第13話 ライバル公女の邪悪な微笑み


「……なによ、あれ!」

 思わず、心の声が口をついて出てしまう。

 覗き込んだ望遠鏡の先にいるのは仲睦まじそうな男女の姿――我がグントラム王国の国王陛下と隣国ネルリンの第三王女だ。

 ずっと、私のライバルは第二王女のイザベラだけだと思っていた。

 密かにネルリンの国内を偵察させている者の話では、イザベラ王女は国外に出ることをひどく怖がっていて、グントラム王国との縁談を辞退する予定だと聞いていた。

 国王陛下の妃候補は二人……イザベラ王女とシェレンベルグ公女タルシア。つまり、イザベラ王女が辞退すれば必然的に私が王妃になるのだ。

(……やったわ! ついに、グントラムの王妃になる日が来るのね!)

 内心、私はそう喜んでいた。

 王妃の内定前には、形式的な謁見が行われる。

 毎日のように父とともにいつ王宮に呼ばれるかドキドキしながら待っていたのに、とんだ番狂わせだ。

 それまで存在さえ知られていなかった第三王女がしゃしゃり出てくるなんて!

 しかも、何なのよ……料理をする王女なんて、意味がわからないわ。

 そんな下らないことは使用人たちに任せておけばいいものを、目を輝かせて自慢しちゃって……しかも、彼女の手料理を食べたいとか言った国王陛下もおかしすぎるわ!

 憤りに眉間に皺を寄せながら、私は後ろに控えていた侍女に声をかける。

「ちょっとマリア、こっちに来てちょうだい」

「は、はい、公女様!」

「あっちよ。あそこを見てちょうだい!」

「かしこまりました」

 マリアは渡された双眼鏡を目に当てて、彼方を眺めた。

「あの二人、見えるかしら……そう、大理石の東屋にいる……」

「はい、見つけましたわ。あら、あれはもしかして……」

「そうよ、国王陛下とネルリンの料理娘よ! どう思う、あの二人?」

 マリアは興味津々と言った具合に、双眼鏡を覗き込んでいる。

「うーん……そうですわね。初々しくて、見ていて恥ずかしくなりますわ」

「キーッ! そうじゃなくて!」

「ひっ」

 私の剣幕に、マリアは双眼鏡を落としそうになる。

 すんでのところで、大惨事にならずに済んだ。

 これは、観劇に使うような安いオペラグラスじゃなくて、宝石に匹敵するような輸入品。

 落として壊すのだけは勘弁してほしいものだわ。

「それ、いくらしたか知らないでしょう? もし壊したら、あなたの給金は三年出ないと思ってくれていいわ」

「ひぇ、それは困りますっ!」

「だから、大事に扱いなさいってこと!」

 ピシッと叱咤してから、再び私は双眼鏡を覗き込む。

 二人が何を話しているのかわかるわけがない。

 それでも、晩餐会のときよりクラウス王とアリサ王女の仲は縮まっている気がした。

(……放っておけば、もしかして王妃の座は……)

 打ち消したい予感に、私は唇を噛む。

(ネルリンの王女なんかに負けてられないわ。どうにかして、クラウス王の気持ちを私に向けさせないと……)

 考えあぐねるうちに、ふとしたアイデアが脳裏に浮かんだ。

「……謁見を申し出ることにするわ」

「えっ、国王陛下にですか?」

 そう尋ねてくるマリアに、私はニヤリと笑った。

「違うわよ。ネルリンの王女殿下に、よ」

 

 

 −−サファイア宮に入った瞬間、鼻腔をくすぐったのは甘い香り。

 それと同時に、キャッキャッと楽しそうに話す若い女たちの声が聞こえた。

「うぁ~、今回も大成功ですね! このケーキを食べたら、ほっぺた落ちちゃいますよ! 駄目じゃないですか、ほっぺたより心を先に落とさないと!」

「まぁ、馬鹿なこと言わないで、メラニー!」

「冗談ですよ! とっくの昔に、心も落としてますよ、アリサ様は!

「いやぁねぇ、うふふふふ」

「さあ! 早くしないと、来客が!」

「あ、そうだわ! 急がないと!」

 バタバタという足音に続いて、アリサ王女と侍女が半地下から駆け上がっていくのが見えた。

 その瞬間、我が目を疑ってしまった。

 ここは、先代国王の側妃だったクラウス王の母上が暮らしていた由緒正しい離宮のはず。

 それなのに、小国の王女はここを庶民が集まる酒場か何かだと勘違いしているの……?

 百歩譲って、趣味が料理作りっていうのもお菓子作りだっていうのも許容しよう。

 しかし、私が欲しがっている地位の高貴な女性に与えられるこの場所を、小国の小娘が汚すのは黙っていられない!

 憤って振り向くと、後ろに控えていたマリアも王女たちの様子に唖然としている。

「ねぇ、マリア。私は幻を見たのかしら?」

「……公女様。わたくしも同じ幻を見てしまったようです」

「おお、恐ろしいこと! グントラム王国の礼節にはあるまじき振る舞いだわ。いったい、何を考えているのかしら?」

 立ち止まって羽扇で口元を隠しながらひそひそ話をする私たちに、先導していたサファイア宮の執事は、眉尻をハの字に落とした。

「……申し訳ございません、公女様。王女殿下はとても元気のよいお方でございます。思うところもあろうかと思いますが、隣国との関係強化も必要な時期ですので……今のは、どうか見なかったことに……」

「わかっているわ……」

 見ないフリはしてもいいけれど、私が許せる範囲は軽く超えている。

 王族が使用人の真似事をしているだけでも腹立たしいのに、大声で騒いで外国の宮殿内を走り回る?

 なんて、お馬鹿で無教養な王女なのよ!

 考えれば考えるほどにムカムカするけれど、顔に出してしまったら負けになる。カードでも何でも、ゲームに勝つには平常心とポーカーフェイスが大事。

 深呼吸をして心を落ち着かせると、温和そうな微笑を顔に貼りつかせて歩を進めた。

 アリサ王女の唯一無二の理解者を装うために――。


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ラスボスのお父様、あなたの胃袋掴んで王妃になりますわ!〜隣国王と救国聖女の運命愛〜 江原里奈 @RinaEhara

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