解1-3-5:夢幻魔の猛攻

 

『ヤッくん、気を付けて! 夢幻魔むげんまの攻撃力、スピード、防御力、耐久値が増大中だよッ! 特に攻撃力の上昇幅が桁違いに大きくてっ、推定値だけどさっきまでの3倍以上はあるっ!』


 異様な雰囲気に包まれている中、そう報告してきたチャイの声は驚きと焦りに満ちていた。想定外のことが起きているこの状況に、彼女自身も少しパニックになっているようだ。



 くそっ、なぜ急に敵の能力が上がったんだっ!? 追い詰められると真の力を発揮するタイプってことなのかっ? でも分析ではそんな結果は出ていない。



「ティナさんっ、夢幻魔むげんまに何が起きたか分かりますかっ?」


『全く不明ですっ! 信じられませんっ、夢幻魔むげんまがこれほどの力を持つなんてっ! そもそも戦いの途中でパワーアップするなど、今までに確認されていない現象ですっ!』


「ついてないな……ちくしょ……」


 俺は心の中で舌打ちした。


 ティナさんの激しく狼狽うろたえる反応を見る限り、これはまさに天地が引っ繰り返るレベルの異常事態が発生したということなんだろう。



 よりにもよって初戦でこんなことになるなんて……。



 しかも勝利まであと一歩というところまで来ていたのに、一転してこの不穏な状況。あくまでも結果論だけど、今回は多少のリスクを負ってでも即座にトドメの一撃に出るべきだった。


 もちろん、拙速に行動してピンチに陥るということもあるから、実戦での状況判断って本当に難しいということを痛感させられる。



 ――と、そんなことを考えながら、俺が瞬きをした直後のことだった。


「えっ!?」


 気付いた時には目の前に夢幻魔むげんまの姿があり、その巨体から繰り出された鋭い拳が迫っていた。


 もはや反応する余裕なんてなく、俺は呆然と立ちつくすことしか出来ない。



 速すぎるッ! どの瞬間にどんな動きで距離を詰められたのか分からないっ!



「ぐあぁああああああああぁーっ!」


 腹部から背中に向かって突きつける重い衝撃と痛み――。


 一瞬、目の前が真っ白になって意識が飛びそうになったけど、猛威を振るう痛覚が現実へと引き戻す。


 気付けば俺は後方へ弾き飛ばされ、仰向けに倒れ込んでいたのだった。


「がはっ! あ……はっ……っ……」


 ……うまく呼吸が出来なくて苦しいッ!


 全身の細胞の一つひとつが激しく酸素を求めているような感覚さえする。視界は霞み、手足に寒気が走っている。腹には未だに激痛が留まり続け、息苦しさも相まって額に脂汗が滲む。意思はあっても思うように体が動かせない。


『ヤッくん! ヤッくんっ!!』


『ヤスっ! 返事しろっ、ヤスっ!』


『ヤス兄っ!』


『ヤスタケ!』


 鳴り響く警告音の中、みんなの悲痛な叫びが聞こえてくる。



 ――そうだ、このまま倒れていると今以上に心配をかけるだけでなく、夢幻魔むげんまからさらなる攻撃を食らってしまうかもしれない。敵は悠長に待っててくれるわけじゃないんだ。



 動け、動かなくても根性で動かせッ!



 目を見開き、精神力を振り絞って俺は体を起き上がらせる。ただ、呼吸の乱れは全く収まりそうになく、剣を杖のようにして体を支えながら肩で激しく息をしている。


『ヤスタケっ、今の夢幻魔むげんまに対してはこれまで以上に距離を取ってくださいっ!』


「了……解……っ」


 俺はそう返事をするだけで精一杯だった。もう少し余裕があれば、ティナさんに対して『そんなことくらい分かってますよ!』と苛立いらだつことも出来ただろうけど。


 いや、そもそも余裕があったら彼女の言葉を素直に受け入れているだろうな。それだけ今の俺は体力的にも精神的にもギリギリだってことか……。


『ヤッくんっ! もう無理しないでっ! 私が操縦を変わるからっ!』


「だ、大丈夫だ、チャイ……。これくらいなら……まだまだ戦える……」


『でも……でもぉ……っ!』


 涙をボロボロと零しながら悲痛な声を上げるチャイ。


 バカだなぁ、こんな危険な状況ならなおさら操縦を変わらせるわけがないだろうが。嘘をついてでも俺が戦うに決まってる。



 安心しろ、チャイ。お前は俺がなんとしてでも守ってやるから……。



『ヤスっ、体力と気力の数値が下がってきてるぞっ! お前に連動してラプラスターのエネルギーや耐久力も低下しつつある。――いや、ラプラスターのダメージがヤスに影響を与えているのか? いずれにしても戦いがあまり長引くとマズイ』


『ヤス兄っ、ラプラスターが装備している鎧の損傷率は83%。もうなぐさめ程度の防御効果しかないっていうか、ほとんど使い物にならないよ。それと今の攻撃で左足に損傷を確認。それが原因でスピードの低下が起きてる』


『ショーの言う通り、スピードは11%低下中だ。しかも激しく動くとダメージが広がりかねない。ヤスっ、注意しろ』


 チャイからの通信に続き、カナ兄とショーマが口々に現在の状況を報告してくれた。彼女と比べればふたりとも冷静さを保っていて、俺は安堵あんどするとともに心強さを感じる。



(つづく……)

 

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