第3話 作戦

 「作戦会議をしよう」

 颯斗はやとがそう言った時の聡太そうたの胸の高鳴りを想像できるだろうか。聡太は考える間もなく首を大きく縦に振っていた。それを見た颯斗は、満足そうに彼の計画を話し始めた。

「まずこの作戦の目標は、なんと言っても里香と優に仲直りさせることだ。しかも遠足に行く前に。なんでって、決まってるだろ。遠足で行く科学館では絶対班行動があるから、班の空気が今のままなんて絶対に嫌なんだよ。分かるだろ?」

 そこまで言うと颯斗は姿勢を正し、「では作戦内容を説明する!」とどこかの隊長のようにその作戦を披露し始めたのであった。

 披露し始めると言っても、すぐにその説明は済んでしまった。と言うのもその作戦の内容は、あの二人の喧嘩の原因になった「優は聡太を好きなのか」という謎を直接本人に聞くと言うシンプルなものだったからだった。

「本当にそれであの二人が仲直りするかな?」

「仲直りしなくてもまだ手は残ってるから安心しろ。とにかく今はこの作戦を成功させることが大事なんだよ。そこでだ、お前は優のことどう思ってるんだよ?」

 これは、と聡太は思った。これは罠だったんだ。聡太は愕然として、目の前で無邪気な顔をしている颯斗をじっと見つめた。颯斗はそんなこと気にも留めずただ聡太の答えを待っている風だった。

「まあ、」

 聡太が口を開くと、颯斗の意識がより一層聡太へ集中するのを感じた。

「僕は、」

 時間の流れが遅くなり、筋肉が緊張して口を動かすたびその周りの筋肉がぎこちなく軋むように感じられた。ここで聡太は必死に優について想いを巡らすが、どちらにせよ颯斗が期待しているような答えは出せないことに薄々気づいていた。聡太は颯斗のことしか考えていなかったからだ。優は、言ってしまえばただの友達なのだ。そうとしか聡太には思えなかった。

「...わからない」

 そう言い切ってしまって、やっと周囲の音が耳に入ってきた。わからないってなんだよと言いたげなのが、颯斗の顔からひしひしと伝わってきた。

 聡太たちくらいの小学生たちが異性を意識し始めることくらい、本を通して聡太は知っていた。しかし、聡太がこれまで遊んでいた友達たちはそんな話を全くしてこなかったので、本で読んだのはこういうことかと聡太は思った。友達たちの素朴さが沁みるようだった。新しい友達と遊ぶと、あまり親しみのないことが話の中心になることはよくあるが、颯斗の場合もその例に漏れず、さらに慣れない恋愛の類だったから、自分の頭が疲れてしわくちゃになるようなイメージが聡太に浮かんできた。

「まぁいいや。でもいつか教えろよなー、ちゃんと。お前ら二人が仲良いことは、違うクラスの友達まで知ってるんだぜ、知ってたか?」

 聡太はまた驚いた。これ以上優に関して何か言えば、余計に事態が複雑になりそうなので、聡太は適当に相槌を打ちつつ、颯斗の作戦を具体的に聞き出すことでなんとか話を逸らせた。

「どうやって優にそんなこと聞くかって?そこがこの作戦のなんだよ。いいか?まず聡太が優の好きな海の生き物の話をするんだよ、イルカとかクジラとかのな。それで優が一通り話したら聡太が次の生き物の名前を出すんだよ。ウミガメは好き?とかな。それをずーっと繰り返してたら優がうんざりし始めるだろ。その時にじゃあ僕のことは好き?って聞くんだよ。優のやつうっかり言っちゃうに決まってるよ。もし言いよどんでも、その反応で俺には大体想像がつくさ。」

 ここまで颯斗は早口でまくしたてた。聡太は颯斗が話す間何度も声をあげかけたが、颯斗の迫力でそれは叶わなかった。

「色々言いたいことはあるんだけど、特にその後半が、」

「ん?反応で優の気持ちが大体わかる、の部分か?」

「そう」

「そんなの俺にかかれば楽勝だよ。黙ってたけど、聡太が優のこと好きなことはさっきの反応でちゃんとわかったもん」

 外の公園から女の子の泣き声が聞こえてきた。何か大事なものが壊れてしまったのだろうか。聡太と颯斗は、それからしばらくは作戦の細かい部分について話していた。優の言動を一つ一つ予想し、それに対する最善の返答を考えていった。颯斗は優や聡太の口調を真似しながら、二人が到底言わなさそうなことを平然と言ってふざけるので、それが聡太にはおかしかった。颯斗の部屋には夏の太陽の光が入り込み二人の顔は汗ばんでいたが、暑さなんて作戦の二の次だった。途中から颯斗のお母さんが冷たいお茶とお菓子を持ってきてくれた。聡太がこれは何茶かと聞くと、颯斗は麦茶だと答えた。聡太は軽くうなづいた。

 出されたお菓子を美味しい美味しいと食べていると、暑い暑いと言いながらも颯斗の部屋から中々出ていかなかった颯斗のお母さんが、

「そんなに言ってくれると、こっちも出した甲斐があるってもんだね。それは千寿せんべいっていうんだよ。私も大好きだけど、まだいっぱいあるから食べな。」と言った。

 聡太は千寿せんべいというお菓子を三つ、味わって食べた。颯斗は母親が気になるのかあまり千寿せんべいは食べなかった。

 お菓子を食べてしまうと、聡太と颯斗は一階に行きテレビゲームをした。何をするにしても大抵は颯斗の圧勝だったが、颯斗の一番得意だというゲームに限って聡太が勝ってしまうので颯斗は面白くなさそうだった。

 飛ぶように時間は流れ、聡太は家の決まりの六時三十分にもうすぐ時計の針がかかりそうなのに気づいた。慌ててもう帰る時間だと言うことを颯斗に伝え、颯斗のお母さんにお礼を言い、聡太は急いで颯斗の家を後にした。

 外に出ると家々にはすでに日の光が当たらず、あたりは薄紫色のもやが漂っているような暗さだったが、上に広がる空はまだ地平に残る太陽の光を受けて鮮やかな色をしていた。公園を通り過ぎる間、まだ公園のあちこちでは遊んでいる影が聡太の目には移っていた。家に帰ったときには少し六時三十分をすぎていた。もしお父さんの帰りが聡太よりも早かったら叱られていただろうが、まだ家にはお母さんだけだったので聡太は安心した。あんまり急いだのと楽しかったのとで、聡太の心の一部はまだ颯斗の家に留まっているように感じられた。

 夕飯の時、今日誰と話していたのとお母さんに聞かれたので、最近仲良くなった颯斗だよと答えた。また聡太が黙ってしまうと、そう言うのは自分から教えて欲しいものねとお母さんはつぶやいた。お母さんのご飯が美味しいからつい黙って食べてしまうだけなんだけどなと聡太は思った。颯斗のお母さんが優しかったこと、ちゃんとお礼を言ったことなどを一通り話し、食べ終わった食器を片付けようとすると、

「それだけでいいの?今日はお味噌汁に茄子入れたからてっきりあんたおかわりすると思ってたんだけど」

 うん、お腹いっぱいと聡太が答えると、続け様に「向こうのお家でお菓子でも食べたの?」と聞いてきたので、千寿せんべいを三枚食べたよと聡太が言い、そんなことより麦茶の味が全然違っていたことに驚いたということを言おうとした。するとお母さんはそれを遮って、三枚も千寿せんべいを食べたのかと、呆れたようにそのまま聡太に聞き返した。

 「そんな良いお菓子を三枚も振る舞うなんてすごいねえ。」と、お母さんは意外そうにつぶやいた。怒られるのかと聡太は身構えていたが、お母さんの意識が颯斗のお母さんに向いていることを知って安心した。今度遊ぶ時は教えなさいね、お礼のお菓子持たせるからというお母さんの言葉に返事をしながら、聡太は自分の部屋へ戻った。

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