第7話 ゲームの時間軸。


 翌朝目を覚ますと、隣にはもう温もりは無かった。

 起き上がりのびをしてから階下に降り、顔を洗ってから人の気配がするダイニングキッチンへと向かう。


「おはようございます」


 するとそこには、朝食の用意をしているジャックの姿があった。


「おはよう」


 言葉を返してテーブルを見れば、サラダとパンがある。

 俺の姿を見ると、フライパンを火にかけて、ジャックが卵を落とした。

 それからすぐに出来上がったハムエッグが運ばれてくる。このように穏やかな朝を迎えたのは久しぶりで、俺には戸惑いの方が強かった。だが、食べたその後は、本日も青闇迷宮の攻略が待っている。


「よく眠れましたか?」

「うん」


 そんなやりとりをしながら、俺達は朝食をとった。

 そして本日も青闇迷宮へと向かった。今日は、魔導石を置いた位置からの開始だ。

 俺達は今日も氷の床の上に立った。


 本日の壁画は、人間と魔族の恋が描かれていた。しめくくりは、『生まれ変わっても必ず迎えに行く』という魔族の言葉で、そこまで到達するのに、本日は十五時までかかった。またそこで一区切りとなり、次から新しい壁画が始まりそうだった。


「今日はここまでとするか」

「ええ、そうですね」


 そう話して、俺達は帰還した。

 今日はまだ早いからと、俺達はすぐに夕食を食べるのではなくリビングへ行く。

 ジャックが淹れてくれたコーヒーが入るカップを手に、俺は椅子に深々と背を預けた。


「生まれ変わりなど、本当にあるんでしょうか」


 対面する席で、静かな声音でジャックが言う。

 俺は頷こうか一瞬迷った。なにせ俺には前世の記憶がある。


 ちなみに前世の通りの時間軸で言うならば、今がゲームの舞台のまっただ中から終盤のはずだ。俺と弟は三歳離れていて、二十一歳の弟が主人公のゲームだった。丁度そろそろジャックの行方について語られなくなっている頃合いだ。ゲームであるから、余計なシナリオには触れられなかっただけなのか、その部分は隠しシナリオ内で語られたのかは分からないが。


「エドガー?」

「ん? ああ、どうだろうな」


 思案していた俺は、ジャックの声で我に返った。

 そしてふと思い立って、聞いてみることにした。


「ジャックは……その、生まれてからずっとこのシアーズ帝国にいたのか?」

「いいえ。少し前までは、ランドール王国に留学していました」

「そうなんだ」


 これはゲームの通りだ。だとすると、俺の弟のアレクとも同じ学び舎にいたはずだ。留学生を受け入れるのは、ランドール王立学園と決まっている。卒業年齢は二十二歳なので、まだアレクは三年生のはずだ。留学生は年齢を経てから入学することもあるから、ジャックが在学状態でも不思議はないし、ゲームではそうなっていた。ゲーム内に、『最近ジャック先輩を見ないね』という台詞が出てきたから、ゲームの通りならば、今は四年生に籍が残っている可能性もある。


「王国はどうだった?」

「実は帝国の王太子殿下の従者として、身元を隠して留学していたのですが、お忍びと言うこともあって、皆が気さくで、新鮮でした」

「ふぅん。特に印象的な学生はいたか?」

「そうですね。一つ下の学年に、王太子殿下と親しい学生がいて。大陸でも高名な、エヴァンス侯爵家のご子息だったのですが」


 間違いなくアレクだ。

 実際、国を超えてこの大陸内では、エヴァンス侯爵家は有名だ。それこそ魔族がいたという神話の時代から続くという名門中の名門家で、代々魔術師を輩出しているため、各国との繋がりも深い。


「失踪したお兄様がいるとのことで、その者が戻るまで、しっかりと家を守ると強い決意をしていました。いつまでも帰りを待つと」


 俺の胸が痛んだ。

 俺は戻るつもりがない。すっかり、俺の意識も冒険者だ。


「エドガーは、どの国を拠点に冒険者の活動を?」

「ああ、俺とガイは特に拠点というのは無かったよ。一つの依頼をこなしたら、気ままに次に進んでた。まぁ、帝国で〝水叡塔〟の話を聞いて、ランドール王国とは逆隣の隣国サラディスタ王国で攻略して、また帝国に戻ってきたから、最近……ガイが意識を落とす直前という意味では、シアーズ帝国かな」


 先日まで、まるで昨日の事のようだったのに、ここ数日の出来事で、それらが今では懐かしく感じる。


「ガイ様とはどのくらいパーティを?」

「長い。その辺は調べてこなかったのか?」

「ええ。レニー殿下が攫われてから、迅速に動く過程で、必要最低限の情報しか収集しませんでした」


 苦笑したジャックを見て、俺は頷いた。


「動けるなら塔やダンジョンからボスがこれまで動かなかったことも疑問だし、逆に今回が特別なのかも気になるな」

「特別であるといいのですが。ボスはいずれも脅威だ。集団になって攻めてこられたら、大問題です」


 ジャックの言う通りなので、俺はカップを傾けてから頷いた。




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