第100話

 南下していくとドロナーダ地方へと入っていく。ここから先はどうなっているのかラーシュの街の人達から聞けなかった。


 次に向かうのはノーヨゥルという街。


 ラーシュの街から馬車で一週間ほど掛かる。


 中間地点となる村があり、私達はそこで一泊する予定だった。


 道は人々の往来が無かったせいか草が生えて行く手を邪魔して中々思うように進まず予定より大幅な時間が掛かったわ。



 村に到着したのが約一週間。


 ……私達が訪れた村は荒れ果てている。


 魔獣により村を放棄したのだろうか。


 エサイアスを始めとした全員が息を呑み、緊張した面持ちで村に入る。

 村は至る所雑草だらけでひっそりとしている。


 人は残っているのだろうか?


「誰かいないか?」

「おーい、返事しろ」


 騎士達は誰かいないかと呼びかけた。


 するとギギギと人気がない家の扉が開き、こちらをじっと見ている人がいた。


「人がいたぞ!」


 騎士の一人が声をあげ、他の騎士達も村人に事情を聞こうと駆け寄った。


「おい、大丈夫か?」


 扉をグッと開けると、そこに居たのは震えた老夫婦だった。


「ひぇぇぇ。助けて下され」

「おい、大丈夫だ。俺達は王宮騎士団だ。今魔獣討伐で街や村を周っているんだ。この村は魔獣にやられたのか?」


 老夫婦はガタガタと震えて話せない状態だった。

 夫婦がこれほどまでに恐怖するのは何故だろう?


 私達は不思議に思いながらしばらく待っていると、夫婦は少しずつ落ち着いてきたようだ。


 その間に他の家の住人もいることが分かった。騎士達は各家を調べたのだが、どの家にも人は住んでいた。


 だが、どの家の住人も先ほどと同じように震えてパニックになっているのが殆どだった。


 落ち着いてきた老夫婦に私はやさしく声を掛けてみた。


「おじいさん、おばあさん。この村はどうしたのですか?みんな私達を怖がっているように見えるのですが……」


 騎士達の中にいた女の私を見て話しやすそうだと思ったのだろう。おじいさんは顔色が悪いながらもゆっくりと私に話をしてくれた。


「お嬢ちゃん、悪いことは言わない。すぐにこの村を出た方がええ。この村は呪われとるんじゃ」

「呪われている、のですか?」

「えぇ、そうよ。早くお逃げなさい。そろそろ夜が来るわ」

「詳しく話を聞いても?」


 横にいたアーザット隊長が老夫婦に質問した。


 アーザット隊長は平民出身の現在三十代半ば。彼はこの騎士団で一番の古株。頬に大きな傷があり、奥さんにはその傷が原因で逃げられたのだとか。


 豪快に笑う彼には二人の娘がいるらしい。


「日が沈む時間になると、声が聞こえてくるのよ。誰かを探しているような声や奇声を上げたり、悲鳴や笑い声がするの。一人や二人じゃない。

 そいつらは扉をドンドンと叩くの。村の人も何だろう? って不思議に思って扉を開けると、何かが襲い掛かってくるらしいわ。

 隣の家の家族はそいつらに殺されたわ。助けてくれって、そこから悲鳴が聞こえたの。でもね、殺されたはずなのに彼らの声が翌日から聞こえるの。開けて、ここを開けてちょうだいって」


 彼女が震えながら話すと夫は肩を抱きしめる。


 開けてくれと声はするが、彼らは扉を開けて入ってこないらしい。それに彼らが出没するのは日没から夜明けまでの時間なのだとか。


「無理はしないほうがいい。泊りたいなら街道を少し先に開けた所があるからそこでテントを張りなさい」


 老夫婦はそう言って私達の心配をしながら家の扉をしっかりと閉ざしてしまった。


「エサイアス様、どういうことなのでしょうか?」


 アーザット隊長や他の隊長も集まり、どうすべきか話し合いをする。他の騎士に聞き込みを頼んだがどこも同じような事を言っていたようだ。


 この村の村長も震えながら早く出ていけと騎士達を追い返したようだ。


「本当に呪いなのだろうか? 魔獣が何か関わっていそうな気がするのだが……」


 話し合いをしている間にも時間は刻々と過ぎていく。私達はとりあえず老夫婦の言っていた開けた場所まで移動し、テントを張った。


 数人の騎士を編成し、夜に村へ再び訪れる事になった。もちろん私も参加する予定なの。


 呪いを防ぐような魔法はあるにはあるが、今指輪は持っていない。地面に魔法陣を書いて対応する事になると思う。


 もし、魔獣のせいなら魔法で対処するのがいいと思う。

 どのような魔獣なのか、魔法を受け付けない呪いの類いなのか不安で仕方がない。



 日が暮れ始め、食事を準備する。


 最初の一陣が村へと向かった。


 私はその間に食事を取り、第二陣が出発する時に備える。やはり呪いやおばけという類いのものは苦手な人も多い。騎士の中にはガタガタと震えている者もいた。


「第一班戻りました!」


 その報告に皆がホッとしている。


「村の様子はどうだった?」


 エサイアス様が心配そうに聞くと、第一班を纏めていたフール隊長が報告する。


「村を訪れた時は特に変化はありませんでしたが、巡視を終える頃に村の西と東の両側から何かうめき声のような物が少しずつ村へと近づいている様子でした。

 我々は村のあちこちに松明を準備してきました。ギリギリまで巡視を行いましたが時間になり、戻ってきました。目視では確認出来ませんでした」

「ご苦労だった。では我々、第二班も出発する」


 私はエサイアス様と同じ第二班になっている。先の班が松明で村を明るくしてくれているため移動しやすい。


 念のために私は班の周りに結界を纏わせた。


 村に入ってすぐに異様な雰囲気を感じ取る事ができた。


 どこからか聞こえるうめき声や奇声、笑い声。

 それは一つでは無かった。


 騎士達は剣を鞘から抜き取り、いつでも攻撃出来るようにしている。


 ズ、ズ、ズズズ……。


 何かを引きずるような音と共に人の声がどんどん近づいてくる。

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