第80話【1日目、終了】
僕たちがすべきことは22の大アルカナの名を持つ大型ダンジョンの攻略による因子集めが1つ。
有坂さんは血の蘇生術と反魂を出来る限り行うことが1つ。
楓さんのスキルが使用可能になったら、有坂さんのスキルをコピーし、彼女も蘇生に加わることが1つ。
そして僕たちが持つ運命固有スキルを持つ人たちの協力を仰ぐことが1つ。
世界がそれで元通りになるかという問いに、
不可逆の変質、そして定着がどの程度進んでいるかによってこの星の在り方は変わると。それは星にもわからない。
滅びの回避を最優先に考えて行動することに僕らは決めた。
そして僕の持つ不老不死のスキルカード、これは切り札だと
もうどうにもならなくなった、手立てを失った時に誰かを神として成立させるジョーカーカードとして伏せておくことになった。
武藤さんがチェックをした人たちを集めて、僕、原国さん、武藤さんの3人で説明を行った。
僕たちがダンジョンで出会った人々、
そして、血の蘇生術により復活をした人々には楓さんと有坂さんが
それが終わる頃には、すっかり夜だった。
こんなに頭も体も感情も忙しかった日はない。
出された食事を食べながら、僕らは政府の緊急会見の映像を見た。
すでに自衛隊は動いていて、海面の下降により陸地になる部分であり、他国との境界線になる場所に配備されていた。
あと数時間もすれば、海面の下降が始まる。
血の紋を持つ者への対応としてスキル封印を施し、留置することも告げていた。
そして33時間後から、彼らへの告解による裁定が下ること。
血の紋を持つ者を一方的に殺害すれば、血の紋が刻まれること。
どんな相手であろうと理由であろうと、殺人に手を染めないようにと。
家に篭り、安全を確保するようにと警告をしている。
そして蘇生術についての話も。
蘇生された人が政府で保護を受けていることも。
今のところ言えることを政府が告げる。
その後僕たちは休息と8時間の睡眠をとるようにと原国さんから、命じられた。
僕たちは、今まで普通に生きてきた。睡眠や栄養を欠いても動ける訓練を受けた人間ではない。
だから食事と睡眠はしっかりとるのも仕事だと思うようにと言われた。
いかにスキルやステータス上昇による恩恵があっても、食事や睡眠を削れば、判断能力が落ちる。
ただでさえ、慌しい日だった。そして背負うものは大きい。
人間らしい世界を望むのであれば、尚更に人間らしい休息をとること。
そう言われ、セキュリティの観点から、警視庁近くの高級ホテルに案内をされた。
僕たち親子と武藤さん姉弟で4人、有坂さん一家で5人。1部屋ずつ宛がわれたのは、客室案内表にも載らない、特別なスイートルームだった。
外観から内観、ロビーにも圧倒されていた僕は、部屋の広さと豪華さに眩暈を覚えた。
部屋は中央にテーブルやソファ、大型テレビが置かれ、左右に寝室がひとつずつ。
お風呂は広く、別にシャワールームまである。トイレも2つ。
武藤さんはこういうホテルにも慣れているようで、唖然とする僕に室内の説明をしてくれた。
そして、それぞれ家族で話をする必要があるだろう、と片方の寝室に僕らを案内する。
勧められるまま、豪奢な寝室で、母さんと、今日あったいろんな話をした。
父さんの話も聞いた。1時間ほどすると、部屋にノックの音が響いた。
「お風呂沸きましたよ」
楓さんがにこりと笑って顔を出す。
女性2人が先に入るので、男2人はそのあとに入るようにいい、楓さんが母を連れて行ってしまった。
寝室から出れば、ソファから武藤さんが手招きをするので、隣に座る。
ふかふかのソファだ。柔らかいのに、体が沈みこみすぎない。高級品。生地も肌触りがいい。
僕の様子に笑う武藤さんがお茶を淹れてくれたのを飲む。
いろんなことが目まぐるしく起きすぎて、非日常のすべてに整理が追いつかない。
それでも武藤さんか淹れてくれたお茶は、ほっとする温かさと美味しさだった。
「しっかし掲示板とかえらい騒ぎだよな……」
「有坂さんがかなり話題になってしまってますよね。大丈夫かな」
「あの嬢ちゃんは大丈夫だろう。お前は大丈夫か?」
有坂さんは強い女の子だ。だけど、こんなにいろんな人から好き勝手に言われて、傷つかないなんてことはないと思う。
僕についても、いろんなことを言う人がいた。武藤さんも、目立つ人は大体何かしらのよくない感情を向けられていたりもする。
だけどそれだけじゃなく、問題なのは僕らに対する悪意の言葉に怒りの感情で反論する人もいて、喧嘩になっていたりすることだ。
「僕らのことで争ってる場合じゃないと思うんだけどなあ……」
「嬢ちゃんも似たような感想だと思うぞ。俺も同感だが、これも人間の脆弱性だな。嫉妬、思い込み、傲慢、義憤、怒りの発散のための代用行為……数えたらキリはないが」
武藤さんは言う。醜くて愚かなのも、人だと。
「因果が応報するのであれば、使う言葉にも気をつけたほうがいいんじゃないかなと思うんですけれど」
「強制告解、か。そうだな。それを信じられない人間も多い。言葉は最も古い人間固有の武器だ。癒しもすれば、人を死に追いやりもする」
ゆっくりとお茶を飲み、会話をする。昨日までは全く知らなかった人なのが、なんだか信じられない気持ちになる。
武藤さんの作品を読んでいたからだろうか。それとも覚えていないとは言え、父と似ているからだろうか。父の因子が混じっているからだろうか。
「何で俺とお前の父親があんなに似てるのか、不思議だよな」
僕の視線に、武藤さんが笑う。
「
なんでもないように武藤さんが言う。
事故。ありえないはずの事故。
父の因子は、死者だったはずの僕の仲間にも在る。
それをはがしてしまったら、彼らはどうなってしまうのだろう。
「そんな顔するなよ。お前の親父さんの顔面も最後はちゃんと返すから」
「そうじゃなくて、そうしたら武藤さんがどうなるのか、その方が不安で」
「大丈夫だって、心配すんな。何とかなる。世界のルールが変わったっていうのなら、それに対応すればいい。このゲームには脆弱性もある。製品デバックと
だから大丈夫だと言って笑う。
「ありがとう武藤さん。僕も自分のできることとかを考えてみる」
そんな話をしていたところで、女性陣が風呂から上がってくる。
「命の洗濯をしておいで」
と促されて、武藤さんと脱衣場兼洗面所へ。
広い。洗面台が2つもある。
「そうだ、1つ頼みがあってな」
「何ですか?」
服を普通に脱ぎかけて、スマホで服の着脱ができるのを思い出す。これには慣れておいたほうがいいのか、それともいけないのか。
利便性に、人は勝てない。そう武藤さんは言った。
それを思い出す。
「髪切ってくれ。願掛けも叶ったし、な」
当の武藤さんは腰にタオルを巻くとスマホであっさり服をストレージにしまう。手にはハサミ。
「えっそれって僕が切っていいんですか?」
「頼むわ。別に綺麗に切ろうとかしなくていいぞ。適当に切ってくれ」
僕も同様にタオルを巻いて、服をストレージに。浴室も広くて、湯船も大きい。
請われるままに、浴場で武藤さんの髪を切ると、髪がぱっと消えた。
切った髪をストレージに入れたらしい。
あとで整えやすいように、少し長めくらいにできる限り揃えて切る。人の髪を切るのは初めてだけど、案外なんとかできるものらしい。
武藤さんの髪は緩くウエーブがかっているので揃え方が甘くても、変な髪形にならなくてほっとする。
「頭軽いな~~快適快適。ありがとな」
武藤さんはそう言って笑い、2人でゆっくりと広々とした湯船に浸かる。足が伸ばせる。あと何人か入っても余裕がありそうな広さのお風呂だ。湯船が広いと気持ちがいい。
浄化で汚れは落とせるけれど、湯船に浸かると気持ちと体の緊張がほぐれた。
お風呂から出ると、母と楓さんはソファで寛いでいた。ふたりはすっかり仲良くなったらしい。
あの後、特に取り乱しはしなかったけれど、いろんなことがあって母さんも驚いただろうし、父さんのこともある。母さんの気持ちが少しでもほぐれたのなら、よかった。
「敬命くん、晴信、私達ちょっと話があるから寝室一緒にするから、君たちはあっちで寝てね」
しばらく湯上りに4人でゆったりと過ごしていると、楓さんが言った。
「君のお父さんの出生関連の話、詳しくしてあげたいんだ。その中で何を君に話すかは香澄さんに任せる。親子の話はね」
「敬命、それでもいい? それとも一緒に聞きたい?」
「母さんから聞くよ。でもちゃんと寝てね」
確かに父さんのことは知りたい。それでもすべてをしらなければならないことなんてのはきっとない。
それは相手が生きていても、死んでいても。すべてを知ることは叶わないことだ。
お風呂に入って温まった体が、疲労と眠気でゆっくりと重くなる。
こんな時でも僕はいつもみたいにしっかり眠くなって、眠れるらしい。
「俺も了解。じゃあまあ、寝るか」
こうして僕らは夢現ダンジョン発生から丸1日。激動の1日目を終えた。
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