第2話

 「どうしたの?」


 実琴さんの声で我に返る。早く忘れないと、すべてを。


 「大丈夫、うん。大丈夫」


 「そう?ならいいんだけど……」


 (やめて、私の前でそんな顔をしないで。私のことなんてほっといてよ…心配なんてしないでよ……そういうのありがた迷惑なんだよ……)


 そんな事を考える自分が怖い、私は最低だ。実琴さんは私を気にかけてくれて心配してくれた、その善意を踏みにじる事を考えてしまう私なんて――


 (どうせこの人も私が同性愛者だって知ったら美香ちゃんみたいに私をおもちゃにして遊ぶんだよ……)


 うるさい、自分の中にもう一人違う人がいるみたいだ。実琴さんはいい人だ。美香ちゃんと同じにしないで……


 (いや、まだ分からない。美香ちゃんだって初めは優しかった……だからまだ信用できない)


 ――だから!


 「はい!」


 パンっと先生が手を叩く


 「このクラスのリーダーも決まったということなので1年間よろしくお願いしますね、二人とも!」


 「は〜い!」


 「……はい」


 ………今は目の前にある物事に集中しよう。



 ♢


 「起立、礼。さようなら」


 今日は初日という事で学校での生活などを説明されて終わった、早く家に帰りたい。クラスでは新しい友達を作ろうと皆必死だ。

 友達なんて一人二人いればいい、その少数と一生友達すればいいだけの話だ。それに私は一人が好きだ、その時間も大切にしていきたい。


 教室から出ようとしたところで腕を捕まれた。


 「待って!」


 「――!」


 実琴さんだった、知らない人の腕を掴むなんて……こういうので勘違いをした人が痛い目を見るんだ。


 (でも悪い気はしない)


 ………それは違う。いや、違わないのかもしれない。確かに悪い気はしない、寧ろ嬉しい。でも、それ以上に苦しい。だって……実琴さんが私に優しくする度に美香ちゃんを思い出さないといけないから。

 楽しかったはずの記憶も、あの日の記憶も………


 「何?」


 「LIME交換しない?」


 「なんで?」


 「同じ学級委員でしょ、これから話すことも多くなるだろうし!学校でもプイベートでもね、だから交換しよ〜」


 実琴さんは陽気に話かけてくれる。確かに今後のことを考えたら連絡先は交換したほうがいいだろう。


 「分かった」


 はい、と自分の連絡先のQRコードを見せる。


 「え〜と………これで……よし!」


 「ありがと!」


 実琴さんは笑顔で手を振りながら友達の元へ帰っていった、楽しそうに会話をしている。時々こちらに視線を向けて。私は怖くなり小走りで教室を後にした。


 ♢


 昇降口につきローファーへと履き替える。現在の時刻は12時手前、帰りにどこかの飲食店に寄ろうかとも考えたが止めた。

 今の時間帯は人が多いしここの生徒とばったり会ってしまうかもしれない。それは嫌だ。


 校門を出て駅まで歩く。


 あ……そういえば参考書買ってないな。前に買おうと思ったがナンパされたので面倒くさくなって止めたんだった。これから勉強も大変になるだろうし帰りに買っていこう。


 スマホで近くの書店を調べる。


 徒歩6分のところに一店舗見つけたので向かうことにする。今の時間帯なら空いていてゆっくりと選ぶことができるだろう。



 ♢


 少し歩きすぐに書店に着いた、中に入ってみるがやはり人がいない。いるのは店員さんだけだ、周りを見渡し『参考書』と書かれたコーナーへと向かう。


 私が苦手な教科は数学なので『数学I』と書かれた物を手に取る、とほぼ同時に背中を指でつんつんと突かれた。


 「一年生の数学ならこっちの方がオススメですよ」


 後ろを振り返るとツヤツヤで綺麗な黒髪ロングの女性が立っていた。凛とした佇まいからは隠しきれない上品さが溢れ出ていて………お嬢様みたいな人だった。背も私より高いだろう。


 あとこの人どこかであったことがあるような……あ、思い当たる節が一つある。卒業式の帰りにナンパしてきた人だ。

 

 (美香ちゃんに似てるから覚えてたのかな……)


 つまらない予測は止めてほしい。


 「あら?貴方どこかで……」


 「前にナンパしてきましたよね?私のこと」


 「覚えててくれたんですね」


 「そっちこそ覚えてるんなら忘れたような素振りしないでください」


 「にしても同じ高校だったなんて……運命ですね」


 え?そんなわけ無いと彼女に目を向けるのだがどうやら本当のようで私と同じ高校の制服を身にまとっていた。

 彼女のブレザーのリボンの色は赤色。つまりは2年生、先輩だ。学年の識別はリボンの色で見分ける。1年は黄色、2年は赤、3年は緑だ。


 面倒くさいので帰ろう。


 参考書を元あった位置に戻し足早に玄関口に向かおうとすると後ろから声をかけられた。


 「待ってください!」


 無視して店を出る。


 「ちょっと!」


 彼女はまだ着いてきた。痺れを切らしたのか手を掴んできた。


 「なんで逃げるんですか!」


 「名前も知らない不審者にいきなり話しかけられたので」


 彼女は私の言葉を聞いて少し固まった後、ため息を吐いた。


 「なぜ貴方顔は可愛いのに言動や行動は可愛くないんでしょう」


 「聞こえてますよ」


 「聞こえるように言ってるんです!」


 「はぁ〜……………でも確かに自己紹介がまだでしたね…」


 彼女は息を整えた。


 「私は友森志保乃とももり しほのと言います。今後は気軽に『志保先輩』と呼んでくだいね」


 彼女……志保先輩は笑顔でそう言った。その笑顔はまるで夏の日差しにも負けない向日葵のように輝いていた。



 


 綺麗………

 




 私は女の子に対して久しぶりに不安や嫌悪感を抱かなかった










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