サルとゴリラ(全3話)

サルとゴリラ①

26年前、9歳の少年・ 猿井 猛さるい たけるは父親に連れられ、アフリカのコンゴ共和国に来ていた。目的は熱帯雨林に生息する世界最大級のゴリラ、ヒガシローランドゴリラの観察。猿井の父は熱心な生物学者で、ゴリラの研究を専門にしている。猿井も父からゴリラの話をよく聞かされており、実物を見るのを楽しみにしていた。


一方で、ゴリラたちとしては自分の生活を覗かれることになるのだから、いい迷惑だろう。警戒して襲いかかるかもしれない。万が一の事態に備え、猿井父子の旅にはハンター・ 増羅 門吉ましら もんきちが同行している。猟銃を持ち、迷彩服を着た中年男性で、左頬に10cmはあろう引っかき傷が4本付いている。



猿井「増羅さん、ほっぺた、なんで怪我したの?」



密林の道中、先頭を歩く増羅に背後から質問する猿井。ある程度年をとった大人なら相手に配慮して傷のことは見て見ぬふりをするだろう。だが幼い猿井は良くも悪くも純粋だ。しかも学者の息子。気になることは追求したくなる。


歩みを止めて振り返り、猿井を見下ろす増羅。



増羅「6年前、ベンガルトラに襲われたんだ。上からのしかかられて、引っかかれた。もちろんしっかり始末したけどね。お坊ちゃん、興味があるのかい?服の下はもっとひどいぞ。見るか?」


猿井「いやいいよ……」



増羅は前方へ向き直り、再び歩き始める。猿井は数歩後ろに下がり、最後尾にいる父の右隣に並んだ。



猿井「父さん、ゴリラ、近くにいるかな?」


父「うーん、まだ遠いだろうな。ゴリラはボスを筆頭に十数頭の群れで行動する。それだけの数で動けば、足跡や糞のような痕跡が必ず残るはずだ。それがまだ見つからんのでな」


猿井「バナナを持って歩けば近づいて来る?」


父「ゴリラはそこまでマヌケじゃないし、見かけによらずとても警戒心が強くて繊細だ。向こうから近づいて来ることはない。それに、こちらから近づいて怖がらせてもいけないよ」


猿井「どうしても間近でゴリラが見たいんだ!あのピンと張った胸筋に触りたい!」


父「お前のゴリラ好きは筋金入りだなぁ。もはや子ゴリラと言っても差し支えない。だが野性のゴリラに近づくのは危険なこと。殴られれば人間なんてひとたまりもない。気づいたらあの世だろうな」


猿井「好きなのに近寄れない、か。まるで恋みだいだ」


父「はっはっはっ!ケツの青い9歳児が恋を語るか!でもまぁ、ゴリラに愛情や敬意を持って接するというのは大切なことだ。父さんたち学者もそれを忘れないようにしている。お前も同じようにすれば、ゴリラと出会えるはずだ」


猿井「愛情と敬意……うん、分かった」



増羅が歩みを止める。



増羅「そろそろ日が落ちてくる。ここで野営しましょう」


猿井と父は背負っているリュックサックを地面に下ろし、キャンプの準備に取り掛かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る