第20話 力の反発
クラウス翠神官がほかの神官に呼ばれて神殿前に行ってみると、そこには冬主ネイスクレファが悠然とたっていた。
「おお、ひさしぶりじゃの、クラウス翠神官」
軽い口調でネイスクレファはクラウス翠神官に言う。ネイスクレファが秋島に遊びに来ることは、わりと頻繁にあることだったので、クラウス翠神官も慣れたものだった。
「ネイスクレファ様。ようこそいらっしゃいました」
クラウス翠神官はふかく頭をさげた。
「今日は夏島の夏主レイファルナス様もいらしていて、宴も催される予定なんです。ネイスクレファ様もぜひに」
「宴……か。ほ。優雅なことだの。でも秋島の食べ物は美味しいからの。喜んで出席させてもらう。ところでアレイゼスはどうした?」
「アレイゼス様は先ほどまで砂漠にいましたので、いま湯あみをしています。用意が整い次第、夕食に致しますので、ネイスクレファ様も別室でおまちください」
「あやつも砂漠がすきだの」
半分呆れてネイスクレファは言う。そして、クラウス翠神官のあとに着いて行って、部屋に通された。
「ああ、何か暇をつぶせるものを持ってきてくれると助かるの。本とか雑誌とかな」
「かしこまりました」
クラウス翠神官は巫女に命じて、ネイスクレファに本と飲物を用意させたのだった。
クレスの胸で大人しくなっていたレイが、ぴくん、と震えた。
そして、顔をあげて周囲をみまわす。
「なんか……力の均衡がおかしい……」
「力の均衡?」
「そう。季主の力の均衡が……。もしかしてネイスクレファが秋島にきたのかな」
「ネイスクレファ様……冬島の?」
「そう」
突然、焦りだしたレイにクレスは戸惑う。
「クレス。クレスは私たち季主が自分の浮島を出るとき、力をどうするか知ってる?」
「ああ。浮島にある貴石に力を移すって父さんから聞いた」
クレスの父は大神官、この国一番の重要職なので、色々なことを知っている。
クレスに教えてもいいと思ったことを、話したのだろう。
「そう。貴石に力を移すんだ。でも、私の中でまた力は生まれる。それを自分で留めて他の浮島にいくんだ。そうしないと、他の季主たちの力と私の力がぶつかり合うからね。でも……。私の中で生まれた微量の力が、私の身の内に残る」
「一つ聞いてもいいか? レイの貴石ってなんなんだ? ちょっと気になる」
「サファイア。それが私と一番相性がいい石だから」
相性のいい石? クレスにはよく意味が分からなかった。
暑さを維持するレイの力は、寒さを維持するネイスクレファの力と基本的に相性が悪かった。
結果的に、大気の均衡が崩れるのだ。
「! クレス、湖から離れて!」
レイが急いで立ちあがる。
しかし、クレスは目の前で展開された驚異に、腰をあげることができなくなっていた。
さっきまで凪いでいた湖は、大きく波打って渦を作っていた。
湖上には、つむじ風が舞い上がり、木の葉を空高く舞い上げていく。
それは、たつまきのように
「クレス、逃げて!」
レイとクレスの方へと向かってくる。
レイがクレスを立たせようとするけれど、恐怖に凍り付いたクレスは、動くことが出来なかった。
結果――
ばしゃああ、と思いきり、滝のように大量の湖の水が、レイとクレスに落ちてきた。
「……」
「……」
二人は無言になった。
レイとクレスはびしょぬれだ。レイは濡れた飴色の前髪を細い指でかき分けて、クレスは呆然として、無言で理不尽なこの事件を耐えた。身体中からぽたぽたと水がしたたっている。
「……ごめん、クレス」
「え? なんでレイが謝るんだ?」
「半分くらいは……私のせいだから……。冬主のネイスクレファとは秋島であんまり一緒にいない方がいいんだ」
「……こうなるから?」
「……まれに」
今回だけではないのだろう。レイは諦めのような溜息をはき、脱力した。
「アレイゼスに言って湯あみをさせてもらおう」
レイはびしょぬれの腰までの長い三つ編みを絞りながらうんざりと言った。
クレスも茶色の髪を犬のように振って水気を飛ばす。
秋島の乾いた風がクレスの濡れた身体を撫でていく。
「そうだな。このままじゃ、風邪ひくからな……うう、寒い」
「私は風邪などひかないけどね。クレスは心配だ」
やはり季主というものは風邪もひかないらしい。
「でも今回はこの程度ですんで良かった」
レイはほっと目をつむって溜息をついた。
その後、レイの自室で、レイとネイスクレファの力の関係を、クレスは詳しく教えてもらった。
レイのいる夏島、ネイスクレファのいる冬島では、こういうことは起きないらしい。
自分の土地ということで、双方のどちらかの力が圧倒的に強いから。
そして、主島でもおきないという。それは二人よりも力の強い創造主リアスがいるから。
しかし、秋島と春島で夏主と冬主が会うのは、あまり良くない。
気候が局地的に乱れ、しかもそれは当事者であるレイやネイスクレファを襲ってくるのだ。レイの近くにいたクレスは、巻き込まれたと言っていい。
初めて聞いた季主の力の関係について、クレスは感心するばかりだった。
イラスト
https://kakuyomu.jp/users/urutoramarin/news/16818093075396638776
【コラム 2 貴石とは】
サファイア、エメラルド、ダイアモンド、ルビーを四大貴石といいます。
その他にも貴石の仲間のレアストーンと呼ばれる珍しい宝石はありますが、ここでは四大貴石を指します。『貴石』は現代の日本の言葉ですが、宝石の名前は変えられないですし、変えると分かりにくくなるため、このハイファンタジーの世界でもこのように表現しています。
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