第32話 最強と最狂
…………。
通話が終わると再び、静寂が戻って来る。
慣れ親しんだ空間で、自然と力が入ってしまっていた体の緊張がほぐれるのを感じた。
カーテンの隙間から覗くしっとりとした黒に月の光が映えている。
思えば高等部が始まってから、怒涛の連続だった。
確かに今年で16になる。結婚や将来の話が現実味を帯びてくるのは、俺の立場からしてみれば当然の結果だろう。
しかし、当然のはずなのに、俺は自分の立場の重さを明確に認識できては居なかった。
親父や母さん、周りの人に言えばきっと、仕方のないことだと言ってくれるだろう。
だが、それに甘えているようではだめだ。
もちろん自分の力だけですべてをコントロールできるとは思わない。
独りよがりは独善でただの自己満足。当代最強として周りを有効に動かし、それでいて何かあってもその責任が取れる存在でなくてはならない。
ここ数日の濃密な時間で俺はそれを再認識した。
そこから、龍仁の思考はようやく整理されていく。
…………
………………
……………………そういえば、あの魔獣はどうしてエリアA付近まで出てきてしまっていたのだろうか。
魔獣。森林化と共に現れた人類に対する脅威。
ある程度の間隔で森林化の中心となっている(と考えられている)コアから生み出されているのではないか。というのが魔獣の誕生における現在の最も有力な仮説となっている。
実際、世界にいくつか例がある、コアの完全破壊を達成できた元未開域は巨大な植物こそ残ったものの、その地域での魔獣の発見率は大幅に下がっている。
これには、コアの破壊と共に魔獣も消滅したという考えと、別のコアがある方へ移動したのではないかという考えを持つもので意見が二分している。
魔獣は魔力の多い場所を好み、強い魔獣、高クラスに分類される魔獣ほどその傾向が強い。
それなのに、クラスCレベルの魔獣がエリアA付近まで出てきていたということは……!
もし、コアの破壊による当該地域での、魔獣の発見率の低下が魔獣の移動によるものなのだとすれば……。
「……日本未開域のコアが破壊された?」
考えたくもない現実に思わず声が漏れてしまう。
日本には4つから5つのコアが存在すると考えられており、おおかたの場所も検討がつけられている。
しかし、これはあくまでコアが現時点で2つ以上発見されている他国でのデータや観測可能な範囲での魔力濃度によるもので、確たる根拠はない。
日本にさらに多くのコアが存在し、それを機関の未開域統括庁にも気づかれず、破壊できる勢力があるとすれば……。
ここまで考えて俺は大きく首を振った。
わからないことをあれこれ考えていても嫌な想像が膨らむばかりで仕方がない。
相手の力がどれほどの物か、そもそも敵対するのかさえ分からない以上、余計な思考は行動や判断を鈍らせるだけだ。
今はとりあえず、目前に迫った対抗戦に向け、しっかりと準備をし実力を高める。
魔法でも完全な未来予知はできないのだから、未然の事態には地力を高める以外対応のしようがないだろう。
ポジティブな考えと共に目を閉じようとする。
ふと、少し前に目に入ったカーテンの隙間が再び目に入る。
あれだけ綺麗に映えていた月がいつの間にかどんよりとした雲に飲み込まれてしまっていた。
―――――――――――――――――――――――
アハハハハハ!
その青年は高らかに笑う。
「ようやく……ようやくだよ!」
そう呟く青年は暗い夜の森の中とは思えないほど神々しい光に包まれている。
「長期間にわたる戦闘お疲れ様です。おめでとうございます。エレン様」
光に包まれている青年はエレンと呼ばれた。
「ああ、君たちね。生きてたんだ」
恭しくかしずく3人に、一切の興味がないと言った態度で反応する。
「はい。他にも何名か生存者がおります。死者数は100名ほどかと」
その報告を受けてもエレンと呼ばれた青年は表情1つ変えない。
そもそも、理解しているのかすら定かではない。
最初からこの青年の目は、彼の右手に乗っている、彼の放つ光と同じくらいの光を放つ半球状の物体に縫い付けられていたのだから。
それでも3人は声をかけ続ける。
「エレン様、この後はどうなさるのでしょうか」
この声に反応してなのかは分からないがエレンは強い意志を持った声で叫ぶ。
「これで……これで、君に届く。龍仁!!!」
僕の前に立つ果てしない壁。
僕に敗北と恐怖を教えてくれた君に。
待っていてくれ。僕は必ず……君を超える。
そう言うと青年は糸が切れたかのようにその場に倒れ伏す。
決意を固めた青年の周りには、人とも獣ともわからない肉片が無秩序に散乱していた。
「今日まで約2週間か、本当に桁外れなお方だ」
「本当ね。ここまでしないと勝てない物なの?今の最強くんは」
「ああ、エレンくんも相当な超人だけど、当代の最強は格が違う。あれは一種の怪物だよ」
「おい、言葉には気をつけろ!エレン様だ!」
「はいはい。わかったよ。……とりあえず今はエレン様の右手のそれの加工を急がないとね」
強い光にさす影はどこまでも深く濃く……血に染められた大地と混ざり赤黒くなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます