加害者家族と被害者家族の世界。

第1話 叶 誠。

《何か、匂わね?》

『あー匂うわ』

「発情の匂いじゃね?」


「お前らガタガタ騒ぐな。鈴木、薬貰いに行きなさい、小島、付き添ってやって」


《はい、行こう》

『すみません、ありがとうございます』


《アレ、デキてるんじゃね?》

『つか今から』

「授業続けるぞー」


 俺はココで教師をさせられている。


 全ては償いの為。

 泣く泣く、致し方無く、敢えて悪しき見本市の様な地区で働かされている。


 性善説や性悪説、それと番に関する実験場。


 性善説の説明は省くが、まぁ、コレでお察しだろう。

 道徳教育、性教育も含め教える知識は最低限、負の遺産と共に種を継続させる場所。


「お、戻って来た」

《もうヤッたのかよ、早っ》

「お前ら、授業の邪魔をするのは、内申点が下がるの覚悟してやってるんだよな」


《さーせーん》

「静かにしまーす」


 コイツら、コレでも高校生だ。


 で、コレの出荷先は各地区、悪しき見本として活躍する為にのみ国と組織により生かされている。

 それを何故、俺が知っているか。


 俺は元は他の地区で育った。

 両親のせいで一緒にココへと飛ばされ、親を恨み、親戚に助けを求めた。


 だが救いに訪れたのは組織。


 親の因果が子に報う。

 その言葉の後に、俺の両親がしてきた事を知った。


 ウチの両親はαとΩ。

 その事を悪用し、αの支配下に在ったとして小さな情報漏洩から始まり、窃盗や悪戯。


 果てはΩやαのフェロモンを使い、相手が居る者を次々に不貞に誘い込み、1つの家を壊した。


 俺の友達の家庭を壊していた。

 唯一の異性の友人だった、同じ図書委員の伊藤 叶子かなこの両親は離婚、叶子かなこは家から出られなくなっていた。


 親の因果が子に報う。


 俺は全く知らなかった。

 少し意志の弱い母と、少し気が強い父、単にそうとしか思っていなかった。


 けれど、道徳的には俺も負わなければならない。

 もし親の因果が子に報いないと分かれば、バカはやりたい放題に振る舞う、逆に恩を売る事もしなくなる。


 因果に良いも悪いも無い、あくまでも1つの現象。

 情けは人の為ならず、そう思ってこそ恩を売り、仇を避ける。


 それが道徳、の筈だった。


 父と母はαとΩ、そうしたカビの影響分類を言い訳にしただけ、バカは言い訳しか考えない。

 その先がどうなるか、全く、考えもしない。




「ただいま」


『あぁ、帰ったか』

「母さんは」


『さぁな』


 嘗て人は酒が安く飲めていたらしい。

 父も、そうした世代、酒でストレスを発散していた世代の親に育てられていた。


 だからこそ密造酒でも捕まり、多額の罰金を支払い強制的にカウンセリングも受けさせられた。


 今は薬用以外、嗜好品の酒には高額な課税がなされており、次も密造酒が見付かれば今度は刑務所に行く事になる。


 だからこそ、酒と愚かな行為以外に趣味の無い父は、こうして日暮れに猫を撫でるだけ。

 食事の用意すら出来無い平凡なαは、ただ妻の帰りを待つだけ。


「何か作ろうか」


『肉じゃがを作ろうとしていたらしい、鍋を冷蔵庫に入れてある』

「あぁ、ならカレーかも知れないし、シチューにしとくわ、キノコシチュー」


『あぁ、頼んだ』


 家庭科で教わった、最低限の料理。

 肉は使わず、野菜とキノコを入れるだけ。


 カビの仲間、キノコ。

 カビやコイツらの方がまだ賢い、害すれば害される事を良く理解しているんだから。


 カビとキノコの違いは僅か、菌界に属す菌類、胞子を作る子実体が目に見えるかどうか。


 カビのお陰で美味いチーズが食えたり、トリュフが食えたり。

 共生関係は今に始まった事じゃない、それこそペニシリンも。


 人と人の方が、よっぽど共生関係が下手だ。

 害すれば害される、それは自分だけじゃない、子供にも。


「はい」


『あぁ、食うか』

「うん、頂きます」


 本当はグラタンにしたかった、けれどあまり手が込んだ料理を作ると母が発狂する、Ωだから劣っているのかと馬鹿にするつもりなのかと。


 真の支配者は母。

 母の機嫌を取る為、父は喜んで従っていただけ。


 バカなΩとバカなα。


 そのバカなΩ母は、と言うと。


《あら、来てたのね》

「今日は少し遅くなったからメシを食わせて貰おうかと思って、鍋はそのまま冷蔵庫に有るよ」


《そう》


 バカなΩは、物理的に去勢される。

 生殖器官の全てを切り取られ、辛うじて尿道のみ、2度と発情しない。


 だからなのか、父は全く反応しなくなり、母はもう1つの排泄器官を使って他の男と遊び続けている。


 愛が有れば、苦難すら乗り越えられる。

 とか言っていたが、コレだ。


 何が愛だ、何が番だ。


 本当に愛しているなら、本当に運命の番なら、幸せそうに過ごせよ。

 男のβから奪ってまで結婚したんだから。




かのう君》


 どうして、彼女がココに。


「伊藤 叶子かなこさん」

《まさかのフルネーム、お久し振りです、かのう まこと君》


 初恋だった。

 けれど結婚すれば、かのう 叶子かなこになってしまうねと、そうした冗談も言えた相手。


 けれど、俺の両親が壊した。


「すみませんでした」


《アナタのせいじゃ》

「親の因果が子に報う。俺の親の事は俺の罪でもある、例え知らなかったとしても、俺の親はアレだから」


《本当に知らなかったんだね、何も》

「全く、何も知らなかった」


《手紙、別人みたいで、それに君の筆跡をあまり知らなかったから。ごめん、暫く少しだけ疑ってた、家族なんだから分かる筈だって。私、離婚してね、ココには気晴らしに来たんだ》

「こんな所、来ない方が良い、クソみたいにくだらない場所なんだから」


《えー、でも長閑さと都会が良い具合に》

「本当に、間違ってもココの男を、女でも相手にしない方が良い。本当にクソなんだ」


《でもコレ、当たっちゃったから》


 彼女が渡して来たのは、この地区が発行した無料宿泊券。

 5日分も。


「金なら俺が出すから、別の地区に」

《会いに来たんだよ、君に、話し合いたいと思って》


 嬉しさと不安でグチャグチャな中、遠くで雷鳴が鳴り、甘い湿気の匂いが。


 いや、コレは彼女から。

 αだった彼女は、Ωに。


「君、分類が」

《バレるか、そうだよね、お父さんはαなんだもんね》


「だとしても、いや、本当にココは不味い。本気で治安が悪いんだ」

《公共施設の人は普通だったし、警官はマトモでしょ?》


「けど、民度が低過ぎて」

《大丈夫、発情期が終わってから来たし、薬も持って来てるし飲んでる》


「話し合う、だから出来るだけ早く帰ってくれ、ココは君には危険過ぎる」


《分かった、じゃあ泊まってるホテルからは出ない》


「それもそれで」

《君が名物を食べさせるなり、案内するなりすれば。あ、いや、ごめん、流石に相手が居るよね》


 本当の事を答えたら、もしかすれば罪悪感を。


「いや、この前別れた」

《なら同じ、じゃないか、子供は?》


「いや、けど君は」

《居るよ、男の子、向こうに引き取って貰っ。あ、呼び止めといて何だけど、コレから用事?》


「いや、親の家に寄って、コレから」

《となると一人暮らし?》


「まぁ」

《なら遊びに行く、明日は仕事?》


「明日は休みだけど」

《追い返すにしても、タクシーを待つまで家に上げるか、君が送ってくれても構わないよ?》


「少し、片付けを」

《気にしない気にしない、ウチだってもうグチャグチャだったし、暑いしあげてくれない?》


「分かった」

《ありがとう》




 良い匂い。

 Ωになったからこそ、前よりも良い匂いに感じる。


「近い」

《良い匂いだね誠君》


「いや、コレは単なる加齢臭で」

《前から良い匂いだったけど、増してる》


「前」

《相性が良かったんだろうね、なのにね、他の人と結婚しちゃった》


 好きだったけど、あまりに嫌な事が多過ぎて、遠過ぎて諦めてしまった。

 そして何となく付き合った人と、何となく結婚して、子供を産んだ。


 けれど、全く相性を気にしなかったせいか、失敗した。


「その、離婚の」

《相手の浮気、今頃はもう生まれてるんじゃないかな》


「は?」

《匂いなんて、相性なんて気にして無かったけど、良い匂いの良い相手に出会ったって紹介されたのよね。もう産むしか無い週に入ってて、私が引き留めると思ってたらしいんだけど、条件付きで即答したんだよね。私が子供を育てると思ってたらしくて凄い驚いてたけど、向こうが子供を引き取る事と慰謝料多めで手を打って、終わり。仕事も辞めてたし、折角だと思って》


「未練は」

《私もそこまで良い匂いじゃないなと思ってたし、それって寧ろ当たり前だと思ってたんだよね、お見合いでもそう良い匂いの相手に巡り合えなかったし。だから気持ちが分かるから、ね》


「子供は」

《大丈夫、一夫多妻とか嫌いなご両親だから同居になったんだ、だから息子は大丈夫。凄く相手に似てるから、可愛がってくれた良い人達なんだけど、ね。気付けなかったんだ、本当》


 諦めたり許せなかったりしたのは、もし家族なら、一緒に住んでれば気付けたんじゃないかって。


 けど、自分がこうして浮気されてみて初めて、良く分かった。

 コッチが相手を信じてて、向こうが完璧に隠そうとしてたら、協力者が居ればバレ無い。


「すまなかった」

《ううん、コチラこそごめんね。今は何してるの?》


「教師」

《凄い、大変じゃない?》


「ココは本当に、嫌になる」


《もう、出れば?私はもう許したよ?》


 私の両親の事は、もう。


「それは」

《お母さんもクソもβだし、お母さんはもう再婚したし、アレは弟が監視してるけど大人しいから大丈夫》


「なら弟さんにも」

《アレのせいなのか。結婚する気は無い、多分アセクかノンセクだ、Σだったら良かったのにって。大丈夫、真っ先に許してたのは弟だから。ね?一緒に帰ろう》




 ずっと、許されるなら逃げ出したいと思っていた。

 この地獄から抜け出したい、せめて穏やかな地区に移り住みたい、と。


 けれど。


「ありがとう、でも、俺が居なくなったら」

《代わりは、後任が来ないワケじゃないでしょ?》


「まぁ」

《もう直ぐ夏休みでしょ?今から直ぐは無理でも、何とかならない?》


 任期は決まってはいなかった。

 俺は聞く必要が無いと思っていたし、聞いてどうにかなる事も無いから、と。


 けれど、もし、許されるなら。


 いや、彼女は本当に俺を許しているんだろうか。

 俺の罪悪感を試しているだけじゃ。


 それか組織が忠誠心を疑っての事か、又はそれらを含む他の策も有るのか。


「ありがとう、ただもう、俺の事は気にしないでくれ」


《他に好きな人が居るの?》

「いや、いや」


《ならココを出よう、最悪で嫌なんでしょ?もう自分を罰しないで良いんだよ》


 そして君が俺を罰するんだろうか。


 なら、それもそれで良いのかも知れない。


「分かった、確認してみるが」

《はい、じゃあ今直ぐ、はい》


 許せなくても仕方無い。

 俺だって未だに両親を許せて無いんだからな。

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