解1-2-3:個人識別登録


 俺が目を丸くしていると、ティナさんは説明を続ける。


「ラプラスターがバスと融合した時、この空間にあったいくつかの道具ツールも自動的に変換され、置き換わりました。今やそのカードはラプラスターの機能を引き出す起動キーとなっているのです」


「で、これをどうすれば?」


「カナウの操縦席の横に、起動キーの読み取り機リーダーがあります。ラプラスターの各機能を使う際には、そこにタッチしてください。個人識別は初回のタッチで登録されます」


「つまりまずはこの場にいる全員がそれぞれ自分のカードを、運賃箱に付いたIC乗車券の読み取り機リーダーにタッチする必要があるわけですね? ――あ、運賃箱もすでに別の機械に変換されちゃってるから、厳密には表現が正しくないかもしれませんが」


「ですが、認識としてはそれで間違いありません」


 この時、俺はさりげなく視線をチャイたちに向けて様子をうかがってみた。


 するとふたりは自分の『IC乗車券だったもの起動キー』を手にしてそれを呆然と眺めているだけで、心ここに在らずといった感じだった。この場で起きている何もかもが現実離れし過ぎていて、頭の中の整理が追いついていないのかもしれない。


 もっとも、いつの間にか涙が止まって、少しは落ち着きを取り戻しているのは不幸中の幸いかもしれないけど……。



 そういえば、カナ兄はIC乗車券を持っているのかな? 視線を落とし、手に持っている何かを見ているのは確かみたいだけど、俺の位置からだと何なのかまでは判別できない。


「オレの場合はICチップ付きの社員証がその役割を果たすみたいだな。いつも運行業務に入る前に、運転席の専用端末リーダーにタッチして使っているヤツだが」


「カナウはその専用端末リーダーに起動キーをタッチしてください。そしてラプラスターの司令官をあなたにお任せします。私は参謀として皆さんをサポートさせていただきます」


「分かった! それじゃ、やってみるぞ! 戦闘形態バトルモード転換チェンジオーバーだ!」


 カナ兄は気合いの入った声で叫ぶと、起動キーを運転席の専用端末リーダーにタッチした。深刻な状況だけど、なんだかんだで乗り気になっていることに思わず口元を緩めてしまう。



 ――でもその気持ちも少し分かる気がする。やっぱ男子ならこういう機械マシンの変形とかロボットとか、ワクワクしちゃうもん。


 俺は俺で車内にどんな変化が起きるのか、固唾を飲んで様子を見守る。




 …………。


 ……でもいつまで経ってもその場には沈黙が流れるだけで、何かが起きた様子は全くなかった。


 カナ兄が起動キーを端末リーダーにタッチした際に『ピッ!』という確認音が響いたから、ちゃんとデータの処理は行われていると思うんだけど……。


 やがてカナ兄は首を傾げながらティナさんの方を振り向く。


「ティナ、何の変化も起きないんだが……」


「司令室内に目立った変化は起きません。ひとつのものであっても、複数の空間にそれは存在するからです」


「へっ? な、何のこっちゃ……?」


「先ほども話に出ましたが、現在のラプラスターを外から見ればバスを踏襲とうしゅうした形状になっています。でも内部は容積を含め、全く別のものに変化しました。こうしたことが成立しうるのは、外部空間の存在する領域と内部空間の存在する領域が異なるためです。ある意味、それぞれの存在が独立しているとも言えます」


 ティナさんの話を聞いてカナ兄は依然として眉を曇らせているけど、俺は事象のことわりが雀の涙くらいは掴めたような気がした。もちろん、それはハッキリとしたものではなくて、なんとなくに過ぎないけど。



(つづく……)

 

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