姦しい娘たち
「へっ」
今日は土曜日で学校は休み。いつもよりも少しだけ寝坊して朝食にありつこうとしたアタシへの、ママからの指令を聞いた私の間抜けな驚きの声。
「だーかーらー、マキちゃんとカナちゃん。急遽うちで預かることになったから。でもママ午前中は用事あるからサクラ面倒見てやって」
「ちょっと待ってよ、アタシにだって予定が…」
「何よ、昨日早く寝なさいって言ったら『明日は予定ないからいいの』って答えたのはあんたでしょ」
うぅ、しまった。そういえば、リビングで深夜ドラマ見ていたらさっさと寝なさいと口うるさいママにそんなことを言ったんだった。訳あってお父さんと三人で暮らしている従姉妹のマキちゃんとカナちゃん。うちのママの妹の子で、近所に住んでいるのでよく家で預かっている二人だ。
「しょうがないなぁ。でも珍しいね、叔父さんが土曜日に仕事だなんて」
「なんだか会社の人が急遽入院しちゃったらしいわよ。なんでも階段踏み外して骨折だって。あんたもそそっかしいんだから気を付けなさいよ」
「はいはい」
「じゃあ頼んだわよ、ママもう出るからね。洗い物は自分でしなさいよ」
「はーい、いってらっしゃい」
エプロンを外して準備してあった上着とバッグを持ったママ。どちらかといえばそそっかしいのはママのほうだ。
「あ、ママ。階段は踏み外さないようにね」
「もう、言うようになったわね。それじゃ、いってきます」
ドタバタと家を出るママを見送ったアタシが朝食をすませて身支度を整えたとほぼ同時にインターフォンが鳴る。アタシがホットケーキを作ってあげてからは、少しだけ以前のように我が家でも元気にはしゃぐようになった従姉妹の二人。
あれ以来パントリーのホットケーキミックスの在庫が倍になり、ママが面倒を見るときも頻繁におやつで作っているらしい。
「あれ?元気ない?大丈夫?」
突然申し訳ないとペコペコ頭を下げる叔父さんを見送り、リビングで大人しくテレビを見ている従姉妹のマキちゃんとカナちゃん。様子を見ていると、テレビで流れている子供向け番組には集中せず、時折コソコソと二人で内緒話をしている。いつもなら手を叩いたり体を揺らしたりするテン上げな音楽が流れているのにな。
「んーん、なんでもない」
「ねー」
朝食直後だという二人相手にアタシの必殺技のホットケーキを使うわけにもいかないし、体調が悪いって感じでもないからひとまずはこのままか、それとも近所の公園にでも連れて行ってあげようか。うーん、悩む。
ピロン。
「うわ、まじか」
肌身離さず持っているスマホが鳴った。ミユとヒナとのメッセージグループへのヒナからの投稿だ。お爺ちゃんが亡くなってお葬式のためにお父さんの実家に戻っていたヒナ。昨日遅くにこっちに戻って来ていたんだっけ。
「『お土産あるよ、話聞いて』かぁ…。ってミユの返事早っ。『いいよー、今日会お』ね。アタシは…さすがに無理か。えーっと、ごめん、従姉妹預かって面倒みてるから今日は無理っと」
即座に「そかそか了解!」「頑張ってね!」という返事が来るとメッセージグループは沈黙してしまった。薄情者め!もうちょっとメッセージ続けてくれてもよかったのに。
てか、話ならこのままアプリでよくね、とも考えたけど、お土産あるってことだからリアルで会わないといけないやつか。ってことは個別で連絡取り合っているのかな。なんだか疎外感。
従姉妹二人に目をやると、相変わらずヒソヒソ話を続けながらどこかソワソワしている。こっちでもアタシは除け者かぁ。二人がいなきゃヒナとミユと遊べていたのに、と少しだけ恨めしい気持ちが湧いてきた。でも、それは従姉妹二人の姿、そして二人に重なる二人のお母さんのユカリちゃんの笑顔がすぐにかき消した。
「っと、いけない。マキちゃんもカナちゃんも大変なんだもんね。アタシが拗ねてどうするよ…切り替え、切り替え。…ねぇ、二人ともサクラちゃんと一緒に公園に行こうか。天気もいいしさ」
「こうえん!いきたい!」
その提案に乗ってきたのは妹のカナちゃん。笑顔になったカナちゃんは姉のマキちゃんの顔色を窺うように首をかしげている。子供がふとする仕草ってなんでこんなに可愛いんだろう。
「公園ならヒントがあるかも。…マキも行きたい!」
「ヒント?何か探してるの?」
「内緒!」
私の疑問に答えることなく、そのまま玄関へと駆け出して行ったマキちゃんとそれを追うカナちゃん。子供ってよくわからない行動や発言が多い、それは二人の面倒を見るようになってから頻繁に感じることだ。子育てって大変なんだろうな。
私の提案でちょっとだけ元気になったっぽいし、子供相手に整合性を追求してもどうにもならないことは学習済み。お気に入りのパンプスが目に入ったけど、公園行くのにおしゃれしてどうすると、扉の前で「早く!早く!」と急かしてくるカナちゃんを宥めながら靴箱から適当なスニーカーを引っ張り出す。
うちの近所の公園は比較的大きな公園で、ブランコや普通の滑り台の他にターザンごっこができるものや、何本もスロープのある滑り台なんかがある。植樹も立派で死角が多いから二人を連れていく場合は絶対に目を離さないようにとママからは厳重に注意されている。それはもう厳重に、だ。
手慣れたママさんパパさん達と違い、アタシが子供連れでこの公園に来るのは三回目。その結果、普段来られない大きな公園ではしゃぐ二人を追いかけまわし、それはもうボロ雑巾のようになってしまった。どうやら動きやすいスニーカーで来たアタシの判断は間違ってなかった。
「ねぇ、サクラちゃんちょっと疲れちゃったから二人はそこの砂場で遊んでてよ。ここで見てるからさ」
丁度、木陰になっているベンチが空いたのでやっとの一休憩。幼稚園児ふたりの体力には女子高生もかなわないな。フッと吹いた新緑の香りの風が汗ばんだ肌を冷やしてくれた。アタシも小さい頃にママやユカリちゃんとこの公園で遊んだ光景が砂場で遊ぶ二人に幻のように重なった。
「あーっ、いた!サックラァー!」
「もう、全然返信ないんだもん、心配したじゃん!」
懐かしい気持ちと共に二人をぼーっと眺めていると背後からアタシを呼ぶ声。振り返ってみると、公園沿いの道からこちらへ駆けてくるのは見知った顔の二人だった。
「ヒナ!ミユ!なんでここに?」
「なんでって、サクラからメッセージも返ってこないし、電話も出ないから心配してきたんじゃん」
その言葉に慌ててサコッシュからスマホを取り出すと着信の山。
「うわっ、通知エグっ。マジごめん。走り回ってたから全然気が付かなかったよ」
「もう、チョー心配したんだからね」
「てか面倒みるだけなのに走り回るとか、一緒に遊んでるだけじゃね」
「それな」
「はぁ?完璧な子守中のアタシに対してそんなこと言っちゃう?聞き捨てならないんですけど」
アハハと笑うアタシ達三人。薄情者とか言ってごめん、と心の中で謝っておく。そんなアタシ達を不思議そうにマキちゃんとカナちゃんが見ている。
「サクラちゃんのお友達のヒナお姉ちゃんとミユお姉ちゃんだよ」
「サクラちゃんのおともだち?サクラちゃんにもおともだちいるんだね!」
「はい?」
「だってサクラちゃんがあそんでるのみたことないもん」
カナちゃんのズレた感想にヒナもミユもお腹を抱えて笑っている。
「ちょっとまじウケる。サクラ友達いないと思われてたの?」
「子供って独特の考え方するよねー」
その後はヒナが買ってきたお父さんの田舎の名物のあんこがたっぷりと乗ったお餅を食べようとベンチを占領してのパーティーが開催された。マキちゃんもカナちゃんも二人とすぐに仲良くなってくれて、従姉妹二人が加わった分、いつもの放課後よりも賑やかで騒がしい女子会だ。
連絡が取れない私を心配してわざわざ来てくれた二人には感謝しかない。ヒナもミユもマジ親友!一生友達だからね!
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