第31話 とうとう決着つけるんで夜露死苦!

 大陸最強の龍角族赤龍科、大陸最速の獣爪族豹科、大陸一の頭脳を持つ森精族、他にもありとあらゆる長所を持った種族の遺伝子が完璧な割合で配合されて作られた人造魔獣。

 

 それがティフォンである。

 

 魔王はその巨大で無敵な人造魔獣に、金杖を用いて命令を下した。

 

「ティフォン! 皆殺しだ! 手始めに大見えを切ったその赤いのを潰してしまえ!」

 

「俺の名前は龍翔崎奏多だ。 赤いのじゃねえ!」

 

 真っ赤な特攻服を脱ぎ、鍛え上げられた腕の筋肉を収縮させながら両手の指を絡ませパキパキと乾いた音を鳴らす龍翔崎。

 

 特攻服の下は黒いタンクトップを着ているため、腕や肩から美しい割合で隆起した筋肉が強者の風格を放出している。

 

 ティフォンが魔王城の裏に突然現れたことで、空の色が変わり始めた。

 

 真っ青だったはずの空が灰色に染まっていき、瞬く間に暴風と豪雨が降りすさぶ。

 

 燃え上がっていた魔王城の火は消え、ティフォンを一目見た一般兵士たちは逃げ惑うように正門からのびた橋の上にごった返している。

 

 鳳凰院は絶望を知らしめるようなその豪雨に打たれながら、瓦礫に埋もれていたラディレンの側に駆け寄った。

 

「巻き込まれたらお前ら死ぬぞ。 杖使い、ドラ子! すぐにこっちに来い!」

 

 鳳凰院に呼ばれ、慌てて駆け寄ってくるツァーバラとヴァルトア。

 

「杖使いは一番頑丈な弾性の結界、ドラ子はとにかく硬い障壁で全員包め」

 

 ゴクリと息を飲みながら頷いた二人が慌てて詠唱を始める。

 

 それを横目で確認しながら吹き飛ばされていた他の仲間に視線を送る鳳凰院。

 

「親バカ、剣使い、槍使い! 返事しろ。 しねえと死ぬぞ!」

 

 名前を呼ばれ、瓦礫から顔を出したのは二人だけだった。

 

「なんだよ? あのバケモンは!」

 

「頭を打っちゃったでありんす! 余計馬鹿になったら困るでありんすなあ」

 

「お前は元々馬鹿だから安心しろ。 そんなことより剣使いはどこだ!」

 

 鳳凰院は目を凝らしながら瓦礫の山を見渡していくと、瓦礫の中から一本の腕が伸びているのを発見する。

 

 舌打ちしながら駆け寄っていく鳳凰院。

 

「手間かけさせやがってこのボンクラが!」

 

「かたじけない!」

 

 フェイターの腕を勢いよく引いて、無理やり瓦礫の山から引っ張り出すと、鳳凰院はすぐに龍翔崎に視線を送る。

 

 ティフォンが高層ビルのように巨大な腕を振り上げているのを見た鳳凰院は、腰を抑えているフェイターを慌てて蹴飛ばした。

 

「包め! 早く!」

 

 いつも冷静沈着だったはずの鳳凰院が慌てて叫ぶと、吹き飛ばされたフェイターを鬼王が見事にキャッチし、ヴァルトアとツァーバラが有無を言わさぬ速さで円形の二重結界で全員を包み込んだ。

 

 鳳凰院は同時に全力で地面を蹴り、結界ごとかついでその場から超高速で離れていく。

 

 すると、火山が噴火したような、鼓膜を弾けさせるほどの轟音と共に激しい縦揺れが発生する。

 

 先ほどまで鳳凰院たちが立っていた大地は、重力を無視したように大量の瓦礫が宙を舞っていた。

 湖の水は津波のように高い波になっている。

 

 その惨状を目の当たりにし、障壁内で顔を青ざめさせる一同。

 

「ただのパンチで、あれなの?」

 

 フラウが震えながら呟く。

 

 目の前には信じられない光景が広がっており、鳳凰院が障壁を抱えて走っていなければ、衝撃波だけでも障壁は粉砕していたかもしれない。

 

 全員が唖然とする中、ラディレンは悲鳴まじりに叫び出す。

 

「龍翔崎様は! 龍翔崎様はどこじゃ!」

 

 目頭に涙を浮かべながら、障壁に張り付くラディレン。

 

 しかし障壁をかついでいた鳳凰院は、慌てふためくラディレンを可笑そうに一笑する。

 

「よく見てみろよ。 あの脳筋、頭おかしいぜ?」

 

 

 卍

 さっきまで船着場の舗装された道にいたはずの龍翔崎は、現在高い崖の上に立ちながら、城のように巨大な拳を片手一本で押さえている。

 

 ティフォンが放った、世界の終焉を告げてしまいそうな一撃は、龍翔崎が立っていた足場以外の大地を粉砕していた。

 

 龍翔崎が立っていたおかげで、不恰好な三角錐形の崖になってしまっている船着場。

 

 周囲にあったはずの湖は空中で霧と化し、クレーターの大きさは最深二十メーター程度の高さを抉られている。

 

 よもや常人が喰らえば塵一つ残らないであろう一撃を、龍翔崎は片手一本で止めていた。

 

 しかも、楽しそうに口角を上げながら。

 

 いつの間にかティフォンの肩に乗っていた魔王は、その姿を見て鼻水と目玉が飛び出ていた。

 

「……は? 片手? ……へ?」

 

 いつもの堅物のような話し方を一切感じさせないすっとぼけた声で、ただただ目を擦る魔王。

 

 ティフォンはすぐに目から炎を凝縮した光線を放つが……

 

「シャラ臭えぇ!」

 

 龍翔崎はその光線に向かって拳を振り抜いた。

 

 すると竜巻のような暴風が発生し、炎の光線は霧散する。

 

 もはや言葉も出ず、喉の奥からガマガエルの鳴き声に似た音を発する魔王。

 

「目からビームとかよぉ。 子供の頃は憧れたがよぉ。 今となっては素手以外は邪道だぜ?」

 

 龍翔崎は受け止めていたティフォンの拳を弾き返した。

 

 腕を弾かれ大きくバランスを崩し、後ろに体重を持っていかれるティフォン。

 

 だがティフォンは大きさの割に素早い身のこなしをしていて、崩れたバランスをすぐに持ち直し、再度巨腕を振りかぶった。

 

 その瞬間、遥か遠方から叫び声が聞こえてくる。

 

「龍翔崎ぃ! 地上に撃たせんな! 大陸が割れちまうかもしれねぇ!」

 

 龍翔崎は声の方向を一瞥し、顔を顰めながら空高く飛び上がった。

 

 飛び上がった衝撃で、ぎりぎり形を保っていた足場も粉々に砕ける。

 

 上空に逃れた龍翔崎を、ティフォンの燃えるような真紅の瞳がしっかりと捉えていた。

 

 肩に乗っていた魔王も、ダラダラと汗をかきながら龍翔崎を指差していた。

 

「ゔぁかぁめぇぇぇ! 空に逃げたら逃げ場はないぞっ! くっはっはっはっはっはっは! これで貴様も終いだぁ!」

 

「うるせえな、てめえは黙って見てろや!」

 

 魔王の幼稚な野次に毒を吐く龍翔崎。

 

 だがティフォンの振り上げた拳は、その大きさからは考えられないような速度で連続的に放たれた。

 

 龍翔崎は高速で放たれた大砲のような打撃を、足や手掌で器用に弾きながらさらに天高く登っていく。

 

 その様子を見て、障壁を抱えながら駆け回っていた鳳凰院が慌てて声を上げた。

 

「バカ! お前も地面に撃つなよ! 空だ、空に向かって打て!」

 

「お前さっきからうっせえぞ? なんで地面に打っちゃダメなんだよ!」

 

 豪雨が降り注いでいる暗黒の雲に、今にも触れられそうなほど高く登った龍翔崎から怒鳴り声が響いてくる。

 

 悠長に話してはいるが、ティフォンからは連打が撃たれていて、龍翔崎は全てを弾きながら今もなお空高く駆け回っている。

 

 翼のない龍のように、暗黒の空を縦横無尽に駆け回る。

 

 そのせいでお互い距離がどんどん離れてしまっている上に、豪雨も降り注いでいるため怒鳴り合わなければ声が届かないのだ。

 

「お前らの戦い見てたら、昔見てたアニメ思い出してよぉ! なんか嫌な予感するから、地面に打つなぁ!」

 

 鳳凰院が口を大きく広げながら、喉が枯れそうなほどの大声で龍翔崎に呼びかける。

 

 龍翔崎は首を傾げながらも口を窄め、ティフォンが放ち続けていたガトリングのような打撃を下ではなく上に弾き始めた。

 

 拳を弾いた勢いを利用し、ものすごい速さで地上に駆け降りていく龍翔崎。

 

 流星のように駆け抜けながら、途中で直角に方向転換し、ティフォンの脇腹に潜り込んだ。

 

 動きが早すぎて反応がコンマ数秒遅れるティフォン。

 

 っらぁ! と、気迫のこもった声と共に左腕が振り抜かれ、空気を切り裂くほどの衝撃波が走って行く。

 

 龍翔崎の打撃を受け、ティフォンの巨体がわずかだが宙に浮いた。

 

 その一瞬の隙をつき地面に駆け降りた龍翔崎は、右の拳を抱え込むように、腰を大きく捻った状態で静止した。

 

 龍翔崎が静止した瞬間、ものすごい地響きが辺り一体に広まっていく。

 

 まるで大地震の発生源近くにいるような激しい縦揺れに見舞われ、鳳凰院は眉をしかめた。

 

「一応空に打て、って言っといてよかったぜ」

 

 障壁を持ったまま駆けていた鳳凰院がボソリと呟くと、核弾頭が投下されたような爆音と共に、立っているのも不可能なほどの豪風が吹き荒れた。

 

 二重の障壁に守られているにも関わらず、その豪風と爆音の凄まじさに、思わず震えながら顔を覆い隠す一同。

 

 衝撃が止み、恐る恐る目を開いたラディレンは、思わずあんぐり口を開けてしまった。

 

「……晴れておる」

 

 暗黒に染まっていた空にポッカリと穴が開き、今まで降っていた豪雨が嘘のように止んでしまっている。

 

 ——パンチ一発で。

 

 そして龍翔崎の前に立っていたはずのティフォンは、胸の中心に巨大な穴を開けていた。

 

 ティフォンの胸にポッカリと空いた穴から刺す光を、目を窄めながら仰ぐラディレン。

 

「勝ったのかのう?」

 

 ラディレンから力が抜けそうなつぶやきが聞こえた瞬間、今なおティフォンの肩に根性で張り付いていた魔王の狂ったような笑い声が響き渡る。

 

「ガーッハッハッハッハッハ! 無駄だ赤い男! こやつには超速再生がある! 脳を潰さない限りは……」

 

 そこまで言ってぴたりと言葉を止めた。

 

 なぜなら魔王の目の前に、何食わぬ顔で腕を回す龍翔崎が立っていたからだ。

 

「あーはいはい、頭な頭」

 

 呆れたように呟きながら、よいしょ、と口ずさみつつティフォンの大木のような首に腕を回す龍翔崎。

 

 そして次の瞬間、無理やり肉を引きちぎるような音が響き渡り、その光景を見ていた全員が顔面蒼白した。

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