第13話 肖像画の女性
(季主って……どんな存在なんだろう)
眠ろうとしても、クレスの頭にはそんな疑問が湧いていた。
クレスの想像していた季主とは、遥か高みから人間を見下ろす、超常の存在だった。
しかし、いま季主だと分かった相手は、旅の途中で知り合った人間みたいな人だった。
いや、『人』と言っていいのかも分からない。
レイは季主。
ということは、少なくてもこの世界のはじめから、ここにいたことになる。
ウェルファーの歴史は二千年ほどある。
ということは、レイは二千年以上、季主でいるということだ。
それを『生きている』と表現していいのか、クレスは戸惑う。
二千年を生きていける種などあるのだろうか。
季主というものが、何を考えているのかもよく分からなくなる。
いや、でもレイの考えていることは、分かる気がするのだけど。
季主には性別もないのだという。ということは、レイにも生物的な性別はないのだろう。
人間とは根本的に違う種なのだ。
そういえば、レイは飛行船でうなされていたことがあったな、とクレスは思い出した。
病気じゃないと言っていた。夢見が悪かった、と。
夢に見て、あんな風にうなされるようなことが、季主であるレイにもあったのだろうか。
今、レイはちゃんと眠れているのだろうか。
そんなことを思いつつ、クレスは頭が混乱して、目が冴えてきてしまった。
寝返りをうつと、コハクがみゃおん、と鳴く。
「コハク?」
クレスの声に応えるように、コハクはタタタっと小走りに扉の方へ向かった。
そしてクレスの瞳を見ると、器用に扉を押しあけて、すらりと外へと出て行ってしまう。
「コハク、ダメだ、ここは夏神殿なんだから」
夏神殿内を走り回るなんて。
そう思い、コハクを捕まえるためにクレスは寝台から出て、コハクを追いかけた。
コハクは自分がどこへ向かっているのか分かっているように、明確にクレスを導いていく。立ち止まってはクレスを待って、またクレスが追い付くと、コハクは走った。
外を見ると、夏神殿の噴水が月の光に照らされて、銀色に光っている。大輪の花々も、夏神殿から漏れた明かりに照らされていた。
そうして、どこをどう歩いたかも分からなくなったころ、コハクは一つの扉を前足でぱたぱたと叩いて、みゃおみゃお、と鳴いた。
「コハク、ダメだよ」
クレスがコハクを抱き寄せようとすると、扉が少し開いてしまった。
その中から、橙色のともしびが漏れているのが見える。
そして、誰かの声も聞こえた。
あれは、レイの声だ。また、うなされているのだろうか。
クレスは気になって、その部屋の中を覗いてみた。
またうなされていたらと思うと、いてもたってもいられなくなったのだ。
扉の影から中を見る。レイは部屋の中央に置いてある机の上に杯を置いて、酒を飲んでいるようだった。そして、自分の前に置かれた、額に入った小さな女性の肖像画に向かって何か話をしているようだ。金髪で髪の短い女性の肖像画のようだった。
何を話しているのかまでは聞き取れなかった。
ふっとその話声が途切れる。
「何か用?」
レイが厳しい声で扉を振り返った。
「ご、ごめん、レイ。覗くつもりはなかったんだ。でもここまで来たら声が聞こえてきて、もしまた飛行船のときみたいにうなされてたらって思ったら……いてもたってもいられなくなって……見てた」
「クレス? ああ……、別にいいよ。そんなに焦らなくても。私も寝てはいなかったしね」
「すぐに帰るから」
「ねえ、クレス?」
「……なに?」
青い目が心の奥まで貫くようにクレスを凝視した。
「どうして私が
「え?」
「どうして? 理由を聞かせてほしい」
どうして? それは、やっぱり親しい人が苦しんでいるのが嫌だったからだ。
そんなことを聞くなんて、レイは酔っているのだろうか。
「レイが、大事な人だから。苦しんでいる姿なんて見たくなかったから。それが理由。ごめん、本当にここに来るはずじゃなかったんだけど……なりゆきというか……コハクが来たかったみたいで、捕まえるために
「コハク?」
レイがコハクの名を呼ぶとコハクは、みゃーお、と呑気な鳴き声を上げてレイの元へすり寄った。
「ああ、君か。そうか、君は私を心配してくれているんだね。コハクはきっと、私の心が不安定だからクレスを呼んだんだろう。他に呼ぶ相手が分からなかったから」
「不安定……? 俺を呼ぶ?」
レイはコハクの喉を人差し指でなでる。コハクはごろごろと気持ちよさそうな鳴き声をあげた。
「でも、もう大丈夫。コハクは今夜、私が預かろう。クレスも部屋に帰って寝た方がいいよ」
「ああ……。夜遅く悪かったな」
「こちらこそ。それと、リアス様の手紙の返事は、明日の朝、朝食のときに渡す。おやすみ、クレス」
「おやすみ」
レイと挨拶をすると、クレスはレイが呼んだ神官に案内されて、自室へと戻った。
自室へと戻っても、クレスはレイのことを考えていた。
明日にはレイの返事をもらって、夏島から離れ、今度は秋島に向かわなければならない。
レイと離れることが、とても寂しい。
それに、今見たことも気がかりだった。
レイが話しかけていた、肖像画の女性のことだ。
レイの心が不安定だから、コハクがクレスをレイの元へと向かわせた、と言ったことも。
なにもかも謎で、秋島に行くには心残りが多すぎた。
「寝らんねえ……」
クレスはまんじりともせずに、つぎの日の朝を迎えた。
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