第101話

「右前方から来るぞ! 皆、注意を怠るな!」


エサイアス様の言葉に皆が注意を向けた。


建物の影から出てきたのは黒い山のような物体。高さ三メートルは超えるだろうか。ゆっくりとこちらに向かって移動している。そしてよく見ると、黒い山のような物体から人の手や足が突き刺さっているようにも見える。頭もだ。人間の頭から奇声が聞こえてくる。


「おい、何だあれは? 人間が取り込まれているのか?」


見たこともない物体にどうすれば良いか分からず、動けないでいる。


「アケテェ、アケテェ。オカァサーーーン。ケケケ……」


小さな子供の顔からは母を呼ぶ声が聞こえる。正体不明の物体は私達の前までくると人間の足や手が動き出し、私達を攻撃し始めた。だが、結界を纏っていたためにドン、ドンッと弾かれる。緩く張った結界はヒビが入りはじめている。


「総員攻撃準備!」


パリンッと結界が割れた瞬間に騎士達は飛び出し、謎の物体に斬りかかった。だが、どうだろう。人間の手足の部分は切り落とす事ができたが、黒い部分に剣が刺さると抜けないようだ。


「黒い物体に触れるな! 距離を取れ!」


エサイアスは自身の剣が飲み込まれるのを確認した後、手を離し、騎士に命令する。私は素早く攻撃魔法の指輪に切り替えて魔法を唱えた。


『マズーロ!』何本もの火の矢は敵に刺さっていく。


グォォォォと唸るような音を立てながら動いている。


「イタイヨ!オカァサーーーン!ヤメテェェ」


様々な声が聞こえてくるが先ほどとは違い、攻撃を嫌がっているようだ。


「エサイアス様、魔法が効いているようです」

「ナーニョ様、魔法を!」


私は火魔法の『マーヴァ!』と唱えた。

マーヴァは地面からぐるりと謎の山のような物体を取り囲み火の柱となって焼いていく。


「左前方からもう二体やってきます!」


松明のおかげで何とか目視が出来た。もう一体もマーヴァを唱え、焼いていく。

……だが三体目が間に合わない。


騎士達はあちこちに用意された松明を取り、三体目に向かって松明をぶつけ始めた。謎の物体は松明の火も嫌がっている。火に弱いようだ。


「お待たせしました。避けて下さい!」


二体目の魔法を終えた後、三体目に魔法を唱えた。ゴォォと音を立てて謎の物体を焼いていく。先ほどまで激しかった人間の声も途絶えた。三体が燃え、ようやく落ち着きを取り戻したように思える。


「他には居ないのでしょうか?」

「……分からない。だが、この三体は魔獣のようだ。見てくれ、崩れ落ちたこの部分に魔獣から取れる玉が出てきた」


エサイアスは靴で蹴り飛ばしながら玉を取った。


「とにかく一旦騎士達の元に戻ろう」


私達は周囲に警戒をしながら他の騎士達が待つ場所に戻った。


「第二班、敵と遭遇。魔獣三体討伐を行ってきた」


エサイアス様の報告でどよめきが起こった。


「呪いじゃなかったのか。良かった! 俺、怖かったんだよな!」


一人の騎士がそう言うと、周りで頷く姿が見えた。


「第二班の討伐した状況の情報を共有する。各隊長はこの後、集まってくれ。他騎士達は周りを警戒しながら待機だ」


エサイアス様の命令で隊長達は集まってくる。先ほど討伐した魔獣の特徴や火に弱い事、エサイアス様の剣が取り込まれてしまい抜けなくなったことなど細かく情報共有がされていった。


残念ながらエサイアス様の剣は最後まで抜けることなく私の魔法で燃やされてしまった。


剣自体は燃えないのだが、柄などが燃えて使えなくなってしまった。予備の剣を持っているのでそれを使うと言っていたが、大事にしていた剣が使えなくなってしったのでがっかりはしているはずだ。


私はこっそりロキアさんに手紙を書いて新しい剣を用意してもらおうと心のノートに書き記した。


その後、隊長達はすぐに各班に戻り、騎士達全てに情報が共有されることになった。


第三班、第四班と村の巡回を行ったが、この日はそれ以上魔獣が出てくる事はなかった。


翌日、村人に昨日の出来事を伝えると恐る恐る住人たちは家から出て魔獣を確認している。そして焼かれた人の一部を見て涙する者もいた。


やはりうめき声を上げていたのは取り込まれていた村民だった。今まで呪いだと思っていたが、魔獣だった事を知り、住人達は暗い表情ながらも落ち着きを取り戻しているようだ。


念のために騎士団はこの村に一週間ほど滞在することになった。


初日に三体討伐したが、翌日にも二体、さらにその次の日にも一体現れて騎士達は魔獣を討伐した。以降は魔獣が出ることは無く、住人達も昼間から外へ出て畑仕事が出来るようになったようだ。


村長はもう少し滞在してほしいと言っていたが、他の街の状況も考えて発つ事になった。


そして村長にノーヨゥルの街の話を聞く事が出来た。


ノーヨゥルの街も魔獣が多く出没するらしく、『今はどうなっているのか分からない、だが、あの街は魔法使いの子孫が住んでいるためなんとかなっているのではないか』と言っていた。


王都には聞こえてこなかった魔法使いの子孫の話。


どうやら村長はノーヨゥルの街を治める領主と親戚らしく自慢のネタという感じで話をしているようだった。ナーニョはとても驚き、村長にヒエロスを掛けてみた。


……本当だった。


僅かながらに村長に魔力があった。話を詳しく聞こうとしていたが、村長自身も自分が本当に魔法使いの子孫だったと思って居なかったらしく、とても興奮していた。


ただ、魔力は持っているが、魔法が使える程の量はない。その話をしてみたけれど、村長は魔法使いの子孫だという事が知れただけでも嬉しいと言っていた。


魔法使いの子孫と言われる者は多いらしい。


ただ、街が現在どうなっているのか分からない、気を付けて下さいねと村長から心配されながら私達はノーヨゥルの街に向かった。


ここに来て魔法使いの子孫が繁栄していたことを知り、希望が出てきた。


馬車の中で早速父に村であったことの報告書を書いて魔法使いについての一報を書き加えて送っておいた。

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