第7話 キャッチャー・イン・ザ・ライ
「すご~い!」
「わぁー」
「上手いなぁ」
「はぁ……」
「キレイ……」
「凄いなぁ」
「可愛い」
カスミちゃんの演奏を聴くこの群衆はため息を漏らすように感想を口々に言っている。
僕は耳を疑った。
これのどこが凄いんだ?
流行りのJ-POPを弾く彼女のピアノの音は聴くに
ピアノを力任せにぶっ叩いてるだけじゃないか?
バックハウスのような麗しい響きとは似ても似つかない。本当に同じピアノという楽器なのだろうか?勿論、ピアノの種類やメーカーは違うかもしれないが、それにしても酷かった。聴く者を攻撃し、嘲り、糞尿を撒き散らすに等しい演奏だった。
ピアノをなんだと思ってるんだ?
僕は激しい苛立ちを覚える。
これを素晴らしいと聴いている者達にも同様に怒りを覚えた。
お前らの耳は何なんだ?何の為についている?こんな演奏のどこにうっとりする要素があるんだ?今すぐ足元に転がる小石をアイツに投げろよ!この演奏を止めさせろよ!中学生の頃の僕にしたみたいに!!
250万人の登録者も頭がおかしいのか?
僕は、この場から逃げるようにして去った。そして直ぐにイヤホンをつけて、穢らわしいピアノの音を美しい響きで覆い隠した。
僕は家へ着くと、さっきの出来事を思い返す。憤りが腹の底から甦ってくるようだった。自然と呼吸が荒くなり、誰かを無性に傷付けたくて仕方がなくなった。しかし、このことについて今日のCDショップと昨日のコンビニ前の出来事を思い出す。
僕はゴクリと喉を鳴らし、スマホを操作して椎名町45の曲を聴く。
イントロ、メンバーの一人一人の歌声とアンサンブル。
「ダメだッ!!」
僕は停止ボタンを押して曲を中断した。そしてイヤホンを耳に装着してバックハウスの奏でる曲を聴いた。どうして今まで何事も思うことなくこんな曲を聴くことができたんだ?今度はなんとなく、男性アイドルの曲を聴いてみようと考えた。
もう既に、活動休止をしている5人組の国民的アイドルだ。
イントロとメンバーの声を聴いた僕はやはり最後まで聴くことができなかった。どうしてこんなにも情けない声が出せるんだ?
今まで何とも思わなかったモノ、いや楽しんで聴いていたモノに対して、深く憤る自分がいる。昔と変わってしまったことになんだか恐怖すら感じ始めた。
漫画!漫画はどうだ?小説は?映画は?
僕は眠らずに自分が今まで見ていた、読んでいた作品をネットから引っ張り出した。変わってしまったのは音楽に関してだけなのか確認したかったのだ。僕は崖の上で遊ぶ少年達が、崖から落ちぬよう気を配るように1コマ1コマ、1ページ1ページ、1シーン1シーンを鑑賞した。どれもが人気作で流行った作品だ。僕も楽しく鑑賞していた筈なのだが怒りを覚える。
いくつか作品を鑑賞してわかったことがあった。どうして怒りを覚えるのか。
それは意味のないモノだったからだ。
吾妻さんの死を目撃して、僕は自分もこの死体同様に意味のないモノであると認識してしまった。そのせいで、音楽や漫画や小説や映画に意味を見いだせないでいる。そして僕同様に意味のないモノを周囲が持て囃す現象、その意味のないモノでお金を儲け、他者からの寵愛を甘んじて受ける者達への嫉妬により僕は怒りで狂いそうになるのだ。
どうしてこんな作品が!?
絶対的な悪なんてこの世にはいない。それを成敗する正義の味方もいない。華麗なる殺人事件のトリックにそれを暴く名探偵?チートを使ってたくさんの人に尊敬される?そんなの僕の人生になんら影響を及ぼさない。ただのストレス解消に過ぎない。そんなストレス解消ごときで次の日も、そのまた次の日も正常に生きていくことなんて今の僕にはまるでできない。
それなのに意味のあるバックハウスの演奏とベートーヴェンのピアノソナタの再生回数は一番多くても50万回程度であり、あとは10万回、1万回以下の動画もあった。
ゴミみたいな演奏と音楽が1億回以上も再生され、暴利を貪り、同じく何者でもない者の筈なのに、運が良かっただけ、顔が良いだけで僕を見下してくる。
世の中狂っている。
多大な利益は真に努力し、頂に立てた者だけが得られる権利の筈だ。
アイドル?ユーチューバー?ふざけるな!みんなただのインチキ野郎じゃないか!?
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