大気を軋ませ、丁度前方に佇んでいた哀れな魔物を粉々に吹き飛ばした。


「あっぶないわねっ?!こちとら貴方のお子様の命を握ってるのよ?!これがどうなっても構わないのかしら?!」

 上半身だけで背後に振り向き、卵を落とさぬよう器用に中指を立てながら大蜥蜴に言ってやった。

「……おいボス、それだと唯の外道だぞ。一緒にされたくないのだが」

 大蜥蜴の代わりに答えたのは、底冷えするような声で毒を吐く、凍りそうなほど冷たい少女。


 切れ長の目に澄んだ紫色の瞳。ボブカットの憲法茶けんぽうちゃの髪は荒野にありながらも光沢を損なっていない。

 美しいその容姿はともすれば近寄りがたく感じるが、幼さの残る顔立ちは可憐さも併せ持っている。

 高い身長と細い体は、肩とお腹が覗くオフショルダーとショートパンツで包み込まれ……てないわね、六割肌色だったわ。

 

 彼女の名前は、天峰あまみね唯衣ゆい

 クールで寡黙な宵月の武力担当。まぁ、つまり平社員ね。

 だってうちの社員は皆戦えるもの。ふっ、ふふっ。


「ふんっ!」

 不意に唯衣が顔を険しくし、お得意の重力魔法を放った。……私に向けて。

「ちょおっ?!重っ…!?唯衣?!いきなりなにするn『グラァアアアアアアッ!!!』ひゃぁあああ?!」

 一瞬遅くなった私に向けて振り下ろされる、巨大な前足。

 頭上からの一撃は前転することで辛うじて躱したものの、地面を砕き、その衝撃波に私は巻き込まれた。

 回転草の体勢のまま、乾いた地面を高速で転がる。


「イブ?!ちょっと唯衣、今はシャクティもダウンしてるんだから余計な手間増やさないで」

 絶賛回転運動中の私の耳に届くのは、唯衣を責めるレミリーのダルそうな声。……私の心配は?

 というかレミリーはホバー移動してるし、シャクティはポッドが背負ってるんだから別に手間は増えないじゃない。………いや、私の心配は?


「ねぇ貴方達、私の心配は?私はゴジ〇じゃないから超重力で動きが鈍るし、吹き飛ばされたら痛いんだけれど」

 抱えた卵を割らぬよう細心の注意を払いつつも、スピードを落とさずに起き上がった私は2人に物申す。

「「ボスは(イブは)ゴリラだろう(でしょ)」」

 …………泣きそう。


 まぁでも、いいわ。なにせ、そろそろこの七面倒な依頼が終わるのだからね!


「ところでレミリー、今って何階層だったかしら?」

 暖めておいた秘策を切るために尋ねる。

「23階層だけど。というか忘れてたの?」

 呆れた、といった感情がありありと浮かんだ顔で答えるレミリー。

「20階層まで残り2層っ!つまり、活路は上にこそある!!」


 ババーン!、と効果音が付きそうな勢いで言い切った私は、そのまま身体強化の出力を大幅に上げて身を屈めた。


「ちょっ、まさか!?やめて――」

「いいや!限界よッ!跳ぶわ!」

 極限まで極まった身体能力で以て、屈めた脚の力を解放する。

 地面を踏み砕く感覚、次いで轟音。

 そのまま私は、階層天井に向けてまっすぐ飛翔して行った。



「止まれボスーー!」「ちょっと待ってバカイブ!ちょっ、早く起きてシャクティ!!あのバカを止めて!」「……………」


 あははははっ!流石に此処までは奴も付いて来れまい。態々鬼ごっこに付き合うなんて、ハードボイルドじゃないわよね。

 空気を切り裂きながら宙を突き進み、一瞬で接近。視界一杯に広がる、凄まじい硬度の天井に向けて魔力を滾らせ――全力の蹴りで風穴を開けた。


「どりゃぁあああ!!」

 ドッガァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!


 耳を劈く轟音を響かせ、風通しの良くなった天井。

 ……そして、22階層にダイナミック突入した私を出迎えてくれたのは――


「ヴゥォォォォォオオオオオオオオオオオオ!!!!」

「へ?」

 何故か右半身が消滅しているゴリラっぽい何かと、私の鼻先まで迫った巨大な拳だった。

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