解1-1-4:バスが空を飛んだ!?

 

 そして俺に続き、ショーマがカナ兄に挨拶あいさつをしてバスに乗る。


 さらに最後にチャイが車内へ片足を掛けて乗り込むと、その直後になぜか彼女はドアに手を添えたままその場で立ち止まる。


「おはよう、カナ兄。後ろの方からバス停に向かって誰かが走ってくるみたいだから、発車はちょっと待ってあげて。たぶんこのバスに乗るんだと思う」


「そうみたいだな。そもそも発車時刻までまだ1分30秒ほどあるから、もし乗らなかったとしてもしばらくこのまま時間調整で停車になるんだけどな」


 俺の位置からは見えないけど、どうやらカナ兄はサイドミラーで後方の様子に気付いていたらしい。この車両は乗客スペースからだと後方が見えにくいから、俺はふたりの会話を聞くまでそのことが分からなかった。



 その後、バスが停車している間に俺とチャイ、ショーマは最後尾にある4人掛けの座席に並んで座った。進行方向の左窓側から右側へ向かってショーマ、チャイ、俺という位置関係だ。


 それから程なく窓ガラスの向こう側にどこか焦った様子の若い女性が現れ、迷うことなくこのバスの車内に飛び込んでくる。そして荒い呼吸を整えることもなく、即座に強い口調で叫ぶ。


「はぁっ、はぁっ、すぐに発車してくださいッ! 早くっ! 急いでっ!!」


「は、はい……。ちょうど発車時刻ですし……。運賃の支払いは信号などで停まった時で構いませんので、空いている座席に座るか手すりや吊革にお掴まりください」


 戸惑いつつもカナ兄はドアを閉じる操作をして、バスはゆっくりと走り出した。


 一方、バスに乗ってきた女性は前ドア横の手すりに掴まり、屈んで激しく息を切らしている。状況を見る限り、よっぽど差し迫った事態にでも遭っていたのだろう。


 もしかしてストーカーとか通り魔みたいなヤツに追いかけられていたのかな?




 ちなみにその女性の外見だけど、冷たさの漂う蒼い瞳に新雪のような白くて美しい肌、ロングの明るい茶髪をストレートに伸ばし、それを後ろでひとつに結んでいる。


 雰囲気は知的でミステリアス。格好はヒラヒラとした白いシャツに薄手の春コートのようなものを羽織り、黒色っぽいスカート、焦げ茶色のブーツを身に付けている。


 年齢はカナ兄と同じくらいで、それらを全て併せて考えると一流企業でバリバリと働いているキャリアウーマンといった印象を受ける。


緊急形態エマージェンシーモード転換チェンジオーバー!」


 その女性は不意に顔を上げると呼吸の乱れを気合いで押し込め、そう叫びながら手すりに設置されているバスの降車ボタンを押した。


 その瞬間、俺の気のせいや見間違いかもしれないけど、彼女の瞳に銀色の光で出来た英文のようなものが浮かんで左右に流れていったような気がする。


 これはまるでコンピュータのプログラムが走ったみたいな印象……。


「――えっ? な、なんだっ!?」


 直後、バスには瞬く間に信じられない変化が起きて、俺は思わず頓狂とんきょうな声を上げてしまった。


 まだ寝ぼけているんじゃないかと疑い、指で目を擦ったり目蓋まぶたを何度もパチクリさせたりしたけど、どうやらこれは現実に起きていることらしい。そもそもチャイとショーマも俺と同じような反応をしているわけで……。


 もちろん、それは行き先の表示がおかしくなるとか急ブレーキが掛かるとか、そういうちょっとした変化じゃない。



 なんとバスの構造が変わってしまったのだ。



 まず全ての窓ガラスはディスプレイ化して、それぞれ外部の映像や様々な数値、図表などが表示されている。しかも各データ項目や数値はひっきりなしに移り変わるとともに、あちこちから確認音のようなものが断続的に鳴り響いている。


 さらに各座席の前にはノートパソコンのような端末が現れ、壁や天井は全体が宇宙船内のような近未来的な機械の塊に変化。無数のボタンやスイッチ、レバー、表示灯、計器、センサーなどが所狭しと並ぶ。


 その様子はまるで航空機のコックピットを大きくしたもののようにも見えるし、ロケット打ち上げ基地の指令室のようにも思える。


 そしてフロントガラスには俺たちの町の全景が映し出され、地表はあっという間に離れていくのだった。さっきまでいた停留所なんかすでに豆粒以下に小さくなっていて視認できない。




 眼前に広がるのは遠くにそびえる山々や青空、白い雲。依然として重力変化や振動などを体に感じることから、バスは浮遊してさらに上昇し続けているのだと思われる。



(つづく……)

 

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