こたつ理論
こたつと言うものは、古くは、掘り炬燵が、主流であったが
現代の家庭環境を、顧みて、そのほとんどが、都会では、電化製品へと、シフトチェンジされた
その悪魔の布団と、名高い
寒さが断絶されたパラダイスは、決して、そこで寝ると、健康にはよくないと言う俗説が、有名である
「それにしても、サトウが、旅行に行くなんて、驚きだよな」
金髪と、茶髪が、混じったような男が、隣の席の赤い座椅子に、背を、預けて、寝ている
肩ほどの髪の女性に、声をかけたが、寝ているので、返答はない
「なあ、そうだよな、雪だるま」
そう呼ばれた、大柄の太った男は、先ほどまで来ていたジャンパーが、バス内では、自分を、必要以上に、高温化させて、暑苦しい事に気が付き、早々に、脱いで、座椅子の上の棚に、置いてしまった、その体躯は、二人分ほどの横幅を有していたが
幸いにして、事前に、伝えていたこともあり
一番後ろの区切りの無い席で、悠々自適と言う風である
パウダースノーが消えて久しく
ただ、後は、春の野原を、待つばかりのこのスキー場へと言う
夜行バスに乗る人間は、それこそ、もともと多くはない
良い雪質で、滑りたい人は、それこそ、十二月以降二月以前と言う時期を狙うが
彼らが、九時ごろに出発したこのバスが、向かう先は、三月の中旬
酷いざらついたザラ目のような雪質でも良いと言う
狂ったスキーヤーか、そんなことはどおでもいい家族連れくらいであろう
そして、この後部座席に、まとまっている連中も
後者の仲間であり
ひとえに、大学が終わりを迎え、その旅行として、ようやく最後の一人の
就職を、決めたその翌日に、ぎりぎりに、出発したと言う訳であった
「それにしても、俺たちの中じゃ、もう、旅行なんて言えず、ただ、お通夜のような、宅のみをするべきかどうかを、思案していたが、実にめでたいじゃないか
これからが、どうなるかは、全く分からないが」
不吉なことを言うなよ
酒を、飲み乍ら、茶髪が言う
「しかし、金茶、お前も、かなり危なかったじゃないか
結局、彼女と、別れて、一段落したが、しかし、お前も、実に、良く、引きずる野郎だ」
誰が、野郎だ、誰が
金茶と、呼ばれた奴は、ビールを、煽りながら、全く冷めたような表情を、暗い社外へと向かわす
運転席は、もちろんカーテンはないが
しかし、まばらに、紫が薄い
その小さな窓を覆うカーテンが、時折、一番後ろの彼らからは、揺れているのが見えた
「俺は、男だから、野郎で、合って居るんだよ、何か、それとも、やろうと言わず、何かもっといいようでもあるっていうのか」
笑っていない目に、口元がわずかに、歪んでいる
そんな男を、冷めたような、四角く区切った、両ガラスの眼鏡から、二つのまん丸の何も考えてい無さそうな、黒い点が、その男を見て
「悪かったよ」と、言いながら、直ぐに別の食べ物を、その口に、お菓子を、頬りこんだ
「しかし、僕たちも、良く、離れず別れず、旅行なんて、しているね
実に奇妙なものだよ」
雪だるまと呼ばれた男は、セーターの腹を、撫でながら
しんみりと
焼酎を、飲んでいる
誰かが、それを、親爺かと、突っ込みを入れているが
だれも、それを、不思議とは、思わなかった
それほど、この雪だるまは、この酒しか飲めなかったからである
彼らが、寝息を、一人また一人と、バスの揺れか、はたまた、パーキングエリアに止まった際の休憩中か
次第に、目をとろけさせ、心音は、一定に、響き始めた
辺りが、ぼんやりと、青く光りだし
もうスキーをしなければいけないような、雰囲気を、醸し出し始めたころ
運転手のどうまごえが、車内に、マイクを、通じて、響きだした
「ただいま、十島スキー場 温泉跡地に、あと三十分ほどで、到着いたします
お荷物の用意を、お願いいたします
なお、途中バスが、停車することはございませんので、ご注意ください」
一人、深夜で、一番初めに、目を閉じた、口紅と、通称呼ばれる
女が、目を覚ます、その細く鋭くとがった
三角目は、三人を、ぼんやりとみて、明るくなり始めた
表を、ガラス越しの暖房の利いた、バスの中で、目にしていた
もうひと眠りをしてもよかったが
バスを降りたらすぐに、予約していた
スキー板を、レンタルする店に、行かなければならない
そののちに、直ぐに、スキー場に行くことになるだろう
時は、金なりと言うが
しかし、これがもうすぐ失われてしまうとは、実に悲しい物だ
大学も、忙しくなかったと言えば、嘘にはなるが
ぼんやりと、背を、また、椅子に預け
三人を見る
実に、風変りしてしまったものだ
隣の男を見ながら
目の前の椅子に縛ったペットボトルを、開けて、口をつけた
乾いた唇が、水分で、絞めるのを感じる
まるで、毛細血管現象により生き返るジェリコのように、感じられたが
しかし、残念ながら、リップを塗らない、この女の唇は、普段から、裂けやすく
わずかに、血の味を、感じていた
「おい、雪だるま、起きろ、置いて行くぞ」
手始めに、一番温厚であろう、この男を、起こすことで、全員を、起こしてもらおうと、がさくしたが
一向に、この巨体は、目を覚まさず、それどころか、石像のように、動かない
仕方なく、隣の眼鏡を見る
これも、席が空いているのをいいことに、靴を脱いで、最後尾の長い椅子の隅に、差しを、雪だるまのほうへと、投げ出して寝ている
仕方なく、横を見て、首を傾げた
こいつも、寝ていると思ったが
妙に、思う所があったのだ
それが、何かは、分からない
毛布を、軽くかぶってはいたが、やけに、静かな、風である
どうしたのであろうか
彼女は、外を見て、首を傾げたとき
手元の携帯が、ブゥーと、音を立てた
彼女の目が一瞬大きく見開かれ
その細い目が、縦に、糸のように、歪んだように見えた
「いやー、大変やったなルージュ
宿は、取っておいたさかい」
目の前のでっぷり太った宿のはっぴきを着た
男を、ルージュと言われた大学生は、見ていた
横の荷台の上には、まるで、座布団のように、人間が、積み重ねられている
この場所は、冷える
わずかに開いた、口から洩れると息が、辺りを、スーッと白い糸が横切ったように、通る
最後に、ガスマスクを、口元に、当てた
運転手が、引きずりだされた
女の目が、縦に、真っ赤に見える
「なあ、おっちゃん、こいつ、ちょっと、もらってもええか」
その男は、軽くうなずく
山になった、荷台は、別の部下に運ばせ、自分は一人、バスの中を見る
「しかし、えげつないバスやで、窓がすべて、シリコンで、埋められているし
換気口は、ふさがれているし
幾ら、あったかかっても、あまり、よろし、おまへんな」
背後で、女のつぶやきが聞こえる
ルージュの口元が、赤く濡れている
男の皮膚が、ゆっくりと、地面に落ちる
「なあ、あんたたち、ようやく変われるって、時に」
背後の三人の変化において、口紅と呼ばれた人間は、ただ、殺戮を、宛がったのである
「しかし、ルージュちゃんも、せっかちなもんやで、まさか、自分と同じで、死んだと思うなんて、せっかちやな」
男の太鼓腹を、横目に、蘇生される三人を見る
近くに、別の建物があり
そこで、色々と、あの運転手は、お楽しみを、行おうとしていたらしい
いろいろな、器具が、ある中、豆炭が、小屋には、大量に、備蓄されていた
「なあ、ルージュ、もうやめいな、誰かが起きて、そんな姿見られたら、事でっしゃろ」
心肺蘇生が、森の中に響く
最後に、カザキリ音のような声が、運転手の最後の断末魔であった
「しかし、なんて、目覚めの悪い寝起きなんだ、やはり、バス旅行なんて、大人のやるものでは、無いかもしれあないな」
眼鏡が、いつもよりも、感情のこもった眼を、ゆらゆらさせながら、辺りを見渡しながら歩く
さすがに時期は外れているとはいえ、シーズン中の温泉跡地である
辺りには、ごみごみとした人が歩いている
「まあ、そう言うなよ、酒のせいかもしれん」
男は、そう言いながら、歩く
「ちょっと、待ってくれよ」
ジャンバーを、忘れた雪だるまは、一人、連絡のつかないバスを待ちながら
彼らを、追いかけるのであった
「まったく」
先頭を、レンタルショップへ目指す彼女の目は、やはり細く、寝不足のように、見えるのであった
しかし、男は考える
どうして、失敗したのだろうか
本当であれば、あいつは、死んでいても、おかしくなかったはずだ
俺は、あいつに、薬を、あの焼酎の瓶の中に居れたのだ
横の女にも、睡眠薬を、入れてある
眼鏡は、気取って、なにも飲まないだろうから、食べ物に、混ぜた
全ては、それで、片が付くはずだった
全て、私を、馬鹿にした、こいつらが悪い
私を、いや、俺を
特に、眼鏡の、悪癖と言うか、物事が、正しければいいと考えているのが、本当に、腹が立つ
あいつなんて、雪だるまに、潰されて死んだことにしてしまえば、良かった
奪ったんだから、それでいいのだ
私を俺を、貶し
そして、俺から、彼女を、奪った
結果的に、その報いは、ここで、全ては、結実される、はずだった
あの温かい、箱の中で、ハウスのような、機構の中で
しかしやけに、胸が痛い
頭が、吐き気がする
今、はいっていった、ルージュは、一人だけ、やけに、元気そうに見える寝ていたせいか
しかし、店員の声は、やけにうるさい
男は、そう思いながら、店の扉を、くぐって行く
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