解1-3-7:指令室への帰還

 

「なんとか勝てたか。やれやれ……」


 息をついてたたずむ俺の目の前で、黒い霧のようになって消滅していく夢幻魔むげんま。レーダーからもその存在はすでに消え失せている。警告音ももはや鳴っていない。


 ただ、黒い霧の全てが空間に発散しようかという段階になって、その中心付近に小さくてかすかな光を放つ欠片が浮かんでいることに俺は気が付いた。


 よく見てみると、それは白銀色に輝く金属塊のようだ。



 ――これは何なのだろう?



 そう思いつつ手を伸ばしてそれを手に取ってみると、なんと不思議なことに、損傷を受けていたラプラスターのボディや鎧などが修復されていった。当然、精神の同期シンクロニズムをしている俺自身の体の痛みも消え、体力や気力も回復していく。


 わけが分からず俺が目を丸くしていると、ティナさんが話しかけてくる。


『ヤスタケ、その欠片を大切に持っておいてください。私たちにとっての最重要アイテムです』


「これは何なんですか?」


『それはのちほど皆さんが揃った場で説明します。まずは指令室に戻ってきてください』


「分かりました。司令室に戻るにはどうすればいいんですか?」


『そう意識するだけで実行されます。もちろん、私の権限でも戻すことは可能ですが。その後、私がラプラスターの戦闘形態バトルモードを解除して通常形態デフォルトモードへ移行させます』


「そうなんですね。はい、やってみます」


 言われた通り、俺は頭の中で『指令室へ戻れ』と強く念じてみた。


 すると周囲の景色が歪んで見えたり重力の変化のようなものを感じたりといったコックピットに移動した時と同じような現象が起こり、次の瞬間には指令室内にある前ドアの横に立っている状態となる。


 目の前の運転席にはカナ兄が座っていて、右を振り向いてみると最前列の座席にショーマ、そのひとつ後ろの座席にチャイが座っている。


 そして後ろドアのかたわらには手すりを握って立っているティナさんの姿がある。


「おっ!? 戻ってきたか、ヤス!」


「カナ兄……。うんっ、なんとか勝てたよ」


「よくやったな、ヤス!」


 いつになくカナ兄は興奮した様子で出迎えてくれた。もし運転席から出て間近に立っていたら、俺は後ろから羽交い締めにされ、グチャグチャに頭を撫でられていたに違いない。


 それを想像して苦笑いしていると、座席から立ち上がったチャイが駆け寄ってきて、その勢いのまま俺の正面から抱きついてくる。


「ヤッくん! 良かった……戻ってきてくれて……本当に良かった……」



 胸の中に感じる彼女の感触、髪のいい匂い、熱い体温――。



 か細いその腕には強い力が入り、体はかすかに震えている。何度も鼻を啜る音が聞こえてくることから、もしかしたら感極まって泣いているのかもしれない。


 こういう時は抱き締め返せばいいのか、それとも頭を撫でてやる方がいいのか、あるいは何もしないままの方がいいのか……。


 俺は戸惑いつつ、両腕の行き場に迷いながらしばらくすがままになる。



 そんな中、ふと視線を周囲に向けてみると、そこにあったのはニタニタしながらこちらを見ているカナ兄とショーマの姿。


 そのことに気付いた瞬間、俺は顔全体が沸騰したみたいに熱くなって、慌ててチャイの肩を掴んで引き離す。それに対して彼女はキョトンとして俺を見つめる。


「チャイ、照れくさいから……もういいだろ……?」


「っ!? ご、ごめんっ、つい嬉しくてっ!」


「べ、別に嫌じゃないんだけどさ……その……周りが……さ……」


「――あっ! ……う、うん」


 どうやらチャイもようやくカナ兄とショーマの視線に気付いたようで、頬を真っ赤に染めながらうつむいていた。


 こうして俺たちは向かい合ったまま、しばらく無言で立ちつくしてしまう。


「えっへへ! ヤス兄、顔が真っ赤だぞ!」


 沈黙を破り、声をかけてきたのはショーマだった。


 ちなみに顔が赤いのはチャイも同じなのに、そこに言及しないのはあとが怖いからだ。彼にとって姉は絶対権力者であり、決して頭が上がらない存在。もし機嫌を損ねたらどんな仕打ちを受けるか分からない。


 だから彼女の地雷を踏まないよう、からかうターゲットを俺だけに絞っているというわけなのだ。



 くっ、卑怯者ひきょうものめ……。



(つづく……)

 

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