解1-1-2:髪に触れるという意味

 

 ただ、その気持ちをチャイに悟られないよう、俺は頬を膨らませながら慳貪けんどんに言い返す。


「俺は寝癖なんか気にしないから、このままで良いんだよ」


「良くない。幼馴染みとして、一緒にいて恥ずかしいもん。昔からヤッくんって通学の時は身だしなみに無頓着むとんちゃくだよね。駅前とかに遊びに行く時はしっかりしてるのに」


「学校は毎日のことだから、細かいところまで気にするのがメンドいんだよ。でも遊びに行く時は特別感があるから、気合い入って準備する気になるっていうか」


「その気持ちはなんとなく分かるけどさ。でも私としては、いつでもどこでもビシッとしててほしいな」


 ――と、その時、俺の髪をかしていたチャイが不意によろけて倒れそうになった。それに対して俺は無意識のうちに体が動き、咄嗟とっさに彼女の腕を掴んで支えてやる。



 そっか、チャイはずっと背伸びをして髪をかしてくれていたんだな……。



 そのことに気付かなかった俺は申し訳なく思い、すかさず謝罪する。


「悪い、背伸びをしたままで大変だったよな。ゴメン。少し屈むよ」


「うん、アリガト……。――って、いやいやいやいや! 違う違う! 感謝するのは髪をかしてもらっているヤッくんの方であって、私じゃないじゃん!」


「まぁ、そうだな」


「危うく誤魔化されるところだった。この策士めっ!」


 後ろへ一歩飛び跳ね、俺に向けてビシッと人差し指を向けてくるチャイ。眉を吊り上げ、ワナワナと唇を震わせている。


 その様子を俺は唖然あぜんと眺める。


「…………。俺には誤魔化そうって気なんか、そもそもないんだけどな。チャイが勝手に思っただけだし」


「っ!? とっ、と・に・か・く! 大変そうに思うなら、通学の時も身だしなみをしっかりしてよねっ!」


「はいはい、前向きに検討するよ」


「じゃ、このクシ、ヤッくんにあげる。ポケットに入れておくね」


「お、おぅ……」


 髪をかし終えたチャイは、その手に持っていたクシを俺の制服の胸ポケットへ押し込んだ。戸惑う俺なんか全く意に介していない。


「それにしても最近はますます身長差が開いてる気がするよ。小学校高学年くらいまでは私の方が高かったのに、いつの間にか追い抜かれちゃってさ」


「成長期だから仕方ないじゃん」


 俺は目線の少し下にあるチャイの頭頂部を何気なくポンポンと軽く叩いた。


 するとチャイは途端にカァアアアァーッと頬を赤く染め、風邪でもひいたかのようなとろけた目になって口を尖らせる。


「っ!? こ、こらっ、勝手に頭や髪に触るなっ!」


「勝手に俺の髪をかしてくるお前がそれを言うか?」


「そ……それは……だ、男子が女子にするのと、女子が男子にするのでは意味が全く違うのっ!」


「ふむ、何を言ってるのか全然分からん。じゃ、事前に『触るぞ』って言えば良いのか?」


「そういうことじゃないっ! もぅっ、ヤッくんのバカっ!」


 チャイはなぜか柳眉を逆立て、握った拳でポカポカと俺の胸を叩いてきた。そして口をへの字に結び、恨めしそうに俺をにらんでいる




 …………。


 チャイのヤツ、なんでこんなに怒っているのだろう? そういえばコイツ、たまに意味不明な反応をすることがあるんだよな。特に最近はその頻度が増えたような気がする。


 ――と、そんな感じで俺が首を傾げて頭を掻いていると、背後からわざとらしい溜息ためいきを漏らす音が聞こえてくる。



 直後、俺とチャイがほぼ同じタイミングで振り向くと、そこではショーマが呆れ返ったような顔をしてこちらを眺めていたのだった。


 それに対してチャイは一段と目つきを鋭くさせ、ショーマに一歩にじり寄る。


「なんなの、ショーマ? 何か言いたげな顔だけど?」


「ホント、姉ちゃんとヤス兄って仲が良いよな。さっさと付き合っちゃえば?」


「っ!? う、うるさいッ、このマセガキ! 私たちは単なる幼馴染み同士であって、そういう関係じゃないの! そもそも私はヤッくんのことを恋愛対象として見てないしっ!」


「じゃ、ヤス兄が誰かと恋人同士になっちゃってもいいのか?」


「っ!? あ、当ったり前じゃないッ!」


「へぇ? ……だってさ、ヤス兄。あんまり気を落とすなよ」


 ショーマはクククと冷笑を浮かべつつ憐れむような瞳でこちらを眺め、俺の肩をポンと叩いた。



 まったく、コイツは何を勘違いしているんだか……。



 確かに俺とチャイの仲が良いのは認めるが、それ以上でもそれ以下でもない。俺だって彼女のことを単なる幼馴染みとしか思っていないし、だからこそ気を落とすこともない。ショーマは深読みしすぎなんだ。



(つづく……)

 

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