第9話 4月2日 実況と解説ー9
「河上肇が、飛び降り自殺をしようとして1時間程が経過しました。
パブリックビューイング内、巨大三面照魔鏡には八咫烏カメラからの映像をお送りしています。依然として状況は変わらず、警察と消防が説得を続けています。カメラ室からの情報では、当初に比べて、河上自身、トーンダウンしているようにも見える、との情報もあります。
屋上で河上を説得していた住人の方とみられる3名ですが、警察の指示により屋上から降りるように案内があったようです。現在は、ビル1階に降りています。
これまでの流れを見て奪衣婆様、どう思われますか?」
「そうですね……。
河上はトーンダウンしている、との事ですが、このような場合のトーンダウンには二種類ありまして、落ち着いてしまって自分は何をしているのだろう、と我に返って自殺を止めるケースもあれば、疲れ果ててしまっていつ飛び降りてもおかしくない精神状態に意識が飛んでいってしまっているケースが考えられます。河上が今、どちらのケースに該当しているか、気になるところです」
「なるほど。現在、河上が、どちらのケースに該当する状態にあるか、非常に注目です。
河上の様子ですが、今は、屋上の縁に腰をかけて座っている状態なので、映像で見る限りでは落ち着いてきているようにも見えます。ですが、警察や消防の説得には全く応じてはいないようです。
警察、消防共に河上に向けて、 ”大丈夫だから” ”心配ないから” と声をかけて、戻るように説得しているとの情報が入ってきておりますが、河上は抵抗しているようです。
消防関係者の話では、 ”殺されるくらいなら自分で死んだ方がマシ” というような話をしていた、という情報も入ってきています」
「この幻夢の町では、警察や消防は河上の事を一市民としか捉えていませんからね。河上に向けて、 ”大丈夫” ”心配ない” という言葉をかけているのも、河上が何者であるかを知っている人間からしてみたら、なんだか滑稽に思えますね。河上からしてみたら、 ”何が大丈夫だよ!!心配だらけだよ!!” と思うでしょうね」
「確かに奪衣婆様のおっしゃる通りですね。この幻夢の町では、河上肇のIDに登録された情報は極々普通の23歳で新卒採用のサラリーマンとして記録されています。幻夢の町の住人からしてみたら、河上は至って一般的な前途洋洋な青年です。そんな青年が飛び降り自殺を図ろうとするのですから、警察も消防も命懸けで説得するでしょうね」
「うーん……。河上の心理状態としては、警察や消防に説得されたらされるだけ、飛び降りたい衝動が倍増するかもしれませんね。 ”しちゃいけない” と言われた事をしたくなるのが人間だったりします」
「私も”しちゃダメ”って言われる事は……、やっぱりしたくなっちゃいますもん。友人から ”その男やめた方がいいよ” って言われたら、その男性に惹かれちゃいます。頭では分かってるんですけどね……」
「得てして……、多いですよね。そういう人……」
「はい……」
「関係ない話しになっちゃいましたね……。
実況に戻りましょうか……キヨさん……」
「はい……。失礼しました……。実況に戻ります……。
……。
……。
はい。はい、はい、はい。承知しました。
カメラ室からの情報では、河上はカメラが近付く事を非常に嫌がっており、八咫烏カメラが近づこうとすると建物の縁に立ち上がり飛び降りようとする素振りを時折見せています。
奪衣婆様……。カメラを嫌がる素振りを見せている、との事ですので、河上は大会の参加放棄を考えているのかもしれませんね」
「そうですね……。流れとして、参加してみたはいいものの、いざ始まってみたら怖くなった、という具合でしょうか。ほぼほぼ、1日潜伏してみて、恐怖が増してしまったのかもしれませんね。しかし、参加放棄となれば、わざわざ自殺をしなくても、放棄宣言していただければ、自動的に失格で消滅になりますから。それでよければ、遠慮なく言って下さっても構い……」
「ああ!!!飛び降りたようです!!今、河上が、飛び降りました!!奪衣婆様の解説の途中でしたが、河上が飛び降りたようです。下にはセーフティエアークッションが設置されていましたが……。
……。
はい…、はい、はい……。わかりました……。
今、カメラ室から新たな情報が入りました。
セフティーエアークッションの無い方向へ飛んだようです。
カメラさん!!状況を確認したいです。河上を映せますか?
……。
……。
カメラからの映像が来ませんね……。
映像が来ませんので、状況を整理します。
先ほど、ほんの数秒前に河上がオフィス街ビル屋上から飛び降りました。
河上が立っていた位置のビル下にセーフティエアークッションを消防が準備していましたが、クッションがある方向ではなく、クッションの無い方向へ飛び降りた模様です。
不死鳥カメラがちょうど、河上が飛び降りた瞬間を捉えたようです。
……。
繰り返しお伝えします。
不死鳥カメラが、河上が飛び降りる瞬間の撮影に成功しています。
今現在、不死鳥カメラからの映像が届くのを待っているところです。
……。
映像はまだでしょうか……?
少し、時間がかかっているようです……・
……。
……。
はい。はい、はい、はい。ありがとうございます。
では、不死鳥カメラからの映像が届きました。これから、河上が飛び降りる様の映像が流れます。衝撃映像に備えてください。参ります。
……。
……。
……。
屋上の縁を蹴り上げて飛び上がり、そのまま真っ逆さまに落ちていきましたね……。着地まで秒数にして約4秒ほどでしょうか」
「今日は、天気も良くほとんど風のない穏やかな日ですからね。もちろん、ビルの高さなどもあるかもしれませんが、河上の体格で、空気抵抗が少なく落下したら、大体、そのくらいの秒速で着地する事になるでしょうね」
「なるほど……。着地した瞬間、何かの上に落ちて、一度、バウンドしたように見えました。再度、スロー映像で確認してまいりましょう。
……。
……。
……。
……。
あぁ……。停車していた乗用車の上に落ちたようです。それから、1回大きくバウンドして……。これは……、乗用車の上に落ちて……、1メートルほどでしょうか……、バウンドして落下したようです」
「キヨさん……。河上が、乗用車の上に落ちた時に何かが飛んだように見えましたが、何が飛んだのでしょうか?」
「再度、映像をリプレイして見てみますか?」
「はい。お願いします」
「……。……。
これは……、落下の衝撃で、体の一部、どこか分かりませんが、弾け飛んだように見えますね……。
再度、リプレイしてみましょうか?
……。
……。
やはり、体の一部が弾け飛んだように見えます。
奪衣婆様……、どう思われますか?」
「そうですね……。ビルの高さが15階ですからね。だいたい、50メートル前後の高さだと思います。その場合、落ち方にもよるかもしれませんが、着地の衝撃で体の一部が取れてしまってもおかしくない高さではあると思いますよ」
「はい。奪衣婆様、ありがとうございます。現在の状況を詳しく見てみたいですね。
八咫烏カメラさん!!河上の遺体に近寄れますか?
……。
……。
今、八咫烏カメラで河上の遺体に近づいてもらえるようにお願いしていますが、カメラ室からの連絡がありませんので、引き続き、奪衣婆様にお話を伺ってまいりましょう。
……。
奪衣婆様……。先ほど、解説の途中でしたが、河上は飛び降りましたね」
「そうですね。飛び降りましたね。
勇気があるのか無いのか、よく分からない行動ですが、飛び降りてしまいました。多分、もう既に、火片となって消滅し始めている頃でしょうね。
死んでも火片。大会放棄しても火片でしたから、どの道、河上は火片になる運命だったのでしょう。しかし、多少なりとも精鋭同士のバトルを見せていただきたかったですけどね……。せっかく火片になるならバトルで火片になっていただきたかった。とても、残念に思います」
「はい。非常に残念ですね……。
あっ、カメラ映像が届いたようです。
これは……、不死鳥カメラより遺体の近くに寄れる八咫烏カメラからの映像です。
……。
あっ……。はい、はい、はい…。はい、承知しました。
えぇ……、今、カメラ室より情報が入りました。
これから、八咫烏カメラで現在の河上の様子をお送りします。
飛び降りた影響で、河上は即死。これから一部視聴者様に不快感を与える可能性のある衝撃的な映像が流れます。ご覧になる際は十分にご注意ください。では、映像をご覧いただきましょう。
……。
……。
こ……これは……、酷いですね……」
「あぁ……、凄まじい光景ですね……」
「はい……。
では……、先ほど、河上が飛び降りた時の不死鳥カメラが捉えた映像と現在の八咫烏カメラからの遺体映像をご覧いただきながら、順を追って、状況を見てまいりましょう。
先ほどの不死鳥カメラの映像でもご覧いただきました通り、屋上の縁から勢いをつけて飛び降りた河上は、弧を描いて、落下地点に停車していた乗用車に背中から激突しています。
現在の河上の亡骸から状況を察するに、激突の衝撃で、首から上がもげてしまったようです。
乗用車の屋根は激しく凹んでおり、窓ガラスも粉々、破片があたりに散らばっています。衝撃の凄まじさを物語っています。
河上の体は、激突した際にバウンドして、乗用車からは3メートルほど離れた場所に飛んでしまっております。そして、その1メートル先にもげた頭が転がっている状況です」
「飛び降り時の映像を見るだけでは背中から車に落ちているように見えますので、首がもげている、という事は頭から落ちたのかもしれませんね。もしくは、落ちた場所に何かがあり、そこに首を引っ掛けるような形になり、その衝撃でもげた……、という事も推測できます」
「なるほど……。
河上の頭部は、ビル下で河上の様子を見守っていた通行人の目の前に転がってきたようで、足元に転がってきた頭部を目の当たりにした通行人の方数名が、気分が悪くなり、消防の救護を受けているようです。
乗用車の周辺には赤い血痕が飛び散っており、中には、肉片や骨と思われる物も散乱しています。主に首と頭から大量に出血しており、遺体が転がっている周辺は血の海になっています。河上の指がまだ微かにピクピクと動いておりますが、すでに、周囲に飛び散った血液から火の粉が舞い、胴体は足の方から、頭は髪の毛や割れて飛び出た脳みそからも火の粉が舞い、火片になって消えようとしています。
奪衣婆様……、河上の遺体の状況から、凄まじい衝撃だった事が伺えます。
私たち、地獄の住人の中には、このような光景を見慣れている者も少なくありませんが、やはり、何度見ても気持ちのいいものではありませんね」
「そうですね。河上の場合、前世でも同じ状況で死亡していますので、地獄に来てからも同じ事を繰り返す必要も無いのではないか、と傍目には思ってしまいますが。人間、分かっていても、その方が楽なので、同じ事を繰り返してしまう生き物なのでしょうね。しかし、前世でも地獄でも、河上自身、首がもげて脳みそが飛び散る程の死に方をしなければならなかったのか、不憫に思います」
「奪衣婆様でも、人間を不憫に思う事がおありになるんですね。驚きました」
「あらら、キヨさん……。私を何だと思ってるんですか。少し、お言葉がすぎますよ。私だって、元は人間です。地獄の住人になってから、人の心は若干、薄れたとはいえ、過去の記憶を辿って想像することはできます。もう、何千年も前の記憶ですけどね」
「あはっ。これは、失礼いたしました。数千年存在しておられる、奪衣婆様には人間の心模様なんてお茶の子さいさい、という具合でしょうか。
あっ、今、空の数字が ”7” という数字に変化しました。
精鋭が死に、人数が減る毎に数字が減る仕組みになっています。
河上が脱落しましたので、残りの精鋭は7名になります」
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