第7話 真相の種

「今日はこちらに泊まっていらしてください」


 としきりに勧める空の誘いを、宿を予約してしまったから、の一点張りで振り切って、湊たち三人はビジネスホテルに移動していた。観光地のホテルであるだけに安宿とは言えそれなりに豪勢な部屋の、ツインベッドにそれぞれ腰かけ、うなだれる。


「殊の外重い話だったな」

「そうだね…」


 あんな話を聞いた後で、渦中の当人と同じ屋根の下などさすがに身が休まらない。ちゃんと宿を取っておいてよかった、と二人言い合いながら、ルームサービスを片っ端から頼もうとするイジをとりあえず備え付けの電話から引き離した。




 空の話の要点は大体こんな感じだ。

 二年前のシンギュラリティ事件において、莉桜が被害者となったのはAVRの根幹をなすナノマシンを吸い込み、体に蓄積させていった結果である。しかし、体に異物を溜めこんでいたのは莉桜だけではなかった。どうやら似たような体質であったらしい空も、呼吸の度にナノマシンを吸い込み、それを肺に蓄積させていた。

 そしてマシンの誤動作により、空は肺を痛めた。結果重度の肺炎を招き、しかし人工呼吸器の取り付けを拒んだ空は、そのまま命の灯を消さんとしている。


 同じ体質で苦しんだ莉桜にも、もうこれ以上機械に体を蝕まれたくないという空の意向は理解出来た。それでも、二年間以上共に過ごした、それも莉桜にとっては数少ない友人を失う事が耐えられなかったらしい。

 AI”アグリノーツ”は亜久里を原点としていた。そのAIの残骸と空から取ったデータを基に作られたのが、AI”アグリノーツ遺児”――イジなのである。




 部屋に併設されているバスルームで簡単にシャワーだけ浴びて、三人はぐったりとベッドに横たわった。湊と日向は長旅の疲れを隠せない様子であるし、ヒューマノイドである筈のイジもなぜか眠そうにうつらうつらしている。もう瞼がしっかり開いていないイジを寝かせて布団を掛けてやりながら、湊は不思議そうにその顔を見つめた。

 まるで本当の親子か姉妹であるかに見える二人をぼんやり眺めながら、日向も同じことを考えていたらしい。


「イジって、AIだかロボットだかって言う割に随分人間っぽいよな」


 とこぼす。

 添い寝してイジの頭を撫でつつ、湊も応じる。


「だね。見た目もそうだけど、ご飯めちゃくちゃ食べるし普通に眠るし」

「空さんの話だと、それらもAIとして私らのやってる事を真似て学習してるだけって話だったけど…」

「でも、私の作った食事、本当に美味しそうに食べてくれるんだよ」

「それも嘘だと思いたくは…ねえな」


 大きな欠伸を漏らし、日向は首を振る。


「まあ、寝ようぜ。明日また帰る前に空さんの所に寄ろう」

「通話で済む話をわざわざ京都に来た目的があるんだよね?」

「うん…私もこの目で見るまで何とも言えんけど」

「日向がそう言うなら任せる。じゃあおやすみ」

「おやすみ…」


 やがて三人分の寝息が安らかに部屋に満ちて行く。

 その一人分が不意に消え、少女は暗がりの中体を起こした。


「悪いな、湊。こんな事、お前に言えなかった」


 そして荷物の中から取り出した何らかの器具を、寝ているイジの腕に突き立てる。赤い液体が滲み出し、日向はその液体を別の器具でサンプリングすると、保冷剤で包み、鞄の中に押し込む。そして深いため息を吐いた。


「言えるわけない。イジは生身の人間、それも空さんのクローンだと思われる、なんて」




 翌日、昼。一日に満たない時間しか京都に居なかった三人は、観光もそこそこに旅先を発とうとしていた。首都と地方を結ぶ寝台車の本数は決して多くはない。これを逃せば明日のオンライン授業に間に合うよう帰宅する事も出来なくなるから、急ぎ足の旅も致し方なかった。


「いや、すんまセんね、あっししか出迎えにこれなくて」


 駅のホームにて、相変わらず気味の悪い笑顔を浮かべるテンジンと、彼に対する拒絶感をあらわにする湊、イジ。それを気のない風に眺めて、また溜息を吐く日向である。


「いい加減にしろよお前ら。私にあんまり迷惑を掛けるな」

「…すみません…」

「めいわくかけるのよくない。おぼえた」

「よし」

「最近オタクも市民権を得たと思ってたんスけどねえ」

「テンジンさんも自重して下さいよ、普通に振る舞えるんでしょ」

「…いや、俺の見た目でしゃきしゃき喋ってもモテないじゃない?」


 急に清潔感を出し始めるテンジン。


「だったらキャラ立ちしてたほうが良いかと思って」

「何がいいのか全くわかんねえんすけど」

「テンジンさん、そのほうがずっといいですよ。ホントに」

「さわやかなおのこ」

「そう? じゃあまたキャラ変しようかなあ」


 体面上平和に解散し、三人はテンジンに手を振りながら列車に乗り込んだ。ここに来た時と同じように、静かにホームから滑り出した寝台車は東京に舵を切るのだった。




「よぉ、テンジン。あの子たち引き上げたかぁ?」


 物陰からスーツ姿の女性が這い出してくる。

 テンジンはそれを見てちょっと苦笑し、


「真琴さんもキャラ変したほうがいいんじゃない?」


 と言い放つ。無視して大股に歩き寄ってくると、真琴は腕組みをして唸った。


「しっかしこの所やけにいろんな奴らが私の事嗅ぎまわってると思ってたが、莉桜がここまで大事始めてっとはなぁ?」

「真琴さんにも相談なかったんだよね? これはかなり追い詰められてるんじゃないかな、莉桜さん」

「だなぁ。さて、どうしてやるのが良いかねぇ…。じゃあ、あたしもそろそろ帰るわぁ。空によろしく言っといてくれぇ?」


 やがて手を振り合って別れると、真琴も次の便に乗り首都に切り上げて行った。少し顔を曇らせてそれを見送ったテンジンだが、おもむろに軽薄そうないつもの物腰に戻ると、ひょいひょいと効果音が付きそうな足取りで空の元へと帰って行ったのである。

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