爆弾魔シゲミ VS 陰キャ高校生トシキ

フキヤドクガエルビル東側4階。広いフロアの中心に立つ、市目鯖しめさば高校のブレザーを着たトシキ。5mほど間隔を空けて、シゲミとトシキが向かい合う。


トシキ「シゲミちゃんとは、遅かれ早かれ戦うときが来ると思っていたんだ」


シゲミ「どうして?」


トシキ「ポコポコ教の目的がキミの活動と相反あいはんするからだよ。ポコポコ教は、死の苦しみなく幽霊になることを目指す教団」


シゲミ「……」


トシキ「まるで『何言ってんだこのバッタ野郎』って表情だね。せっかくだから教えてあげるよ。ポコポコ様は生き物の肉体から魂だけを引き剥がし、死の痛みや苦しみなく他人を幽霊にできる能力を持った、古代の人間なんだ」


シゲミ「へぇ、そう」


トシキ「人生は常に不安との戦い。病にかかる不安。怪我をする不安。孤独になる不安。貧困に陥る不安。それらは全て死が源にある。病や怪我で死にたくない。死に直面しても誰も助けてくれないのは怖い。反吐が出るほどやりたくない仕事でも飢え死にするよりはマシだし、食うためには金が必要だから働く。すなわち死を超越できれば、人間が感じる不安や恐怖心は全て消えるってことさ」


シゲミ「その結論が幽霊になるということ?」


トシキ「その通り。幽霊になり、死という束縛から解放されること。しかし幽霊になるには命を絶たなければならない。その苦しみを乗り越える技を持つのがポコポコ様なんだよ」


シゲミ「で、そのポコポコ様をみんなでよみがえらせようっていうのが、ポコポコ教の実態ってことね」


トシキ「死への不安は誰もが抱えている。つまり誰もがポコポコ教の信者になり得るんだよ。ボクもしかり。……邪気を感じるかい?」


シゲミ「ええ。上の階に進むほど嫌な気配が強まってる」


トシキ「今、世界中の信者が祈りを捧げている。その祈りはポコポコ様がこの世に降臨する力となる……この強まる邪気こそ、ポコポコ様が段々と依代よりしろの人間に乗り移っている証だよ」


シゲミ「トシキくんの言う通り、やはり私とは相入れないわね。それは幽霊になることを目指す教団と、幽霊専門の殺し屋だからじゃない。考え方が違うから。私は不安や恐怖を自分の力で乗り越える。ポコポコ様の力なんて借りない」


トシキは鼻から息を大きく吸い込み、思い切り吐き出す。


トシキ「シゲミちゃん、やっぱりキミはとても強い人だ。ボクじゃ到底太刀打ちできないな。でもポコポコ教の幹部として、ポコポコ様と信者たちのためにキミを倒さなければならない。そこで考えたんだ。苦肉の策ってやつだよ」


トシキは右手でスボンのポケットから回転式拳銃ニューナンブを取り出し、銃口を自分のこめかみに突き付ける。


トシキ「ここで死に、幽霊になる。本当はポコポコ様に頼んで苦しい思いをせず幽霊になる予定だったけど、少しくらい辛抱するさ。これまでにボクがポコポコ教に入信させた信者の数は1048人。これだけの貢献量と、今このビル内に充満している邪気が合わされば、ボクはキミを超える、文字通り『超常的な存在』になれるはずだ!」


シゲミ「……」


トシキ「そのバッグの中に爆弾が入ってるんだろ?さぁ、幽霊になったボクを吹き飛ばせるかな?」


シゲミは右肩から下げたスクールバッグを床に置くと、そのまま2歩前に出てトシキのほうへ近寄る。


トシキ「どうしたんだよ?爆弾を使わないのか?」


シゲミ「トシキくんは幽霊になれないよ。だって私と同じだから」


トシキ「な、何を言ってるんだ……ボクはキミと違ってポコポコ様を」


シゲミ「幽霊になるには強い負の感情、つまり後悔や恨みが必要。でも今のトシキくんにはそれが足りない。ポコポコ様を信じるのは、不安や恐怖に打ち勝とうという、むしろ正の感情だよ。そして何よりトシキくんは私と同じで、自分の人生やこの世の中をうれいていない」


トシキ「うるさい……うるさいうるさい!誰がなんと言おうがボクはポコポコ教の幹部!幽霊になれることを証明して、ポコポコ教を普及させるんだ!」


トシキは銃のグリップを両手で握り、銃口を自分の頭から離してシゲミに向ける。


シゲミ「心霊同好会のみんなで心霊スポットにたくさん行ったよね。危ない目にもあったけど、とても楽しかった。トシキくんを入れた4人だから、楽しかった。それはトシキくんも同じだと思うの」


トシキ「……」


シゲミ「いま死んでも、トシキくんが思い返すのはきっと心霊同好会での思い出ばかり。楽しかったという正の感情。負の感情じゃない。だから幽霊にはなれない」


トシキ「……ボ、ボクは……」


シゲミ「トシキくんはポコポコ教の幹部じゃない。市目鯖高校心霊同好会のメンバー。もし違うというのなら、その銃で私を撃って。あがめる神のために殺人をもいとわないポコポコ教の幹部ならできるはず」


トシキは下唇を噛みながら手に力を入れ、震える銃口を無理やり安定させようとする。


シゲミ「手が震えるのは、トシキくんが殺しをやったことがないから。今ならまだ戻れる」


トシキ「ボクは……」


トシキの手から銃が床に滑り落ちる。


トシキ「ボクは市目鯖高校心霊同好会……副部長のトシキだ」


大粒の涙をこぼしながら、その場にうずくまるトシキ。シゲミはゆっくり近づくとかたわらにしゃがみ込み、右手でトシキの背中をさすった。


シゲミ「トシキくんが副部長だってことは今知ったけど、そんなことはどうでもいいよね。みんなのところへ帰ろう」


トシキ「ありがとう、シゲミちゃん……」


トシキは自分の顔をシゲミに近づけ、その唇を奪おうとする。


シゲミ「ヒェッ!洋画じゃねーんだぞこの変態ブタがッ!」


唇が重なり合う寸前、背中をさすっていたシゲミの右手は手刀に変わり、トシキの首に打撃を加えて意識を奪った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る